重量鞘を払い1114gr 出ました出ました新選組2番隊組長永倉新八の愛刀播州手柄山氏繁改め氏繁中で最も上手な手柄山甲斐守正繁の名刀が出ました。新選組2番隊組長永倉新八は池田屋事件をはじめ、新撰組として第一線で活躍を続け新選組きっての剣豪として有名です。晩年は東京都新宿区牛込に剣術道場「文武館」を開き青少年に剣術指導を行います。76歳の頃には北海道帝国大学の学生達に請われて札幌に出向き、剣術の形を披露もしています。本刀の手柄山氏繁は江戸時代宝暦十年(1760年)(266年前)に姫路に生まれ、六代目手柄山氏重となり初めは氏重あるいは氏繁と銘を切り、天明頃には大坂でも作刀しています。天明八年(1788年)(238年前)(28歳の時)白河白翁(松平定信)に刀匠としての腕を見込まれて当時としては破格の高禄500石(現在の価格で年俸一億円)で抱えられ江戸に移住、神田駿河台や八丁堀で鍛刀します。享和3年4月5日(1803年)(223年前)甲斐守を受領、本刀はその翌年の文化元年(1804年)(222年前)44歳の作です。本刀の姿は元身幅と先身幅との差の有る良い刀姿を現し、地金は小板目肌良く詰み明るい地金を鍛え、刃紋は匂い出来の小沸の付いた直調の刃を明るく焼き見事です。拵えも家紋の付いた江戸期の拵えが本刀に一段と華を添えています。この度古いお家から家代々大切にしてきた刀ですが自分達も年を取りましたので大切にしていただける方にお安くお譲りくださいとお預かりした為に新選組2番隊組長永倉新八ゆかりの幕末の名工手柄山甲斐守正繁の刀を経年変化の薄錆も有りますので特別に格安にてご提供いたします。是非お楽しみ下さいませ。
無銘 · 江戸 · 長さ 70cm · 反り 0.9cm
































新々刀 · 播磨
現在6点販売中
手柄山は播磨国姫路を本拠とする新々刀期の一門で、説示によれば手柄山の麓に住したことから代々その地名を姓としたという。一門の中心となる正繁は、通称を朝七といい丹霞斎と号した工で、三代目手柄山氏繁の弟にあたり、初め四代目氏繁を襲名したのち正繁と改めている。初代大和大掾氏重の末葉であると記され、播州姫路に系譜を引く家系であることがうかがえる。天明八年、奥州白川(白河)の藩主松平定信の抱え鍛冶となって江戸に移り住み、神田駿台を作刀の地とした。享和三年四月には甲斐守を受領し、文政の初年頃には一時大坂でも鍛刀したのち再び江戸に戻っている。晩年には楽翁すなわち松平定信から「神妙」の二字を賜り、会心の作にこれをきったと伝える。一説に江戸に出て水心子正秀に学んだとも記され、姫路に発した手柄山の鍛冶が藩公の抱え工として江戸へ展開していった経緯が説示の各所に共通して語られる。 作風は、説示が一様に記すとおり、津田越前守助広に私淑した濤瀾風の大互の目乱れを本領とする。鍛えは小板目肌がよくつみ、地沸が厚くつき、地景が細かに入って地鉄の冴える点が共通して挙げられる。刃文は元を直ぐに焼き出し、その上にのたれや大互の目を交えて濤瀾状の乱れを焼き、足・葉が入り、匂深く小沸がむらなく厚くつくものが多い。処々で強く沸づき、飛焼・湯走り・棟焼・島刃を見せ、砂流しがかかり金筋が頻りに入って、匂口が明るく冴えるのを特色とする。帽子はおおむね直ぐに小丸へ結び、掃きかけのかかるものもある。乱れの間に尖りごころの刃を交えるのは同工の特色と説示が指摘しており、また矢筈風の刃を交える作も認められる。濤瀾乱を主調としながら、説示にいう浅いのたれや直刃の作域も併せ持つ。茎は生ぶで先を浅い入山形とし、鑢目を大筋違に化粧をかけ、指表棟寄りに太鏨大振りの長銘を、裏に年紀や作刀地・注文者銘をきる構成が、見分けの手がかりとして繰り返し記されている。 鑑定の要点は、整然と崩れず焼かれた大互の目を主調とする濤瀾乱、むらなく厚くつく小沸、明るく冴える地刃の働き、そして尖りごころの刃という同工の癖にある。説示には、珠追龍や梵字・三鈷柄剣、昇龍といった刀身彫刻を正繁自身が手がけた作が挙げられ、茎にその旨を記すものもあって資料的価値が高いとされる。年紀のあるものは寛政から享和に及び、東武駿台・武陽駿岱と記す江戸作のほか、石州出羽の鉄を用いたと銘するものや、古河藩士小杉為長、渡辺崎右衛門美政らの注文に応じた作が伝わる。松平定信の抱え工として江戸に出て助広風の濤瀾乱を得意とした上手の工として、説示は手柄山正繁を新々刀の一典型に位置づけている。[[c:1]]
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様ご都合による返品の場合はお客様ご負担となります。ご了承くださいませ。弊社の誤送、商品不良等による返品の場合は弊社にて負担いたします。
