説明

重要刀剣 美濃国藤原永貞 8月 14, 2022 商品名 第39回重要刀剣 美濃国藤原永貞 銘 美濃国藤原永貞 佐藤義問所持 元治元甲子年五月於東都作之 作者 美濃国藤原永貞 時代 江戸時代末期 伝来 指定 平成5年11月5日 鑑定書 重要刀剣 価格 刃長 72.4cm 反り 1.4cm 元幅 3.25cm 元重 先幅 2.4cm 鋒長 4.1cm 茎長 23.2cm 茎反り 僅か 形状 鎬造、三ッ棟、身幅広く、重ね厚く、反り浅くつき、中鋒やや延びごころ。 鍛 小板目肌つみ、地沸厚くつき、地景細かにいる。 刃文 互の目乱れに大互の目・頭の丸い互の目・尖りごころの刃などが交じり、華やかに乱れ、足・葉さかんに入り、匂深く、沸よくつき、やや荒目の沸を交え、砂流しかかり、金筋入り、物打辺僅かに棟を焼き、匂口が明るい。 帽子 横手を焼き込んでのたれ込み、丸く深く返り、先掃きかけ、表沸くずれる。 彫物 茎 生ぶ、先刃上がりごころの栗尻、鑢目筋違に化粧つく、目釘穴一、指表目釘穴の下棟寄りに、大振りの長銘があり、裏に同じく年紀とその下に「於東都」の駐鎚地銘があり、その横平地に大振りの所持者銘がある。 説明 永貞は、本名を松井治一郎と称し、文化6年、美濃国不破郡(現在の岐阜県垂井町表佐一色四番屋敷)に松井直三郎の子として生まれた。彼は、一時、紀州徳川家の御用鍜治として紀州に移住したと伝えられ、また、万延元年頃には伊勢国田丸に於いても鍛刀した。その後文久2年頃、江戸青山に住して作刀し、明治2年、60才で没したといわれる。なお、普段の銘文に見られる「御勝山麓」といったものと思われる。 この刀は、身幅が広く、重ね厚で、反りが浅く、中鋒が延びごころとなった、ガッチリとした豪壮な造込みを見せており、新々刀の特徴的な姿恰好を呈しているが、とりわけ本作のように三ッ棟の多いところにこの工の特色が示されている。刃文は互の目乱れに大互の目・頭の丸い互の目・尖りごころの刃などが交じり、足・葉がさかんに入り、匂深く、沸がよくつき、荒目の沸を交え、金筋・砂流しかかるなど、清麿一門に見紛う作柄をあらわしている。担し、刃中に、清麿一門によく見受けられる丁子がかった刃や角ばる互の目などは見られず、むしろ大互の目や頭の丸い互の目等が目立ち、帽子も先が丸く返っているところなどに、清麿一門とは異なった同工の見どころが窺われる。同作中でも華やかな作域を示した出色の一口で匂深くで、沸がむらなくよくついて、匂口が明るい点が特筆され、加うるに地刃ともに健全であることも好ましい。 このフィールドは空白のままにしてください 江州屋刀剣店 更新情報メール登録 受信ボックスか迷惑メールフォルダを確認して購読手続きを完了してください。 Please check the Inbox or Junk Email and complete the subscription process. Prev Previous 重要刀剣 平信秀於大坂(薙刀) Next 重要刀剣 江州住人佐々木善四郎源一峯 以南蛮鉄造之 Next お問い合わせ ご購入・鑑定・買い取り・売買については、以下の番号もしくはメールまでお問い合わせください。 0749-42-2736 090-3162-7641 お問い合わせフォーム 読み物と知識 刀剣を鑑定する方法について 刀剣鑑定書の種類とランク 日本刀の取り扱い方法 日本刀の所持について 日本刀の種類 プライバシーポリシー カテゴリー 刀剣 鐔 太刀 刀 脇差 縁頭 重要美術品 特別重要刀剣 重要刀剣 保存刀装具 特別貴重小道具 最近の投稿 特別保存刀剣 刀銘 水心子正次(花押) 天保十二年仲春 特別保存刀剣 脇差銘 江州住人佐々木入道源一峯 特別保存刀剣 刀銘 (金粉銘)包友 光遜花押 甲種特別貴重刀剣 脇差銘 井上和泉守国貞 (菊紋)寛文七年三月日 井上和泉守国貞 (菊紋)寛文十一年八月日

