
無銘(新刀二王)- Mumei(Shinto Nio) - 2-1739
¥495,000
世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ
仕様
69.5 cm
2.12 cm
3.04 cm
2.36 cm
刃長69.5センチ 反り2.12センチ 元幅30.4ミリ 元重ね7.2ミリ 物打幅23.6ミリ 物打重ね5.6ミリ 横手位置幅20.3ミリ 松葉先重ね4.4ミリ 裸身重量696グラム。 拵に納めて鞘を払った重量930グラム。 江戸前期 The early period of Edo era 令和4年4月12日 東京都登録 附属 保存刀剣鑑定書、素銅地赤銅着はばき、黒石目塗鞘打刀拵 周防国二王派は、保延頃の清真、または清平を祖として始まると伝えていますが、確実な遺作は確認されておらず、今日では清綱を事実上の祖としています。 清綱の現存する作例では「文永二年三月 清綱」と書き下し銘のある太刀が厳島神社に存在し、次いで建武二年紀の「防州玖珂庄清綱」銘の短刀が知られ、以後同銘は室町時代まで連綿と続いています。 周防国には東大寺などの寺領が多く存在し、二王派の作風に大和色が強いのは、大和本国との交流によるものと考えられており、二王の名の由来については諸説あるものの、周防国の仁王堂が火事に遭った時、仁王像を繋いでいた鎖を清綱の太刀で断ち切って、仁王像を救い出したことに由来するとされるものが通説となっています。 この刀は個銘極め迄はなされていないものの、江戸前期の二王物と極められた一刀です。元先の幅差開いて切先やや延びごころで、腰元よりやや上から反り始める室町時代の太刀と刀の併用姿が美しく、地鉄は杢目が緻密に練れて詰み、地景入る。刃文は中直刃で刃縁地鉄に絡んで金筋や砂流を見せ、打除ごころの刃交じり、鋩子は表裏直ぐに先丸く返っています。 附属の拵は鞘に返角と小柄笄櫃がついている。柄にガタツキは無くしっかりしているが、鐔と切羽を替えないことには小柄と笄を納めることはできません。お好みの両櫃穴付きの鐔と切羽に替えて、小柄笄を鞘に納めてお楽しみ頂きればと思います。 鞘を払って構えてみると手元重心でバランスが良く、扱い易さを感じさせます。特筆すべき鍛錬疵もなく、鑑賞刀としても楽しめる作品です。

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69.5 cm
2.12 cm
3.04 cm
2.36 cm
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刃長69.5センチ 反り2.12センチ 元幅30.4ミリ 元重ね7.2ミリ 物打幅23.6ミリ 物打重ね5.6ミリ 横手位置幅20.3ミリ 松葉先重ね4.4ミリ 裸身重量696グラム。 拵に納めて鞘を払った重量930グラム。 江戸前期 The early period of Edo era 令和4年4月12日 東京都登録 附属 保存刀剣鑑定書、素銅地赤銅着はばき、黒石目塗鞘打刀拵 周防国二王派は、保延頃の清真、または清平を祖として始まると伝えていますが、確実な遺作は確認されておらず、今日では清綱を事実上の祖としています。 清綱の現存する作例では「文永二年三月 清綱」と書き下し銘のある太刀が厳島神社に存在し、次いで建武二年紀の「防州玖珂庄清綱」銘の短刀が知られ、以後同銘は室町時代まで連綿と続いています。 周防国には東大寺などの寺領が多く存在し、二王派の作風に大和色が強いのは、大和本国との交流によるものと考えられており、二王の名の由来については諸説あるものの、周防国の仁王堂が火事に遭った時、仁王像を繋いでいた鎖を清綱の太刀で断ち切って、仁王像を救い出したことに由来するとされるものが通説となっています。 この刀は個銘極め迄はなされていないものの、江戸前期の二王物と極められた一刀です。元先の幅差開いて切先やや延びごころで、腰元よりやや上から反り始める室町時代の太刀と刀の併用姿が美しく、地鉄は杢目が緻密に練れて詰み、地景入る。刃文は中直刃で刃縁地鉄に絡んで金筋や砂流を見せ、打除ごころの刃交じり、鋩子は表裏直ぐに先丸く返っています。 附属の拵は鞘に返角と小柄笄櫃がついている。柄にガタツキは無くしっかりしているが、鐔と切羽を替えないことには小柄と笄を納めることはできません。お好みの両櫃穴付きの鐔と切羽に替えて、小柄笄を鞘に納めてお楽しみ頂きればと思います。 鞘を払って構えてみると手元重心でバランスが良く、扱い易さを感じさせます。特筆すべき鍛錬疵もなく、鑑賞刀としても楽しめる作品です。

¥495,000
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69.5 cm
2.12 cm
3.04 cm
2.36 cm
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