日本美術刀剣保存協会(NBTHK)保存刀剣 美濃関伝 兼則 室町時代 拵・白鞘付 美濃関伝の銘工「兼則」と極められた、格調高い一振です。日本美術刀剣保存協会(NBTHK)による保存刀剣鑑定書、および銃砲刀剣類登録証が付属し、保管用の白鞘も完備しております。 本作は日本刀五ヶ伝の一つ、名高い「美濃伝」の特色を色濃く反映した優品です。龍を主題とした見事な拵と、保存用の白鞘が共に揃っており、歴史的価値と鑑賞性の高さを兼ね備えた、愛刀家垂涎の逸品と言えるでしょう。 【刀工:兼則】 本作は、美濃伝(関物)の中でも高く評価される「兼則」の手によるものです。美濃伝は日本刀の五大流派「五ヶ伝」の一つであり、特に関の地で打たれた刀剣は、その実戦的な機能美で名を馳せました。 美濃伝は鎌倉時代末期に大和伝の流れを汲んで興り、室町時代に全盛期を迎えました。関の鍛冶は、武士が最も求めた「折れず、曲がらず、良く切れる」という実用性と、質実剛健な美しさを追求したことで知られています。 「兼則」の名は室町時代初期から続く名跡であり、代々その技が受け継がれました。初代は初期関鍛冶の重要人物として記録されており、その後、後代は越前や尾張など近隣の国々へも広がり、各地で活躍しました。本作のような室町時代の兼則は、関が最も繁栄した時期の「末関」を代表する名工作として高く評価されています。 【歴史的背景】 室町時代、特に戦国時代へと向かう動乱期は、美濃刀にとっての黄金時代でした。絶え間ない戦火の中で、信頼性の高い刀剣への需要は飛躍的に高まり……






































美濃伝 · 美濃 · 1394-1428頃
刀剣大鑑 上位21%
現在1点販売中
兼則の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
美濃伝 · 美濃
現在150点販売中
美濃国の関は、南北朝より室町、新刀期に至るまで日本刀の一大生産地として栄えた鍛冶の地である。その源流は二つに発し、説明書は金重と志津兼氏とを並べて美濃鍛冶の祖とする。金重は『古今銘尽』に法名道阿、越前敦賀の住人と伝えられ、敦賀より関へ越えて住したといい、相州正宗十哲の一に数えられて、沸の厚い穏やかな手を美濃の地鉄に持ち込んだ。兼氏に発する志津の系は、尖り互の目に走る乱調をもって、いま一つの根をなす。この二流が南北朝の美濃伝を形づくり、金行のごとく金重に続く工、室町に入って善定派の兼吉のように大和手掻の血を関に運んだ工が加わって、流れは広がった。室町後期には兼元・兼定の二名を頂点とする末関の隆盛を迎え、孫六兼元の名と和泉守兼定の受領とが、地方の量産地にとどまらぬ関の格を世に示した。大和と相州の二つの源流に、備前を意識した白け映りの地が結ばれて、美濃伝という一個の伝法が立ったのである。 関物を貫くのは、工と系統の差を越えて繰り返される美濃の共通語法である。地鉄は板目に柾を交えてしばしば肌立ち、刃寄りに柾がかり、鎬地は柾に流れる。その地に立つ映りは備前の明るい乱れ映りではなく、淡く白ける美濃鉄の靄のような白け映りで、説明書はこれを終始、備前と作を分かつ見どころとして掲げる。刃文は互の目を主調に尖り刃を交え、兼元にあっては整然と並ぶ尖り刃の三本杉となり、兼定や兼之にあっては頭の丸い互の目とのたれを交えて変化に富む。沸は乾いて締まり、匂口は冴え、足入り、砂流し・細かな金筋が刃中を走る。帽子は乱れ込んで先尖りごころとなり、あるいは丸く地蔵風に返る。これらは関の背骨をなす型であって、工により濃淡を異にする。金重・金行の手は穏やかで地が肌立ち、善定兼吉は大和の血を負って締った直刃と柾がかる板目を見せ、末関の氏房は大らかなのたれに尖り刃を折り込み、兼房は頭の丸い互の目の兼房乱れを得意とする。同じ語法のうちに、それぞれの工の手が読み分けられる。 収集家が関物を求めるのは、その鑑定が手応えを伴う一個の眼の修練だからである。映りが白く沸が乾いて締まる美濃の地刃は、備前の華やかな映りとも、山城の長く澄んだ直刃とも異なり、これを見分けることが関を識る勘所となる。主要工の格は説明書の評にそのまま現れる。孫六兼元は三本杉の創始者として名を成し、和泉守兼定すなわちノサダは、白ける板目に焼いた賑やかな美濃の刃と来国俊風の細直刃の双方を能くして、古刀期に珍しい受領を許され、刀剣書が「すぐれたる上手」と評する当代第一の手とされる。兼之は末関中最もよく練れた鍛えを見せて作域広く、永正・大永のノサダとして賞玩が厚い。これらの名は将軍家・大名家の伝来を負い、ノサダの太刀には武田信虎のために打たれた一口があり、菊花紋を切った刀は皇室との関わりを示し、徳川将軍家への献上を経た金重の短刀も伝わる。末関の氏房一門は清須・名古屋へ移って尾張新刀三祖の一を生み、古い美濃の手が新たな伝統へ移る蝶番に立った。切れ味をもって武用に応えた量産の地でありながら、孫六兼元らの最上手の作は美術的価値においても高く評され、その白け映りと乾いた沸の手を識ることが、美濃伝いかに始まり継がれたかを語る証となる。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト14-day return if items arrive damaged or in unexpected condition; customer bears return shipping + insurance; items returned in original condition with all accessories; antique armour non-returnable; only regular priced items refundable; shipping costs non-refundable.