重要刀剣 美濃国藤原永貞

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仕様

長さ

72.4 cm

反り

1.4 cm

元幅

3.25 cm

先幅

2.4 cm

作者について

Seki Nagasada永貞

5 重要刀剣

永貞は御勝山麓藤原永貞と銘し、本名を松井治一郎と称した。文化六年、すなわち一八〇九年に美濃国不破郡で松井直三郎の子として生まれ、説明書はその作刀の生涯が三国にまたがったことを伝える。一時は紀州徳川家の御用鍛冶を勤め、万延元年頃には伊勢国田丸に鍛刀し、文久二年頃からは江戸青山に住して作刀を続け、明治二年に六十歳ないし六十一歳で歿したという。銘に繰り返し見える「御勝山」は郷里の表佐の北に位する地を指し、彼はそこから刀工名を採った。年紀のある作はいずれも幕末に属し、慶応元年に江府で精鍛した一刀もそのうちにあって、彼を、校名の由来する古い末関ではなく、新々刀の復古の中に位置づける。 その典型の手は、幕末の工が好んだ豪壮な体配の太刀姿である。身幅広く元先の幅差は目立たず、重ね厚く、反り浅く、中鋒が延びて、全体にがっちりとした堂々たる造込みをなす。この造込みに、大互の目・頭の丸い互の目・小互の目、まま尖りごころの刃を交えた華やかな互の目乱れを焼く。説明書はこれを「華やかに乱れ」る刃と評し、足・葉さかんに入り、匂深く、沸がよくむらなくつき、荒めの沸を交え、総体に砂流し・金筋・長い沸筋が頻りにかかって匂口明るいとする。なかでも一作に常に見える一点を鑑者は特記する。三ツ棟である。ある説明書はこれを「この工の見どころ」と呼ぶ。 その刃を支える地鉄は、つんだ板目に、時に小板目・杢を交えた地で、地沸厚くつき細かな地景が入る。最も長寸の一作では腰元にやや肌立ちごころの肌合が交じるが、おおむねは緊密でよく鍛えた地の感がある。ここに備前や山城の地に見るような映りはなく、その作の明るさは、むしろ匂の深さと沸の冴えから来る。帽子は下の刃に応じて直ぐまたは浅くのたれて小丸に返り、先を掃きかけ、時に横手を深く焼き込んで返る。一作では物打辺の棟寄りに飛焼・棟焼を見せる。茎はいずれも生ぶで、先を刃上り栗尻に仕立て、大筋違の鑢に化粧を施し、その全名を記す長銘と、裏に年紀および駐鎚の地を切る。 指定の記録に残る作群はその作風において一様で、いずれも江戸期円熟の在銘の刀であるから、彼の作は段階よりも一つの完成した作域を全力で示したものとして読まれる。そのなかで鑑者は強さの段階を引く。最も冴えた、「出色」「華やかな」と呼ぶ作は、大互の目・頭の丸い互の目と深い沸をその華麗の極みまで押し進め、より静かな作は同じ要素をより締まった乱れに収める。二作の彫物、表の「八幡大菩薩」の文字と裏の護摩箸は、幕末の作に通う祈願と尚武の趣味に属する。説明書が立ち返る主題は年代や代ではなく類似であり、その手はある名高い隣家に極めて近く、眼は両者の分け方を教えられねばならない。 その隣家とは清麿一門である。説明書は繰り返し、その豪壮な姿、沸深い互の目乱れ、頻りな金筋・砂流しが一見清麿の門に見紛うとし、「清麿一門に見紛う」の語が再三現れる。そこで鑑者が引く区別は精確で、それこそが彼の鑑定の核をなす。刃中に、清麿一門のよく示す丁子がかった刃や角ばる互の目は見られず、「丁子がかった刃や角ばる互の目などは見られず」、代わりに大互の目・頭の丸い互の目が目立ち、まま尖った刃が入り、帽子は尖らず先を丸く返す。これらの特色と、頻りな三ツ棟とによって、説明書はその手を、最も似た一門から分かつ。すなわち彼は、清麿の作風を行いつつその門には属さない、独立した幕末の名工であり、紀州徳川家のため、のち江戸でその復古の作域を鍛えた美濃出身の工である。 永貞は指定の記録には稀な名である。その刀は五口が重要刀剣に列し、いずれも在銘で、特別重要刀剣・重要文化財・国宝の各位には及ばない。来歴は一口に記録があり、佐藤義問の手を経た。これらが、私の蒐集家が現実に出会いを望みうる作であって、市場に現れるのは時折、根気を要し、その在銘の刀が出ることは恒常の出物というより一つの見るべき出来事である。鑑者自身の評がその求められる所以を示す。西堀光徳のために作られた慶応元年の刀について、説明書は地刃の出来が極めてよく「代表作と称すべき」一口とし、別の一作については匂深く、沸むらなくつき、匂口の明るい点が特筆されるとし、最も豪壮な一作については大柄な体配と相俟って迫力が感じられる優品とする。永貞の在銘の刀は、幕末の一つの手に、豪壮な新々刀の姿と、沸の豊かな清麿風の作域を、清麿その人に一歩を残して具えたものである。

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