Stock No:WA-050321Paper(Certificate): NBTHK Hozon TokenCountry(Kuni)/Period(Jidai): Aichi(Owari), Edo period 1673~Blade length(Cutting edge): 54.4cmCurve(SORI): 1.2cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 3.26cmThickness at the Moto-Kasane: 0.72cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.55cmThickness at the Saki-Kasane: 0.55cmHabaki: Two parts, Shakudo HabakiSword tang(Nakago): Unaltered,Sujikaiyasuri file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Shape(Taihai): Chu-kissaki, Shinogizukuri, IorimuneJigane(Hada):ItameTemper patterns(Hamon):Gunome-MidareTemper patterns in the point(Bohshi):KomaruRegistration Card: Kanagawa【Additional Information】伯耆守信高、二代の子で、初銘は信照。伯耆守藤原信高の作品です。俗名は河村伯耆。寛文五年に伯耆守を受領、寛永四年に没しています。刻銘、伯耆守藤原信高。父二代信高との合作も多く、ゆえに合作銘入る御刀も残っています。信高は尾張新刀を代表する刀工です。信高家は慶長のはじめに初代が美濃から尾張清洲城下をへて、名古屋城が完成した慶長十五年頃に名古屋に移住します。初代信高より匠銘と技術は受け継がれ、その後も代々尾張徳川家の藩工として栄え六代まで続きます。一派は初代から五代までが「伯耆守」を受領している尾張刀匠の名門であります。本作品の三代伯耆守藤原信高の作品で相州伝を加味した作です。体配は刃長が、一尺七寸九分強。身幅元先が確りとして重ねと反りは尋常。沸本位の大乱れを焼い作柄であり、信高の特徴的な華やかさを感じる脇差です。刃縁には盛んな沸の働きがあり出来栄え上々の一振りです。地鉄は板目肌が練れて締り、地沸微塵について躍動感に溢れます。刃文は小沸出来に沸が叢付いて刃縁は明るく輝き非常に冴えた刃です。湾れで焼きだし、次第に焼き幅が広く大きく乱れる、大互の目乱れで、足入り、砂流しかかり、刃縁には金筋も働いて覇気があります。帽子は直ぐ調子となって、よく沸ずいて小丸へ深く返ります。このように伯耆守藤原信高三代の特徴と円熟した技量が顕現に示された、生ぶ茎で地刃共に健全な、時代の意気な脇差拵が附いた脇差です。附 黒石目地塗鞘脇差拵、白鞘、赤銅着二重はばき、保存刀剣鑑定書。







美濃伝 · 尾張 · 1673-1681頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位49%
現在3点販売中
信高の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
美濃伝 · 美濃
現在9点販売中
三阿弥は美濃国に興った刀工の一派で、説示に拠れば関七流の一つに数えられ、その頭領が兼則であったと伝える。兼則は古伝書や銘鑑に南北朝末期から室町初期の応永にかけて存在したことが記され、現存する作例の最古とみられる太刀は作風と銘字の書風から応永を降らぬものと鑑せられている。同派の兼国は、その遠祖を南北朝時代の直江兼友門とも、大和兼国あるいは兼則の子ともいうが、そこまで時代の溯る作は未だ見られず、室町期に入って同銘数工におよび、末関に至るまで栄えた。兼則は兼元・兼定らと共に末関を代表する刀工に位置づけられる。下って桃山から江戸初期には、三阿弥兼国の子孫と伝える伯耆守藤原信高が出る。初代信高は永禄六年に美濃国上有知(現美濃町)に生まれ、河村左衛門と称し、天正九年十九歳で伯耆守を受領し、のち尾州清洲を経て徳川義直に従い慶長十五・六年頃に名古屋へ移った。寛永十年に隠居して入道銘を慶遊といい、同十三年に七十六歳で歿している。鍛えや帽子に美濃伝の見どころを残しつつ、活動の地は美濃から尾張へと移っている。 作風は時代と工により振幅が大きい。