説明

鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 重要刀剣[N.B.T.H.K] Juyo Token No.25 江戸時代を代表する自身彫の名手として名高い刀工、一竿子忠綱の作品。粟田口近江守忠綱は初代近江守忠綱の子で、後に二代目を継ぎ、一竿子と号した。彼の作風は、初期に於いては初代同様に焼き頭の良く揃った足の長い丁字乱れが多く、後には互の目乱れや濤瀾風の乱れ、さらには直刃なども焼いている。また彫物を得意としており、刀匠自身の手によって生み出されたそれは刀身その物を損ねることなくよく調和している。本作は小板目肌のよくつんだ鍛えに、地沸微塵に厚くつき、地景細かによく入り、刃文は得意の濤瀾乱れを焼き、匂深で、小沸よくつき、匂口が明るい出来口を表している。腰元に添えられた倶利伽羅の彫は同作中でも群を抜いて濃厚に彫られた傑作で正面から捉えた大きな眼や躍動する胴体の鱗の一枚一枚まで実によく鏨が効いたおり、また保存状態もすこぶる健全で研ぎあたりはほぼ見られない。本間薫山著、鑑刀日々抄続にて「鍛と地刃の沸が同作中でも強く、佳作の部に入る」と評価され、藤代松雄著、日本刀工辞典では一竿子の初期、天和貞享頃の標本作として掲載されている。1尺9寸9分半の長さは2尺以上の帯刀が許されなかった江戸時代における町人差しの最長を狙った注文作と見え、60cmを超える為昭和二十六年の登録における区分は「刀」となっている。健全で豪壮な体を示した同工中の傑作である。

新刀 鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 重要刀剣[N.B.T.H.K] Juyo Token No.25 No.682 銘文:粟田口近江守忠綱 彫物同作
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Jūyō売切れ

新刀 鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 重要刀剣[N.B.T.H.K] Juyo Token No.25 No.682 銘文:粟田口近江守忠綱 彫物同作

脇差

売却済

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仕様

長さ

60.4 cm

反り

1.2 cm

元幅

3.1 cm

先幅

2.1 cm

作者について

Shinto Tadatsuna忠綱

1 重要文化財3 特別重要刀剣49 重要刀剣

一竿子忠綱は二代粟田口近江守忠綱、初代近江守忠綱の子で、元禄期を代表する大坂の刀工の一人である。説明書は、通称を万太夫といい、父を継いで二代目の近江守を受領し、粟田口国綱の後裔と称して銘に粟田口を冠し、元禄二年頃より一竿子と号し始めたと記す。当時の大坂を代表する工の一人で、その作はまさに「地刃の華麗と彫刻の装飾美を以て名高い」。初期の作風は父に近く、その記録の中心は、自らの彫の場を兼ねた身幅広い在銘年紀の刀にある。 本工の特色はまず刃文に読まれる。よくつんだ小板目に、元を直ぐの焼出しに起こし、相関わる二様を焼く。古く受け継いだものは、焼頭のよく揃った足の長い丁子で、初代の得意とした作域そのものであり、長い丁子の足が入り、その足を砂流し・金筋が切って入る。説明書は本工を「父に優る名手で」と評し、その違いを的確に指す。初代の丁子が揃って堂々たるのに対し、二代は匂深く、匂口明るく、小沸のよくつくところで、これを出藍すなわち藍より出でて藍より青しと呼ぶ。 円熟の最も個性的な手は濤瀾乱れ、すなわち収集家のいう簾刃である。説明書はこれを津田助広の系に結びつけ、ある脇指において「得意の津田風の濤欄刃をやき」と記す。よくつんだ小板目に地沸が微塵に厚くつき地景細かに入る地に、浅いのたれを基調として互の目・丁子風を交え、これが大きく波打って濤瀾となり、なお長い丁子の足が入り、匂深く小沸厚くつき、砂流し・金筋頻りにかかり、匂口明るく冴える。帽子は浅くのたれ込んで小丸、掃きかける。穏やかな直刃も数口に残り、三つの面のうち最も静かで稀なもので、同じ明るい小板目の地に焼かれる。 その地鉄は三様すべての底に変わらず通う。鍛えはよくつみ細かによくつんだ小板目で、地沸が厚く、最上手には微塵につき、細かな地景が地を走り、地鉄は明るく冴える。素朴な地ではなく、よく出来た大坂の地であり、刃も彫もこの地の上に置かれる。剣書は本工の作域を、初代に倣う揃った丁子、濤瀾、そして稀な直刃とし、いずれも大坂の長い直ぐの焼出しより起こすとする。 地刃のいずれの特徴にもまして本工を分かつのは彫である。説明書はその刀身彫刻を一竿子彫として賞玩し、「出藍の誉高く」、また「殊に刀身彫刻は巧みで一竿子彫として賞玩されている」と記す。櫃中に真の倶利迦羅を浮彫にし、梅倶利迦羅、玉追龍、そして鯉の滝上りを彫った。鯉の滝上りは本工が初めて試みたものと思われ、説明書は「同作中でも本刀以外には未見である」とする。彼は大坂の彫物師藤田通意と関係が深く、「彫同作」と添銘して彫を自身の手と示した。これは初代には全く見られないところで、新刀彫刻に一種の型をつくったものである。 収集の観点では、一竿子忠綱は大坂新刀の主要な名跡で、その作はなお求め得るが、最上のものは商われるより蔵される。藤代の極めは上々作。国宝はなく、その記録は重要刀剣に数多く、特別重要刀剣に数口が及び、長銘の大太刀は重要文化財に達する。説明書はある特別重要刀剣の刀を、最も油ののった時代の代表作で地刃の出来に優れるとし、その一竿子彫を一段と見事とする。特別重要刀剣・重要刀剣の級にはおよそ五十二口が立ち、京都国立博物館に蔵される一口があり、浅井家に伝来した記録のある一口がある。在銘年紀で数も相応に残るため、忠綱は同格の大坂の名手のうちでは比較的世に出やすいが、自らの一竿子彫を帯びた年紀の刀は出れば見ものであり、鯉と倶利迦羅を本工自身が彫った最上のものは、大坂彫刻の極盛を語る証である。

刀剣商

飯田高遠堂

iidakoendo.com

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