【作品解説】 朽木(くちき)の質感を精巧な漆工芸で表現した、意匠の凝らされた見事な合口(あいくち)短刀です。 その外装には、百足(むかで)、微細な蟻、そして銀製の蛇といった生き物たちが、色金(いろがね)を用いた高彫(たかぼり)によって生き生きと配されています。 特に銀の蛇は、朽木の隙間を縫うように配され、その体の一部が「栗形(くりがた)」を成すという、極めて独創的な意匠となっております。 【象徴と意味】 日本文化において、百足は古来より死や腐敗の象徴とされる一方で、その「決して後退しない」という攻撃的な性質から、武士の間では「不退転」の象徴として尊ばれました。戦国時代の名将・武田信玄が「百足の旗指物」を用いたことは広く知られています。 また、百足は福徳の神である毘沙門天の使いともされ、金鉱脈を探し当てる力を持つと信じられてきました。特に光沢のある百足は、運気の転換を予兆するものとも言われています。 蛇もまた、日本において多義的な意味を持ちます。守護や変容、再生の象徴であると同時に、災厄の予兆とされることもありますが、一般には福を招き、邪気を払う存在として信仰されてきました。また、蟻は勤勉さや協力、そして無私の忠誠を象徴しています。 本作の全体に流れるテーマは、万物の「無常」であり、西洋文化における「メメント・モリ(死を想え)」をより重層的に表現したものと言えるでしょう。 【備考】 ボストン美術館所蔵の柳川派による「百足・毘沙門天図鐔」(登録番号 11.5486)に、本作と共通する主題を見ることができます。 【刀身】 刀身は平造り(ひらづくり)の、身幅のしっかりとした短刀です。 大磨上(おおすりあげ)無銘であり、目釘孔(めくぎあな)は三つ遺されています。




















美濃伝 · 美濃
現在145点販売中
美濃国の関は、南北朝より室町、新刀期に至るまで日本刀の一大生産地として栄えた鍛冶の地である。その源流は二つに発し、説明書は金重と志津兼氏とを並べて美濃鍛冶の祖とする。金重は『古今銘尽』に法名道阿、越前敦賀の住人と伝えられ、敦賀より関へ越えて住したといい、相州正宗十哲の一に数えられて、沸の厚い穏やかな手を美濃の地鉄に持ち込んだ。兼氏に発する志津の系は、尖り互の目に走る乱調をもって、いま一つの根をなす。この二流が南北朝の美濃伝を形づくり、金行のごとく金重に続く工、室町に入って善定派の兼吉のように大和手掻の血を関に運んだ工が加わって、流れは広がった。室町後期には兼元・兼定の二名を頂点とする末関の隆盛を迎え、孫六兼元の名と和泉守兼定の受領とが、地方の量産地にとどまらぬ関の格を世に示した。大和と相州の二つの源流に、備前を意識した白け映りの地が結ばれて、美濃伝という一個の伝法が立ったのである。 関物を貫くのは、工と系統の差を越えて繰り返される美濃の共通語法である。地鉄は板目に柾を交えてしばしば肌立ち、刃寄りに柾がかり、鎬地は柾に流れる。その地に立つ映りは備前の明るい乱れ映りではなく、淡く白ける美濃鉄の靄のような白け映りで、説明書はこれを終始、備前と作を分かつ見どころとして掲げる。刃文は互の目を主調に尖り刃を交え、兼元にあっては整然と並ぶ尖り刃の三本杉となり、兼定や兼之にあっては頭の丸い互の目とのたれを交えて変化に富む。沸は乾いて締まり、匂口は冴え、足入り、砂流し・細かな金筋が刃中を走る。帽子は乱れ込んで先尖りごころとなり、あるいは丸く地蔵風に返る。これらは関の背骨をなす型であって、工により濃淡を異にする。金重・金行の手は穏やかで地が肌立ち、善定兼吉は大和の血を負って締った直刃と柾がかる板目を見せ、末関の氏房は大らかなのたれに尖り刃を折り込み、兼房は頭の丸い互の目の兼房乱れを得意とする。同じ語法のうちに、それぞれの工の手が読み分けられる。 収集家が関物を求めるのは、その鑑定が手応えを伴う一個の眼の修練だからである。映りが白く沸が乾いて締まる美濃の地刃は、備前の華やかな映りとも、山城の長く澄んだ直刃とも異なり、これを見分けることが関を識る勘所となる。主要工の格は説明書の評にそのまま現れる。孫六兼元は三本杉の創始者として名を成し、和泉守兼定すなわちノサダは、白ける板目に焼いた賑やかな美濃の刃と来国俊風の細直刃の双方を能くして、古刀期に珍しい受領を許され、刀剣書が「すぐれたる上手」と評する当代第一の手とされる。兼之は末関中最もよく練れた鍛えを見せて作域広く、永正・大永のノサダとして賞玩が厚い。これらの名は将軍家・大名家の伝来を負い、ノサダの太刀には武田信虎のために打たれた一口があり、菊花紋を切った刀は皇室との関わりを示し、徳川将軍家への献上を経た金重の短刀も伝わる。末関の氏房一門は清須・名古屋へ移って尾張新刀三祖の一を生み、古い美濃の手が新たな伝統へ移る蝶番に立った。切れ味をもって武用に応えた量産の地でありながら、孫六兼元らの最上手の作は美術的価値においても高く評され、その白け映りと乾いた沸の手を識ることが、美濃伝いかに始まり継がれたかを語る証となる。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
Returns accepted on items ordered from the site when an item does not appear to be as depicted and described; buyer must notify via email within 7 days of receipt. Refund covers purchase price minus shipping, bank fees, and currency conversion. Sales on items paid in terms are final, as are sales of items personally inspected.
