Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 Tsuba "Shoju, shunme" (Horses under pine tree) Honjo, Dewa province - Edo, Musashi province 利寿、乗意と共に奈良三作と崇められる安親が松樹に群馬図鐔を遺している。その鐔に取材したのは幕末の名工本荘義胤(注)。義胤は大慶直胤の門人で刀身彫の名手。安親を手本としながらも独創を加味したこの鐔は、安親風に天に向かって堂々と立つ松樹の巨木を高肉に彫り出し、疾駆する馬の姿も躍動的に、笹の茂る草原は薄肉彫で繊細に表現。裏面は木賊刈図を思わせるような鄙びた野山の風景を、これも安親を思わせる高彫としている。古風な地造りになる地面の表情も見どころ。 注...義胤が細川正義の大小刀に毘沙門天の刀身彫刻を施した作がある。第五十八回重要刀剣。銀座長州屋所蔵。
安親は、弥五八と称し、 庄内藩士土屋忠左衛門の子として寛文十年に生まれている。 長ずるに及んで正阿弥珍久の門に学び、師の娘を娶り、 元禄十六年三十四歳の時に江戸に出府、奈良辰政について更に修行し、天性の才能が開花した。 正徳頃には水戸光圀の甥で、奥州守山二万石の 藩主松平大学頭に抱えられ、享保十六年に六十一歳で剃髪して東雨と号し、数々の名作を世に遺し、後に奈良利寿・杉浦乗意と共に『奈良三作』 と称えられている。 本作は目出度い樹木である松の下に、鹿を従えた寿老人を配している。 ゆったりと落ち着いた構図は広い空間を感じさせ、安親独自の彫技表 現をもって温かな情感が溢れ出ている。 この小柄は、安親銘前期の作品と鑑せられるが、すでに馥郁たる安親芸術を見事に開花させている。



土屋派
江戸
出羽
在銘
重要 #58 (NBTHK)
町彫 · Musashi (Edo)
現在13点販売中
土屋派は奈良金工の流れを汲む一派であり、奈良三作の一人に数えられる土屋安親を祖として江戸(武蔵国)に拠点を置いた。安親の名は六代にわたり嫡流が襲名し、元禄期より幕末に至るまで連綿と工房の系譜を維持した。門弟の安族は『庄内金工名譜』に「鈴木与平と称し初代安親門」[[c:1]]と記され、「江戸で安親の協力工として暮し、晩年は庄内に戻り安親より弥五八の名を授かり子孫も弥五八を襲名した」[[c:2]]と伝えられる。六代目の土屋昌親は五代国親の長男として下野国下館に生まれ、「青年時代に諸国を遊学して修業し、やがて江戸の芝新橋で開業した」[[c:3]]。出羽秋田の佐竹家の藩工として扶持を受け、後年には法眼の位に叙された。石燕子・東遷と号し、万延二年に歿している。別の一門、土屋守親(東燕舎土屋嵩僊守親)も一作金具の制作で知られる。 土屋派の作風は奈良派の彫金技法を基盤とし、鋤出高彫を根幹とする。地金には鉄・赤銅を主とし、石目地や槌目地を多用して、金・銀・四分一・素銅による色絵を豊かに施す。説示が一貫して強調するのは、一作の中に多彩な彫技を駆使する点である。昌親の脇指拵では「高彫色絵・肉合彫・片切彫・毛彫・甲鋤彫と様々の彫技が駆使されており、それぞれに昌親の高い技術が示されている」[[c:4]]と評される。意匠面では文学的・暗示的な構図を重んじ、守親の五節句大小拵では「行事そのものの風景ではなく、それを示唆させる景物描写によって各々を表現している」[[c:5]]とあり、「意匠は端的に、彫金技術は的確に纏めており、守親の技術の高さが窺える」[[c:6]]と記される。安族の猛馬山水図鐔においても「松樹に馬図の構図、鋤出高彫象嵌の彫法などには、奈良派及び安親の晩年作の特色をよくあらわしている」[[c:7]]と評され、初代の作風が門弟に深く継承されたことが窺われる。 説示は土屋派を、奈良派の原理を江戸中期から幕末にかけて継承・展開した一派として位置づけている。初代安親の工房における権威は絶大であり、安族は「安親の陰の存在」と推測されるほどであった。六代昌親に至っても、大名家(佐竹家・前橋松井家)の注文に応じた入念作において、金具・漆・柄の各要素を「拵全体が典雅な趣として結実」[[c:8]]させる統合力を示し、守親もまた五節句の各場面を大小金具に分配して「すっきりとした黒色の鞘に様々に描かれた金具のひとつひとつが冴える」[[c:9]]一作を完成させている。上層武家の需に応じ続けた事実は、土屋派が幕末に至るまで武家社会の上層において高い評価を保ち続けたことを証するものである。 詳しく見る →
特別保存刀装具の中から、特に出来が優れ、美術工芸的価値が極めて高く、国認定の重要美術品に準ずると判断されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。
Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 Tsuba "Shoju, shunme" (Horses under pine tree) Honjo, Dewa province - Edo, Musashi province 利寿、乗意と共に奈良三作と崇められる安親が松樹に群馬図鐔を遺している。その鐔に取材したのは幕末の名工本荘義胤(注)。義胤は大慶直胤の門人で刀身彫の名手。安親を手本としながらも独創を加味したこの鐔は、安親風に天に向かって堂々と立つ松樹の巨木を高肉に彫り出し、疾駆する馬の姿も躍動的に、笹の茂る草原は薄肉彫で繊細に表現。裏面は木賊刈図を思わせるような鄙びた野山の風景を、これも安親を思わせる高彫としている。古風な地造りになる地面の表情も見どころ。 注...義胤が細川正義の大小刀に毘沙門天の刀身彫刻を施した作がある。第五十八回重要刀剣。銀座長州屋所蔵。
安親は、弥五八と称し、 庄内藩士土屋忠左衛門の子として寛文十年に生まれている。 長ずるに及んで正阿弥珍久の門に学び、師の娘を娶り、 元禄十六年三十四歳の時に江戸に出府、奈良辰政について更に修行し、天性の才能が開花した。 正徳頃には水戸光圀の甥で、奥州守山二万石の 藩主松平大学頭に抱えられ、享保十六年に六十一歳で剃髪して東雨と号し、数々の名作を世に遺し、後に奈良利寿・杉浦乗意と共に『奈良三作』 と称えられている。 本作は目出度い樹木である松の下に、鹿を従えた寿老人を配している。 ゆったりと落ち着いた構図は広い空間を感じさせ、安親独自の彫技表 現をもって温かな情感が溢れ出ている。 この小柄は、安親銘前期の作品と鑑せられるが、すでに馥郁たる安親芸術を見事に開花させている。



土屋派
江戸
出羽
在銘
重要 #58 (NBTHK)
町彫 · Musashi (Edo)
現在13点販売中
土屋派は奈良金工の流れを汲む一派であり、奈良三作の一人に数えられる土屋安親を祖として江戸(武蔵国)に拠点を置いた。安親の名は六代にわたり嫡流が襲名し、元禄期より幕末に至るまで連綿と工房の系譜を維持した。門弟の安族は『庄内金工名譜』に「鈴木与平と称し初代安親門」[[c:1]]と記され、「江戸で安親の協力工として暮し、晩年は庄内に戻り安親より弥五八の名を授かり子孫も弥五八を襲名した」[[c:2]]と伝えられる。六代目の土屋昌親は五代国親の長男として下野国下館に生まれ、「青年時代に諸国を遊学して修業し、やがて江戸の芝新橋で開業した」[[c:3]]。出羽秋田の佐竹家の藩工として扶持を受け、後年には法眼の位に叙された。石燕子・東遷と号し、万延二年に歿している。別の一門、土屋守親(東燕舎土屋嵩僊守親)も一作金具の制作で知られる。 土屋派の作風は奈良派の彫金技法を基盤とし、鋤出高彫を根幹とする。地金には鉄・赤銅を主とし、石目地や槌目地を多用して、金・銀・四分一・素銅による色絵を豊かに施す。説示が一貫して強調するのは、一作の中に多彩な彫技を駆使する点である。昌親の脇指拵では「高彫色絵・肉合彫・片切彫・毛彫・甲鋤彫と様々の彫技が駆使されており、それぞれに昌親の高い技術が示されている」[[c:4]]と評される。意匠面では文学的・暗示的な構図を重んじ、守親の五節句大小拵では「行事そのものの風景ではなく、それを示唆させる景物描写によって各々を表現している」[[c:5]]とあり、「意匠は端的に、彫金技術は的確に纏めており、守親の技術の高さが窺える」[[c:6]]と記される。安族の猛馬山水図鐔においても「松樹に馬図の構図、鋤出高彫象嵌の彫法などには、奈良派及び安親の晩年作の特色をよくあらわしている」[[c:7]]と評され、初代の作風が門弟に深く継承されたことが窺われる。 説示は土屋派を、奈良派の原理を江戸中期から幕末にかけて継承・展開した一派として位置づけている。初代安親の工房における権威は絶大であり、安族は「安親の陰の存在」と推測されるほどであった。六代昌親に至っても、大名家(佐竹家・前橋松井家)の注文に応じた入念作において、金具・漆・柄の各要素を「拵全体が典雅な趣として結実」[[c:8]]させる統合力を示し、守親もまた五節句の各場面を大小金具に分配して「すっきりとした黒色の鞘に様々に描かれた金具のひとつひとつが冴える」[[c:9]]一作を完成させている。上層武家の需に応じ続けた事実は、土屋派が幕末に至るまで武家社会の上層において高い評価を保ち続けたことを証するものである。 詳しく見る →
特別保存刀装具の中から、特に出来が優れ、美術工芸的価値が極めて高く、国認定の重要美術品に準ずると判断されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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