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)保存刀剣 美濃関伝 兼則 室町時代 拵・白鞘付 美濃関伝の銘工「兼則」と極められた、格調高い一振です。日本美術刀剣保存協会(NBTHK)による保存刀剣鑑定書、および銃砲刀剣類登録証が付属し、保管用の白鞘も完備しております。 本作は日本刀五ヶ伝の一つ、名高い「美濃伝」の特色を色濃く反映した優品です。龍を主題とした見事な拵と、保存用の白鞘が共に揃っており、歴史的価値と鑑賞性の高さを兼ね備えた、愛刀家垂涎の逸品と言えるでしょう。 【刀工:兼則】 本作は、美濃伝(関物)の中でも高く評価される「兼則」の手によるものです。美濃伝は日本刀の五大流派「五ヶ伝」の一つであり、特に関の地で打たれた刀剣は、その実戦的な機能美で名を馳せました。 美濃伝は鎌倉時代末期に大和伝の流れを汲んで興り、室町時代に全盛期を迎えました。関の鍛冶は、武士が最も求めた「折れず、曲がらず、良く切れる」という実用性と、質実剛健な美しさを追求したことで知られています。 「兼則」の名は室町時代初期から続く名跡であり、代々その技が受け継がれました。初代は初期関鍛冶の重要人物として記録されており、その後、後代は越前や尾張など近隣の国々へも広がり、各地で活躍しました。本作のような室町時代の兼則は、関が最も繁栄した時期の「末関」を代表する名工作として高く評価されています。 【歴史的背景】 室町時代、特に戦国時代へと向かう動乱期は、美濃刀にとっての黄金時代でした。絶え間ない戦火の中で、信頼性の高い刀剣への需要は飛躍的に高まり……






































美濃伝 · 美濃 · 1394-1428頃
刀剣大鑑 上位21%
現在1点販売中
兼則の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
美濃伝 · 美濃
現在150点販売中
美濃国の関は、南北朝より室町、新刀期に至るまで日本刀の一大生産地として栄えた鍛冶の地である。その源流は二つに発し、説明書は金重と志津兼氏とを並べて美濃鍛冶の祖とする。金重は『古今銘尽』に法名道阿、越前敦賀の住人と伝えられ、敦賀より関へ越えて住したといい、相州正宗十哲の一に数えられて、沸の厚い穏やかな手を美濃の地鉄に持ち込んだ。兼氏に発する志津の系は、尖り互の目に走る乱調をもって、いま一つの根をなす。この二流が南北朝の美濃伝を形づくり、金行のごとく金重に続く工、室町に入って善定派の兼吉のように大和手掻の血を関に運んだ工が加わって、流れは広がった。室町後期には兼元・兼定の二名を頂点とする末関の隆盛を迎え、孫六兼元の名と和泉守兼定の受領とが、地方の量産地にとどまらぬ関の格を世に示した。大和と相州の二つの源流に、備前を意識した白け映りの地が結ばれて、美濃伝という一個の伝法が立ったのである。 関物を貫くのは、工と系統の差を越えて繰り返される美濃の共通語法である。地鉄は板目に柾を交えてしばしば肌立ち、刃寄りに柾がかり、鎬地は柾に流れる。その地に立つ映りは備前の明るい乱れ映りではなく、淡く白ける美濃鉄の靄のような白け映りで、説明書はこれを終始、備前と作を分かつ見どころとして掲げる。刃文は互の目を主調に尖り刃を交え、兼元にあっては整然と並ぶ尖り刃の三本杉となり、兼定や兼之にあっては頭の丸い互の目とのたれを交えて変化に富む。沸は乾いて締まり、匂口は冴え、足入り、砂流し・細かな金筋が刃中を走る。帽子は乱れ込んで先尖りごころとなり、あるいは丸く地蔵風に返る。これらは関の背骨をなす型であって、工により濃淡を異にする。金重・金行の手は穏やかで地が肌立ち、善定兼吉は大和の血を負って締った直刃と柾がかる板目を見せ、末関の氏房は大らかなのたれに尖り刃を折り込み、兼房は頭の丸い互の目の兼房乱れを得意とする。同じ語法のうちに、それぞれの工の手が読み分けられる。 収集家が関物を求めるのは、その鑑定が手応えを伴う一個の眼の修練だからである。映りが白く沸が乾いて締まる美濃の地刃は、備前の華やかな映りとも、山城の長く澄んだ直刃とも異なり、これを見分けることが関を識る勘所となる。主要工の格は説明書の評にそのまま現れる。孫六兼元は三本杉の創始者として名を成し、和泉守兼定すなわちノサダは、白ける板目に焼いた賑やかな美濃の刃と来国俊風の細直刃の双方を能くして、古刀期に珍しい受領を許され、刀剣書が「すぐれたる上手」と評する当代第一の手とされる。兼之は末関中最もよく練れた鍛えを見せて作域広く、永正・大永のノサダとして賞玩が厚い。これらの名は将軍家・大名家の伝来を負い、ノサダの太刀には武田信虎のために打たれた一口があり、菊花紋を切った刀は皇室との関わりを示し、徳川将軍家への献上を経た金重の短刀も伝わる。末関の氏房一門は清須・名古屋へ移って尾張新刀三祖の一を生み、古い美濃の手が新たな伝統へ移る蝶番に立った。切れ味をもって武用に応えた量産の地でありながら、孫六兼元らの最上手の作は美術的価値においても高く評され、その白け映りと乾いた沸の手を識ることが、美濃伝いかに始まり継がれたかを語る証となる。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト14-day return if items arrive damaged or in unexpected condition; customer bears return shipping + insurance; items returned in original condition with all accessories; antique armour non-returnable; only regular priced items refundable; shipping costs non-refundable.