室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
重量刀身のみ639gr 出ました出ました周防の毛利家の武士の家代々大切にされてきた驚くなかれあの有名な二王清縄の二字銘の在銘の名刀が出ました。二王清綱の綱の文字が縄となった非常に珍しく貴重で素晴らしく有名ですが在銘の作品を拝見することなく、私も今回初めて拝見させて頂きました。在銘がほとんど無い二王清綱の作品は現在ともなれば素晴らしく貴重な刀ですが、それ以上に清縄銘は無く学術的にも歴史的にも素晴らしく貴重です。初代の二王清綱は鎌倉時代初期元久頃(1204年)(822年前)周防の国(山口県)木崎村の仁王堂が焼失した際に自分の太刀で鎖を断ち切り仁王像を救い出したので以降二王と号した事は古来より素晴らしく有名です。2代目の鎌倉中期文永2年紀(1265年)(761年前)の太刀が現在重要文化財として広島の厳島神社にあります。本刀は代別にすれば貴重な9代目位に当たる室町時代永正頃(1519年)(507年前)の作品で、時は周防の戦国大名の大内義興が出雲を初め11か国の太守となる尼子経久と戦っていた頃の貴重な古い古い時代の作品です。本刀は今でも持てばずしりとした重みがあり姿は元身幅広く先身幅との差の有る鎬の高い刃肉を削いだ反りの浅い鋭利な利刀造の刀姿を現し、地金は小板目肌に鍛え地には地景を現し見事です。刃紋は沸出来の直調の刃を焼いて刃中金筋を交え働きが豊富です。二王清綱は鎌倉時代より代々続く名門ですが在銘の作品が無く本清縄銘は格別に貴重です。この度古い毛利家の武士のお家の方から自分達も年を取りましたので貴重な二王清縄の在銘の刀を大切にして頂ける方にお譲り下さいとお預かりした為に戊辰戦争では本清綱の刀で戦われたとの事、貴重な戦いの跡もうかがわれますので特別に超格安にて御提供いたします。是非戊辰戦争で活躍した歴史的に有名な二王清縄の名刀をお楽しみくださいませ。























脇物 · 周防 · 1394-1428頃
刀剣大鑑 上位26%
現在1点販売中
脇物 · 周防
現在8点販売中
周防国二王派は、山陽道の西端、大和より海路と陸路で結ばれたこの国に興った古刀の一派である。保延頃の清真または清平を祖と伝えるが、いずれにも確かな遺作を見ず、今日では鎌倉時代の清綱を事実上の祖と仰ぐ。同派の在銘作として最も古いのは「文永二年三月 清綱」[[c:1]]と書き下しの銘をもつ太刀で、厳島神社に伝わり、初代を鑑する基準作とされる。次いで建武二年紀の「防州玖珂庄清綱」銘の短刀が知られ、清綱の名が鎌倉末より南北朝、室町を経て新刀期に至るまで代を重ねて続いたことを示す。二王の呼称は同国仁保庄に居住したことに由来するとの説が有力である。周防には東大寺をはじめとする寺領が多く存し、二王派の作風に大和色が濃いのは、この大和本国との交流に負うものと考えられている。 構成員がそろって記すのは、柾がかって肌立つ地と、湿りをふくんだ直刃調の刃である。鍛えは板目に杢や流れ肌を交え、処々強く流れて柾がかり、細かに肌立ち、地沸がつき、地景の入るものもある。刃文は細直刃を基調とし、小互の目、小乱れ、小のたれを交え、小足・葉が入り、刃縁にほつれ・打のけ・喰違刃を見せ、小沸つき、金筋・砂流しがかかる。そして地鉄には冴えた映りではなく白け映りが立ち、これと対をなして匂口がうるむ。この白け映りとうるみの取り合わせこそ、構成員が立ち返って同派の個性と名指すところである。帽子は直ぐに小丸へ返るものが多い。鎌倉末期の古二王、すなわち清綱の手は、太刀が細身で鎬高く腰反り高い姿を示し、短刀は平造でわずかに内反りつく。これに対し応永頃の清永ら後代の末二王は、小板目のよく約んだ地に流れ柾を交え、身幅広く反りの浅い平造短刀を多く遺し、櫃内に鶴亀や二王の彫を施す作も見せて、古二王の静けさからやや作域を広げる。 鑑定の勘所は、拠り所を同じくする大和や青江、山城来の直刃とどう分かつかにある。流れて柾がかる鍛えは大和の血脈を望ませ、細直刃の素地は来を望ませるが、来や手掻に見る冴えた匂口は、ここではより湿った沈みごころの態に替わる。白け映りとうるみの一方ではなく、その二つが地と刃に並び立つことが、同派を他と分かつ見どころである。在銘の太刀・短刀は棟寄りに細鏨の二字銘を切り、原鑢の鷹の羽を残すものがあり、これを古い手の清綱の典型として初代に充てる。無銘大磨上の刀は、流れて柾がかり肌立った鍛え、白け映り、うるみ刃文という同じ拠り所を裏から読んで極められる。主要工としては事実上の祖たる清綱が同派を測る代であり、末二王の清永がこれに次いで一派の継続を支える。遺例は確実なものこそ多くないが、最古手の在銘太刀をはじめ在銘・無銘の数口が基準作に列なり、地刃に緩みなく同派の特色をよくあらわす。来歴の遺るところには格があり、ある太刀は徳川宗家の手を経て後に美術館へ納まり、在銘の一口は大阪の旧蔵を経て伝来し、年紀の基準作は厳島神社に伝存する。鷹の羽の鑢目と古い二字銘を残した在銘の清綱は、西国の鎌倉作を集める者が出会い得る最も稀なもののひとつで、現れたときには一里塚となる。 詳しく見る →
室町時代
室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様ご都合による返品の場合はお客様ご負担となります。ご了承くださいませ。弊社の誤送、商品不良等による返品の場合は弊社にて負担いたします。
¥580,000