重量鞘を払い1114gr 出ました出ました新選組2番隊組長永倉新八の愛刀播州手柄山氏繁改め氏繁中で最も上手な手柄山甲斐守正繁の名刀が出ました。新選組2番隊組長永倉新八は池田屋事件をはじめ、新撰組として第一線で活躍を続け新選組きっての剣豪として有名です。晩年は東京都新宿区牛込に剣術道場「文武館」を開き青少年に剣術指導を行います。76歳の頃には北海道帝国大学の学生達に請われて札幌に出向き、剣術の形を披露もしています。本刀の手柄山氏繁は江戸時代宝暦十年(1760年)(266年前)に姫路に生まれ、六代目手柄山氏重となり初めは氏重あるいは氏繁と銘を切り、天明頃には大坂でも作刀しています。天明八年(1788年)(238年前)(28歳の時)白河白翁(松平定信)に刀匠としての腕を見込まれて当時としては破格の高禄500石(現在の価格で年俸一億円)で抱えられ江戸に移住、神田駿河台や八丁堀で鍛刀します。享和3年4月5日(1803年)(223年前)甲斐守を受領、本刀はその翌年の文化元年(1804年)(222年前)44歳の作です。本刀の姿は元身幅と先身幅との差の有る良い刀姿を現し、地金は小板目肌良く詰み明るい地金を鍛え、刃紋は匂い出来の小沸の付いた直調の刃を明るく焼き見事です。拵えも家紋の付いた江戸期の拵えが本刀に一段と華を添えています。この度古いお家から家代々大切にしてきた刀ですが自分達も年を取りましたので大切にしていただける方にお安くお譲りくださいとお預かりした為に新選組2番隊組長永倉新八ゆかりの幕末の名工手柄山甲斐守正繁の刀を経年変化の薄錆も有りますので特別に格安にてご提供いたします。是非お楽しみ下さいませ。
無銘 · 江戸 · 長さ 70cm · 反り 0.9cm
































新々刀 · 播磨
現在6点販売中
手柄山は播磨国姫路を本拠とする新々刀期の一門で、説示によれば手柄山の麓に住したことから代々その地名を姓としたという。一門の中心となる正繁は、通称を朝七といい丹霞斎と号した工で、三代目手柄山氏繁の弟にあたり、初め四代目氏繁を襲名したのち正繁と改めている。初代大和大掾氏重の末葉であると記され、播州姫路に系譜を引く家系であることがうかがえる。天明八年、奥州白川(白河)の藩主松平定信の抱え鍛冶となって江戸に移り住み、神田駿台を作刀の地とした。享和三年四月には甲斐守を受領し、文政の初年頃には一時大坂でも鍛刀したのち再び江戸に戻っている。晩年には楽翁すなわち松平定信から「神妙」の二字を賜り、会心の作にこれをきったと伝える。一説に江戸に出て水心子正秀に学んだとも記され、姫路に発した手柄山の鍛冶が藩公の抱え工として江戸へ展開していった経緯が説示の各所に共通して語られる。 作風は、説示が一様に記すとおり、津田越前守助広に私淑した濤瀾風の大互の目乱れを本領とする。鍛えは小板目肌がよくつみ、地沸が厚くつき、地景が細かに入って地鉄の冴える点が共通して挙げられる。刃文は元を直ぐに焼き出し、その上にのたれや大互の目を交えて濤瀾状の乱れを焼き、足・葉が入り、匂深く小沸がむらなく厚くつくものが多い。処々で強く沸づき、飛焼・湯走り・棟焼・島刃を見せ、砂流しがかかり金筋が頻りに入って、匂口が明るく冴えるのを特色とする。帽子はおおむね直ぐに小丸へ結び、掃きかけのかかるものもある。乱れの間に尖りごころの刃を交えるのは同工の特色と説示が指摘しており、また矢筈風の刃を交える作も認められる。濤瀾乱を主調としながら、説示にいう浅いのたれや直刃の作域も併せ持つ。茎は生ぶで先を浅い入山形とし、鑢目を大筋違に化粧をかけ、指表棟寄りに太鏨大振りの長銘を、裏に年紀や作刀地・注文者銘をきる構成が、見分けの手がかりとして繰り返し記されている。 鑑定の要点は、整然と崩れず焼かれた大互の目を主調とする濤瀾乱、むらなく厚くつく小沸、明るく冴える地刃の働き、そして尖りごころの刃という同工の癖にある。説示には、珠追龍や梵字・三鈷柄剣、昇龍といった刀身彫刻を正繁自身が手がけた作が挙げられ、茎にその旨を記すものもあって資料的価値が高いとされる。年紀のあるものは寛政から享和に及び、東武駿台・武陽駿岱と記す江戸作のほか、石州出羽の鉄を用いたと銘するものや、古河藩士小杉為長、渡辺崎右衛門美政らの注文に応じた作が伝わる。松平定信の抱え工として江戸に出て助広風の濤瀾乱を得意とした上手の工として、説示は手柄山正繁を新々刀の一典型に位置づけている。[[c:1]]
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様ご都合による返品の場合はお客様ご負担となります。ご了承くださいませ。弊社の誤送、商品不良等による返品の場合は弊社にて負担いたします。