二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
水心子正次は、川部北司といい、大慶直胤に師事し、師の女婿となったと伝え、また一説には、二代:水心子正秀(白熊入道)の子ともいう。正次は水心子の号を用いており、このことからすれば、彼が実質的に川部家三代目を継承したことは明らかである。正次は下谷御徒町に住して作刀生活を送り、万延元年三月十一日に没したと伝える。作風は水心子流よりも銘字に至るまで全く直胤流であり、相州伝と備前伝が得意である。 この脇指は、身幅が広く、元先の幅差少なく、大鋒に結ぶ豪壮な体配に、板目がつみ、処々大杢目ごころが交じり、渦巻き肌風となり、地沸が厚くつき、地景が太く入った鍛えを呈している。刃文は互の目乱れ、小互の目・丁子風の刃など交じり乱れ、焼き高く華やかとなり、足入り、匂深く、刃中よく沸づき、金筋入り、砂流しさかんにかかり、飛焼き風の湯走りなど交え、明るいなどの出来口をあらわしている。彼が得意とする相伝備前の作柄で、流石に地刃がよく沸づいており、刃中の働きも豊富である。加えて地刃共に明るく冴えわたっている点も特筆される。古作のなかでも南北朝時代の名工:備前長義に私淑したものと推察され、焼きの高い互の目乱れを主調とした刃取りに、刃沸が強くつき、肌目が刃にからんで幾重にも折り重なり変化に富んだ働きをみせる相伝備前の傑作で、師、直胤の作風を髣髴とさせる一口で、銘字に至るまで、よく直胤流を受け継いでいる。水心子正次の本領が遺憾なく発揮された同作中の優品で、彼の相伝備前の代表的な一口といえる。







武蔵 · 1830-1844頃
現在1点販売中
江戸時代
二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトクーリングオフは商品到着後8日以内にお願い致します。②返品送料はお客様でご負担ください。⑥お届け先が海外の場合は、ご返品・ご返金は致しかねます。
¥1,250,000