徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
因幡を代表する新々刀期の名工、濱部壽格(としのり)は、名を濱部九郎左衛門と言い、延享三年(1746)因幡に生まれました。始め、日置兼光の下で作刀を学び、天明元年(1781)に江戸に出て松村昌直からも作刀を学びました。天明五年には美濃守を受領し、大坂や備前でも作刀を学んで、後に因幡藩工として活躍。多くの門人を輩出し、水心子正秀に双肩する名門、濱部一派を作り上げました。 濱部派は備前伝を得意とし、これは備前池田家と因幡池田家の因縁関係によるもので、壽格が備前鍛冶との交流の中で備前伝を学び、河内守國助の拳形丁子乱れに似た菊花丁子乱れを創始。以降、この華やかなる菊花丁子は濱部派の御家芸として受け継がれて栄えました。 濱部一門には山浦真雄、清麿兄弟の師として著名な信州上田藩士、河村寿隆がおり、清麿の初期作には濱部派の影響が多大に見られることから、濱部派は清麿の源流と称されています。 この脇指は杢目肌が良く練れて詰み、互ノ目主張に互ノ目丁子を交えた刃文を、匂口明るく焼き上げた作品で、足よく入り、葉交じり、帽子は直ぐに大丸に返っています。
取扱店 刀心
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因幡 · 1781-1789頃
藤代 上作 · 刀剣大鑑 上位31%
江戸時代
徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
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