二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
康廣など鎌倉時代の一文字派の流れを汲む石堂派の刀工は、室町期に失われてしまった感のある往昔の互の目丁子の刃文の再現に挑んで見事に地映りまでも表現するに至っており、その技術力と高い切れ味によって大いに栄えた。中でも康広は紀伊国より移住したことから紀州石堂あるいは大坂石堂と呼ばれており、焼頭が揃って足の長い丁子出来を専らとして人気が高い。


摂津 · 1684-1688頃
藤代 中上作 · 刀剣大鑑 上位76%
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康廣の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
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江戸時代
二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
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