Stock number:STA-020126Paper(Certificate): [N.B.T.H.K] Tokubetsu Hozon TokenCountry・Era:Mino・Late Muromachi period about 1532~Blade length(Cutting edge): 16.2cmCurve(SORI): 0.0cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 1.82cmThickness at the Moto-Kasane: 0.51cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 1.50cmThickness at the Saki-Kasane: 0.40cmHabaki: One parts, gold plated HabakiSword tang(Nakago): Unaltered, Sujikai file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Length of Koshirae: About 27cmShape(Taihai): Hirazukuri, IorimuneJigane(Hada): Itame, JinieTemper patterns(Hamon): GunomeTemper patterns in the point(Bohshi):Registration Card: Osaka【Additional Information】美濃国関の刀工である兼法は、室町中期頃よりその名を聞き、同名数代に渡ります。室町後期から江戸初期にかけては、本国関より分派し、各地に移り住んだ兼法らが新刀鍛冶の源流となりました。本品は貴重な在銘の作で、室町後期の短刀とみられます。本作は、五寸四分弱の平造姿の短刀です。鍛は、板目肌流れ心に地沸付き、総体に肌が現れます。焼刃は互の目乱れで、僅かに尖りごころの様相を見せます。帽子はそのまま乱れて先小丸に返ります。茎は生ぶ、筋違鑢、艶やかな錆味を示し、状態が良いです。室町時代後期 美濃国関兼法の短刀。同工の在銘作は、出物をあまり見ず、本作は同工の貴重な御刀としてご紹介させていただきます。金鍍金一重はばき、黒蝋色塗蒔絵鞘合口短刀拵、特別保存刀剣鑑定書。




美濃伝 · 美濃
現在144点販売中
美濃国の関は、南北朝より室町、新刀期に至るまで日本刀の一大生産地として栄えた鍛冶の地である。その源流は二つに発し、説明書は金重と志津兼氏とを並べて美濃鍛冶の祖とする。金重は『古今銘尽』に法名道阿、越前敦賀の住人と伝えられ、敦賀より関へ越えて住したといい、相州正宗十哲の一に数えられて、沸の厚い穏やかな手を美濃の地鉄に持ち込んだ。兼氏に発する志津の系は、尖り互の目に走る乱調をもって、いま一つの根をなす。この二流が南北朝の美濃伝を形づくり、金行のごとく金重に続く工、室町に入って善定派の兼吉のように大和手掻の血を関に運んだ工が加わって、流れは広がった。室町後期には兼元・兼定の二名を頂点とする末関の隆盛を迎え、孫六兼元の名と和泉守兼定の受領とが、地方の量産地にとどまらぬ関の格を世に示した。大和と相州の二つの源流に、備前を意識した白け映りの地が結ばれて、美濃伝という一個の伝法が立ったのである。 関物を貫くのは、工と系統の差を越えて繰り返される美濃の共通語法である。地鉄は板目に柾を交えてしばしば肌立ち、刃寄りに柾がかり、鎬地は柾に流れる。その地に立つ映りは備前の明るい乱れ映りではなく、淡く白ける美濃鉄の靄のような白け映りで、説明書はこれを終始、備前と作を分かつ見どころとして掲げる。刃文は互の目を主調に尖り刃を交え、兼元にあっては整然と並ぶ尖り刃の三本杉となり、兼定や兼之にあっては頭の丸い互の目とのたれを交えて変化に富む。沸は乾いて締まり、匂口は冴え、足入り、砂流し・細かな金筋が刃中を走る。帽子は乱れ込んで先尖りごころとなり、あるいは丸く地蔵風に返る。これらは関の背骨をなす型であって、工により濃淡を異にする。金重・金行の手は穏やかで地が肌立ち、善定兼吉は大和の血を負って締った直刃と柾がかる板目を見せ、末関の氏房は大らかなのたれに尖り刃を折り込み、兼房は頭の丸い互の目の兼房乱れを得意とする。同じ語法のうちに、それぞれの工の手が読み分けられる。 収集家が関物を求めるのは、その鑑定が手応えを伴う一個の眼の修練だからである。映りが白く沸が乾いて締まる美濃の地刃は、備前の華やかな映りとも、山城の長く澄んだ直刃とも異なり、これを見分けることが関を識る勘所となる。主要工の格は説明書の評にそのまま現れる。孫六兼元は三本杉の創始者として名を成し、和泉守兼定すなわちノサダは、白ける板目に焼いた賑やかな美濃の刃と来国俊風の細直刃の双方を能くして、古刀期に珍しい受領を許され、刀剣書が「すぐれたる上手」と評する当代第一の手とされる。兼之は末関中最もよく練れた鍛えを見せて作域広く、永正・大永のノサダとして賞玩が厚い。これらの名は将軍家・大名家の伝来を負い、ノサダの太刀には武田信虎のために打たれた一口があり、菊花紋を切った刀は皇室との関わりを示し、徳川将軍家への献上を経た金重の短刀も伝わる。末関の氏房一門は清須・名古屋へ移って尾張新刀三祖の一を生み、古い美濃の手が新たな伝統へ移る蝶番に立った。切れ味をもって武用に応えた量産の地でありながら、孫六兼元らの最上手の作は美術的価値においても高く評され、その白け映りと乾いた沸の手を識ることが、美濃伝いかに始まり継がれたかを語る証となる。
No cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).