【作品解説】 朽木(くちき)の質感を精巧な漆工芸で表現した、意匠の凝らされた見事な合口(あいくち)短刀です。 その外装には、百足(むかで)、微細な蟻、そして銀製の蛇といった生き物たちが、色金(いろがね)を用いた高彫(たかぼり)によって生き生きと配されています。 特に銀の蛇は、朽木の隙間を縫うように配され、その体の一部が「栗形(くりがた)」を成すという、極めて独創的な意匠となっております。 【象徴と意味】 日本文化において、百足は古来より死や腐敗の象徴とされる一方で、その「決して後退しない」という攻撃的な性質から、武士の間では「不退転」の象徴として尊ばれました。戦国時代の名将・武田信玄が「百足の旗指物」を用いたことは広く知られています。 また、百足は福徳の神である毘沙門天の使いともされ、金鉱脈を探し当てる力を持つと信じられてきました。特に光沢のある百足は、運気の転換を予兆するものとも言われています。 蛇もまた、日本において多義的な意味を持ちます。守護や変容、再生の象徴であると同時に、災厄の予兆とされることもありますが、一般には福を招き、邪気を払う存在として信仰されてきました。また、蟻は勤勉さや協力、そして無私の忠誠を象徴しています。 本作の全体に流れるテーマは、万物の「無常」であり、西洋文化における「メメント・モリ(死を想え)」をより重層的に表現したものと言えるでしょう。 【備考】 ボストン美術館所蔵の柳川派による「百足・毘沙門天図鐔」(登録番号 11.5486)に、本作と共通する主題を見ることができます。 【刀身】 刀身は平造り(ひらづくり)の、身幅のしっかりとした短刀です。 大磨上(おおすりあげ)無銘であり、目釘孔(めくぎあな)は三つ遺されています。




















美濃伝 · 美濃
現在145点販売中
美濃国の関は、南北朝より室町、新刀期に至るまで日本刀の一大生産地として栄えた鍛冶の地である。その源流は二つに発し、説明書は金重と志津兼氏とを並べて美濃鍛冶の祖とする。金重は『古今銘尽』に法名道阿、越前敦賀の住人と伝えられ、敦賀より関へ越えて住したといい、相州正宗十哲の一に数えられて、沸の厚い穏やかな手を美濃の地鉄に持ち込んだ。兼氏に発する志津の系は、尖り互の目に走る乱調をもって、いま一つの根をなす。この二流が南北朝の美濃伝を形づくり、金行のごとく金重に続く工、室町に入って善定派の兼吉のように大和手掻の血を関に運んだ工が加わって、流れは広がった。室町後期には兼元・兼定の二名を頂点とする末関の隆盛を迎え、孫六兼元の名と和泉守兼定の受領とが、地方の量産地にとどまらぬ関の格を世に示した。大和と相州の二つの源流に、備前を意識した白け映りの地が結ばれて、美濃伝という一個の伝法が立ったのである。 関物を貫くのは、工と系統の差を越えて繰り返される美濃の共通語法である。地鉄は板目に柾を交えてしばしば肌立ち、刃寄りに柾がかり、鎬地は柾に流れる。その地に立つ映りは備前の明るい乱れ映りではなく、淡く白ける美濃鉄の靄のような白け映りで、説明書はこれを終始、備前と作を分かつ見どころとして掲げる。刃文は互の目を主調に尖り刃を交え、兼元にあっては整然と並ぶ尖り刃の三本杉となり、兼定や兼之にあっては頭の丸い互の目とのたれを交えて変化に富む。沸は乾いて締まり、匂口は冴え、足入り、砂流し・細かな金筋が刃中を走る。帽子は乱れ込んで先尖りごころとなり、あるいは丸く地蔵風に返る。これらは関の背骨をなす型であって、工により濃淡を異にする。金重・金行の手は穏やかで地が肌立ち、善定兼吉は大和の血を負って締った直刃と柾がかる板目を見せ、末関の氏房は大らかなのたれに尖り刃を折り込み、兼房は頭の丸い互の目の兼房乱れを得意とする。同じ語法のうちに、それぞれの工の手が読み分けられる。 収集家が関物を求めるのは、その鑑定が手応えを伴う一個の眼の修練だからである。映りが白く沸が乾いて締まる美濃の地刃は、備前の華やかな映りとも、山城の長く澄んだ直刃とも異なり、これを見分けることが関を識る勘所となる。主要工の格は説明書の評にそのまま現れる。孫六兼元は三本杉の創始者として名を成し、和泉守兼定すなわちノサダは、白ける板目に焼いた賑やかな美濃の刃と来国俊風の細直刃の双方を能くして、古刀期に珍しい受領を許され、刀剣書が「すぐれたる上手」と評する当代第一の手とされる。兼之は末関中最もよく練れた鍛えを見せて作域広く、永正・大永のノサダとして賞玩が厚い。これらの名は将軍家・大名家の伝来を負い、ノサダの太刀には武田信虎のために打たれた一口があり、菊花紋を切った刀は皇室との関わりを示し、徳川将軍家への献上を経た金重の短刀も伝わる。末関の氏房一門は清須・名古屋へ移って尾張新刀三祖の一を生み、古い美濃の手が新たな伝統へ移る蝶番に立った。切れ味をもって武用に応えた量産の地でありながら、孫六兼元らの最上手の作は美術的価値においても高く評され、その白け映りと乾いた沸の手を識ることが、美濃伝いかに始まり継がれたかを語る証となる。
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