二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
Moto-haba (width at Ha-machi) approx. 2.82cm Saki-haba (width at Kissaki) approx. 1.91cm Ichibu kizami kuro ishimeji nuri saya,wakizashi koshirae 水心子正次は、新々刀の父と仰がれる水心子正秀の孫。十三歳で祖父と父貞秀に死別したため祖父の高弟大慶直胤に入門し、後に師の娘婿となる。正秀と直胤両工が終生の目標とした古作の再現に感化されて自らも試み、「太刀姿正秀ニ似タリ。地鉄ノキタイ直胤ニ似タリ」(『新刀銘集録』巻二)と技術が高く評価されている。 この脇差は、大小一腰の脇差として鍛造されたとみられ、尋常な身幅と重ねながら両区深く、腰反り高く中鋒の古調な姿。微塵に詰んだ小板目鍛えの地鉄は小粒の地沸が厚く付いて潤う。刃文は焼の高い丁子乱刃が重なり合った重花丁子。刃縁に沸が良く付いて明るく冴え、僅かに金線と砂流しが掛かり、匂で澄んだ刃中には繁く入った足と飛足が左右に広がって交叉し、鎌倉時代の備前福岡一文字を想わせる。焼頭の上の淡い飛焼は備前古作の映りの再現が試みられたものであろう、意図せぬ景色を生み出している。帽子は乱れ込んで小丸に返る。茎は錆が浅く保存状態が頗る優れ、丁寧な茎の仕立てと入念に刻された銘字、刻印は祖父正秀に近似。刃形の模倣に留まることのない正次の、作刀への意欲に満ちた佳品となっている。























武蔵 · 1848-1854頃
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江戸時代
二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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