Stock number:STA-020126Paper(Certificate): [N.B.T.H.K] Tokubetsu Hozon TokenCountry・Era:Mino・Late Muromachi period about 1532~Blade length(Cutting edge): 16.2cmCurve(SORI): 0.0cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 1.82cmThickness at the Moto-Kasane: 0.51cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 1.50cmThickness at the Saki-Kasane: 0.40cmHabaki: One parts, gold plated HabakiSword tang(Nakago): Unaltered, Sujikai file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Length of Koshirae: About 27cmShape(Taihai): Hirazukuri, IorimuneJigane(Hada): Itame, JinieTemper patterns(Hamon): GunomeTemper patterns in the point(Bohshi):Registration Card: Osaka【Additional Information】美濃国関の刀工である兼法は、室町中期頃よりその名を聞き、同名数代に渡ります。室町後期から江戸初期にかけては、本国関より分派し、各地に移り住んだ兼法らが新刀鍛冶の源流となりました。本品は貴重な在銘の作で、室町後期の短刀とみられます。本作は、五寸四分弱の平造姿の短刀です。鍛は、板目肌流れ心に地沸付き、総体に肌が現れます。焼刃は互の目乱れで、僅かに尖りごころの様相を見せます。帽子はそのまま乱れて先小丸に返ります。茎は生ぶ、筋違鑢、艶やかな錆味を示し、状態が良いです。室町時代後期 美濃国関兼法の短刀。同工の在銘作は、出物をあまり見ず、本作は同工の貴重な御刀としてご紹介させていただきます。金鍍金一重はばき、黒蝋色塗蒔絵鞘合口短刀拵、特別保存刀剣鑑定書。




美濃伝 · 美濃
現在144点販売中
美濃国の関は、南北朝より室町、新刀期に至るまで日本刀の一大生産地として栄えた鍛冶の地である。その源流は二つに発し、説明書は金重と志津兼氏とを並べて美濃鍛冶の祖とする。金重は『古今銘尽』に法名道阿、越前敦賀の住人と伝えられ、敦賀より関へ越えて住したといい、相州正宗十哲の一に数えられて、沸の厚い穏やかな手を美濃の地鉄に持ち込んだ。兼氏に発する志津の系は、尖り互の目に走る乱調をもって、いま一つの根をなす。この二流が南北朝の美濃伝を形づくり、金行のごとく金重に続く工、室町に入って善定派の兼吉のように大和手掻の血を関に運んだ工が加わって、流れは広がった。室町後期には兼元・兼定の二名を頂点とする末関の隆盛を迎え、孫六兼元の名と和泉守兼定の受領とが、地方の量産地にとどまらぬ関の格を世に示した。大和と相州の二つの源流に、備前を意識した白け映りの地が結ばれて、美濃伝という一個の伝法が立ったのである。 関物を貫くのは、工と系統の差を越えて繰り返される美濃の共通語法である。地鉄は板目に柾を交えてしばしば肌立ち、刃寄りに柾がかり、鎬地は柾に流れる。その地に立つ映りは備前の明るい乱れ映りではなく、淡く白ける美濃鉄の靄のような白け映りで、説明書はこれを終始、備前と作を分かつ見どころとして掲げる。刃文は互の目を主調に尖り刃を交え、兼元にあっては整然と並ぶ尖り刃の三本杉となり、兼定や兼之にあっては頭の丸い互の目とのたれを交えて変化に富む。沸は乾いて締まり、匂口は冴え、足入り、砂流し・細かな金筋が刃中を走る。帽子は乱れ込んで先尖りごころとなり、あるいは丸く地蔵風に返る。これらは関の背骨をなす型であって、工により濃淡を異にする。金重・金行の手は穏やかで地が肌立ち、善定兼吉は大和の血を負って締った直刃と柾がかる板目を見せ、末関の氏房は大らかなのたれに尖り刃を折り込み、兼房は頭の丸い互の目の兼房乱れを得意とする。同じ語法のうちに、それぞれの工の手が読み分けられる。 収集家が関物を求めるのは、その鑑定が手応えを伴う一個の眼の修練だからである。映りが白く沸が乾いて締まる美濃の地刃は、備前の華やかな映りとも、山城の長く澄んだ直刃とも異なり、これを見分けることが関を識る勘所となる。主要工の格は説明書の評にそのまま現れる。孫六兼元は三本杉の創始者として名を成し、和泉守兼定すなわちノサダは、白ける板目に焼いた賑やかな美濃の刃と来国俊風の細直刃の双方を能くして、古刀期に珍しい受領を許され、刀剣書が「すぐれたる上手」と評する当代第一の手とされる。兼之は末関中最もよく練れた鍛えを見せて作域広く、永正・大永のノサダとして賞玩が厚い。これらの名は将軍家・大名家の伝来を負い、ノサダの太刀には武田信虎のために打たれた一口があり、菊花紋を切った刀は皇室との関わりを示し、徳川将軍家への献上を経た金重の短刀も伝わる。末関の氏房一門は清須・名古屋へ移って尾張新刀三祖の一を生み、古い美濃の手が新たな伝統へ移る蝶番に立った。切れ味をもって武用に応えた量産の地でありながら、孫六兼元らの最上手の作は美術的価値においても高く評され、その白け映りと乾いた沸の手を識ることが、美濃伝いかに始まり継がれたかを語る証となる。
No cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).