徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
刃長63センチ 反り0.95センチ 元幅28.3ミリ 元重ね6.6ミリ 物打幅21.3ミリ 物打重ね5.3ミリ 横手位置幅21.3ミリ 松葉先重ね5.3ミリ 裸身重量552グラム。 拵に納めて鞘を払った重量859グラム。 江戸前期 The early period of Edo era 平成25年11月19日 東京都登録 附属 特貴刀剣認定書(二王極)、保存刀剣鑑定書(小笠原長旨極)、特別保存刀装具鑑定書、素銅地金着はばき 、白鞘 、茶漆撚糸巻研出鞘打刀拵 伊豆国阿部伊勢守正勝の臣、小笠原藤九郎の子である長旨は、後に浪人して江戸の上野池之端に住し、鐙などの武具を作っていましたが、鍛刀も学んで刀匠としても名をあげました。 長旨の師については明らかではなく、大和系の鍛冶とも仙台国包系の鍛冶ともいわれ、江戸新刀系の鍛冶とは異なり、古雅な作風を見せます。 切れ味の評価も高く、新刀上々作にして業物に列していますが、その遺作は少なく、古刀を彷彿とさせる出来口だけに、銘を改竄されて古刀に化かされた作品も少なくないのではと推測されます。 杢目肌良く練れて詰み、地沸付いた美しい地鉄に上品な直刃を焼いた本刀は、日本美術刀剣保存協会旧認定書では、鎌倉期の二王と極められ、近年の保存刀剣鑑定においては、時代を大きく下げられ、小笠原長旨に極め変えされましたが、これは刃区に焼き出しと受け取ることができる部分があったからと推測されます。 長旨の作に、古刀の磨上中心を思わせる中心形状のものがあり、また、刃区の際で焼き出しと鑑てとれる部分があるため、長旨の極めになったものと思われますが、いずれの極めにせよ、刀の出来と拵の良さには目を見張るものがあり、二尺一寸程の短い寸法や総体格式の高さから、大名の蔵刀であったことは容易に想像される名品で、鯉口内部には鞘師の銘が刻まれています。 各種クレジットカード、ショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。



















脇物 · 周防 · 1504-1521頃
現在2点販売中
二王の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
脇物 · 周防
現在13点販売中
周防国二王派は、山陽道の西端、大和より海路と陸路で結ばれたこの国に興った古刀の一派である。保延頃の清真または清平を祖と伝えるが、いずれにも確かな遺作を見ず、今日では鎌倉時代の清綱を事実上の祖と仰ぐ。同派の在銘作として最も古いのは「文永二年三月 清綱」[[c:1]]と書き下しの銘をもつ太刀で、厳島神社に伝わり、初代を鑑する基準作とされる。次いで建武二年紀の「防州玖珂庄清綱」銘の短刀が知られ、清綱の名が鎌倉末より南北朝、室町を経て新刀期に至るまで代を重ねて続いたことを示す。二王の呼称は同国仁保庄に居住したことに由来するとの説が有力である。周防には東大寺をはじめとする寺領が多く存し、二王派の作風に大和色が濃いのは、この大和本国との交流に負うものと考えられている。 構成員がそろって記すのは、柾がかって肌立つ地と、湿りをふくんだ直刃調の刃である。鍛えは板目に杢や流れ肌を交え、処々強く流れて柾がかり、細かに肌立ち、地沸がつき、地景の入るものもある。刃文は細直刃を基調とし、小互の目、小乱れ、小のたれを交え、小足・葉が入り、刃縁にほつれ・打のけ・喰違刃を見せ、小沸つき、金筋・砂流しがかかる。そして地鉄には冴えた映りではなく白け映りが立ち、これと対をなして匂口がうるむ。この白け映りとうるみの取り合わせこそ、構成員が立ち返って同派の個性と名指すところである。帽子は直ぐに小丸へ返るものが多い。鎌倉末期の古二王、すなわち清綱の手は、太刀が細身で鎬高く腰反り高い姿を示し、短刀は平造でわずかに内反りつく。これに対し応永頃の清永ら後代の末二王は、小板目のよく約んだ地に流れ柾を交え、身幅広く反りの浅い平造短刀を多く遺し、櫃内に鶴亀や二王の彫を施す作も見せて、古二王の静けさからやや作域を広げる。 鑑定の勘所は、拠り所を同じくする大和や青江、山城来の直刃とどう分かつかにある。流れて柾がかる鍛えは大和の血脈を望ませ、細直刃の素地は来を望ませるが、来や手掻に見る冴えた匂口は、ここではより湿った沈みごころの態に替わる。白け映りとうるみの一方ではなく、その二つが地と刃に並び立つことが、同派を他と分かつ見どころである。在銘の太刀・短刀は棟寄りに細鏨の二字銘を切り、原鑢の鷹の羽を残すものがあり、これを古い手の清綱の典型として初代に充てる。無銘大磨上の刀は、流れて柾がかり肌立った鍛え、白け映り、うるみ刃文という同じ拠り所を裏から読んで極められる。主要工としては事実上の祖たる清綱が同派を測る代であり、末二王の清永がこれに次いで一派の継続を支える。遺例は確実なものこそ多くないが、最古手の在銘太刀をはじめ在銘・無銘の数口が基準作に列なり、地刃に緩みなく同派の特色をよくあらわす。来歴の遺るところには格があり、ある太刀は徳川宗家の手を経て後に美術館へ納まり、在銘の一口は大阪の旧蔵を経て伝来し、年紀の基準作は厳島神社に伝存する。鷹の羽の鑢目と古い二字銘を残した在銘の清綱は、西国の鎌倉作を集める者が出会い得る最も稀なもののひとつで、現れたときには一里塚となる。 詳しく見る →
徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。
刃長63センチ 反り0.95センチ 元幅28.3ミリ 元重ね6.6ミリ 物打幅21.3ミリ 物打重ね5.3ミリ 横手位置幅21.3ミリ 松葉先重ね5.3ミリ 裸身重量552グラム。 拵に納めて鞘を払った重量859グラム。 江戸前期 The early period of Edo era 平成25年11月19日 東京都登録 附属 特貴刀剣認定書(二王極)、保存刀剣鑑定書(小笠原長旨極)、特別保存刀装具鑑定書、素銅地金着はばき 、白鞘 、茶漆撚糸巻研出鞘打刀拵 伊豆国阿部伊勢守正勝の臣、小笠原藤九郎の子である長旨は、後に浪人して江戸の上野池之端に住し、鐙などの武具を作っていましたが、鍛刀も学んで刀匠としても名をあげました。 長旨の師については明らかではなく、大和系の鍛冶とも仙台国包系の鍛冶ともいわれ、江戸新刀系の鍛冶とは異なり、古雅な作風を見せます。 切れ味の評価も高く、新刀上々作にして業物に列していますが、その遺作は少なく、古刀を彷彿とさせる出来口だけに、銘を改竄されて古刀に化かされた作品も少なくないのではと推測されます。 杢目肌良く練れて詰み、地沸付いた美しい地鉄に上品な直刃を焼いた本刀は、日本美術刀剣保存協会旧認定書では、鎌倉期の二王と極められ、近年の保存刀剣鑑定においては、時代を大きく下げられ、小笠原長旨に極め変えされましたが、これは刃区に焼き出しと受け取ることができる部分があったからと推測されます。 長旨の作に、古刀の磨上中心を思わせる中心形状のものがあり、また、刃区の際で焼き出しと鑑てとれる部分があるため、長旨の極めになったものと思われますが、いずれの極めにせよ、刀の出来と拵の良さには目を見張るものがあり、二尺一寸程の短い寸法や総体格式の高さから、大名の蔵刀であったことは容易に想像される名品で、鯉口内部には鞘師の銘が刻まれています。 各種クレジットカード、ショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。



















脇物 · 周防 · 1504-1521頃
現在2点販売中
二王の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
脇物 · 周防
現在13点販売中
周防国二王派は、山陽道の西端、大和より海路と陸路で結ばれたこの国に興った古刀の一派である。保延頃の清真または清平を祖と伝えるが、いずれにも確かな遺作を見ず、今日では鎌倉時代の清綱を事実上の祖と仰ぐ。同派の在銘作として最も古いのは「文永二年三月 清綱」[[c:1]]と書き下しの銘をもつ太刀で、厳島神社に伝わり、初代を鑑する基準作とされる。次いで建武二年紀の「防州玖珂庄清綱」銘の短刀が知られ、清綱の名が鎌倉末より南北朝、室町を経て新刀期に至るまで代を重ねて続いたことを示す。二王の呼称は同国仁保庄に居住したことに由来するとの説が有力である。周防には東大寺をはじめとする寺領が多く存し、二王派の作風に大和色が濃いのは、この大和本国との交流に負うものと考えられている。 構成員がそろって記すのは、柾がかって肌立つ地と、湿りをふくんだ直刃調の刃である。鍛えは板目に杢や流れ肌を交え、処々強く流れて柾がかり、細かに肌立ち、地沸がつき、地景の入るものもある。刃文は細直刃を基調とし、小互の目、小乱れ、小のたれを交え、小足・葉が入り、刃縁にほつれ・打のけ・喰違刃を見せ、小沸つき、金筋・砂流しがかかる。そして地鉄には冴えた映りではなく白け映りが立ち、これと対をなして匂口がうるむ。この白け映りとうるみの取り合わせこそ、構成員が立ち返って同派の個性と名指すところである。帽子は直ぐに小丸へ返るものが多い。鎌倉末期の古二王、すなわち清綱の手は、太刀が細身で鎬高く腰反り高い姿を示し、短刀は平造でわずかに内反りつく。これに対し応永頃の清永ら後代の末二王は、小板目のよく約んだ地に流れ柾を交え、身幅広く反りの浅い平造短刀を多く遺し、櫃内に鶴亀や二王の彫を施す作も見せて、古二王の静けさからやや作域を広げる。 鑑定の勘所は、拠り所を同じくする大和や青江、山城来の直刃とどう分かつかにある。流れて柾がかる鍛えは大和の血脈を望ませ、細直刃の素地は来を望ませるが、来や手掻に見る冴えた匂口は、ここではより湿った沈みごころの態に替わる。白け映りとうるみの一方ではなく、その二つが地と刃に並び立つことが、同派を他と分かつ見どころである。在銘の太刀・短刀は棟寄りに細鏨の二字銘を切り、原鑢の鷹の羽を残すものがあり、これを古い手の清綱の典型として初代に充てる。無銘大磨上の刀は、流れて柾がかり肌立った鍛え、白け映り、うるみ刃文という同じ拠り所を裏から読んで極められる。主要工としては事実上の祖たる清綱が同派を測る代であり、末二王の清永がこれに次いで一派の継続を支える。遺例は確実なものこそ多くないが、最古手の在銘太刀をはじめ在銘・無銘の数口が基準作に列なり、地刃に緩みなく同派の特色をよくあらわす。来歴の遺るところには格があり、ある太刀は徳川宗家の手を経て後に美術館へ納まり、在銘の一口は大阪の旧蔵を経て伝来し、年紀の基準作は厳島神社に伝存する。鷹の羽の鑢目と古い二字銘を残した在銘の清綱は、西国の鎌倉作を集める者が出会い得る最も稀なもののひとつで、現れたときには一里塚となる。 詳しく見る →
徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。