兼則・兼国ら室町期の作は、小板目あるいは板目がよくつみ、処々流れごころとなって地沸が細かにつき、白けごころをまじえる鍛えに、匂口の締まった直刃を基調とし、小互の目や角ばる刃、尖り刃を交え、足が入り、処々ほつれて飛焼がかかり、帽子は直ぐに小丸、あるいは尖りごころに返って掃きかけるものがある。兼国の優作は地鉄ともども冴えて明るく、一見善定兼吉の出来を思わせると評される。信高に至ると姿は一変し、室町最末期から桃山期にかけての幅広・大鋒の堂々たる豪壮な体配を示し、広直刃を基調に浅くのたれ、裏は小のたれに互の目ごころの刃を交え、匂深く沸がよくつき、部分的に荒めの沸をまじえて焼頭が沸崩れ、処々ほつれて喰違刃風となり、砂流し・金筋・湯走り・飛焼が鎬地にまたがって頻りにかかり、上半は皆焼風となる。帽子を焼き深く大胆に一枚風として長く返らせ、板目に流れ肌をまじえる鍛えや帽子の地蔵風に出身たる美濃伝の名残を窺わせる。見分けには、室町期の締まった直刃と冴えた地鉄、信高の沸づき変化に富む放胆な刃取りと豪壮な姿という時代差が手がかりとなる。 鑑定の要点は、兼則の「兼」の字の第四画目の鏨がしゃくれるところで、これは康応や応永年紀の兼吉にも見られ、南北朝末から応永にかけての銘の特徴とされる。信高には初代と二代があり、二代は初代の子で寛永十年に伯耆守を受領、寛文二年六十歳で入道し、元禄二年八十七歳で歿した。その技倆は父に劣らず、現存作中の優秀作は多くがこの二代の手になるという。伝来の明らかな作も多く、兼則には山之内家伝来の太刀、兼国には相模国小田原藩主大久保家の旧蔵で大久保忠成が九十三歳で指料とした旨を金象嵌に刻む一口があり、いずれも資料性が高い。信高には天正九年伯耆守受領直後の作で稲葉江写しとして名高い一口や、尾張刀工に多い槍のうちでも稀な長大作があって、その技を伝える。美濃に発し関七流の一角を占めた一派が、末関を経て尾張へ伝統を運んだ流れを、これらの作は示している。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトNo cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).
Stock No:WA-050321Paper(Certificate): NBTHK Hozon TokenCountry(Kuni)/Period(Jidai): Aichi(Owari), Edo period 1673~Blade length(Cutting edge): 54.4cmCurve(SORI): 1.2cmWidth at the hamachi(Moto-Haba): 3.26cmThickness at the Moto-Kasane: 0.72cmWide at the Kissaki(Saki-Haba): 2.55cmThickness at the Saki-Kasane: 0.55cmHabaki: Two parts, Shakudo HabakiSword tang(Nakago): Unaltered,Sujikaiyasuri file patternRivet Holes(Mekugiana): 1Shape(Taihai): Chu-kissaki, Shinogizukuri, IorimuneJigane(Hada):ItameTemper patterns(Hamon):Gunome-MidareTemper patterns in the point(Bohshi):KomaruRegistration Card: Kanagawa【Additional Information】伯耆守信高、二代の子で、初銘は信照。伯耆守藤原信高の作品です。俗名は河村伯耆。寛文五年に伯耆守を受領、寛永四年に没しています。刻銘、伯耆守藤原信高。父二代信高との合作も多く、ゆえに合作銘入る御刀も残っています。信高は尾張新刀を代表する刀工です。信高家は慶長のはじめに初代が美濃から尾張清洲城下をへて、名古屋城が完成した慶長十五年頃に名古屋に移住します。初代信高より匠銘と技術は受け継がれ、その後も代々尾張徳川家の藩工として栄え六代まで続きます。一派は初代から五代までが「伯耆守」を受領している尾張刀匠の名門であります。本作品の三代伯耆守藤原信高の作品で相州伝を加味した作です。体配は刃長が、一尺七寸九分強。身幅元先が確りとして重ねと反りは尋常。沸本位の大乱れを焼い作柄であり、信高の特徴的な華やかさを感じる脇差です。刃縁には盛んな沸の働きがあり出来栄え上々の一振りです。地鉄は板目肌が練れて締り、地沸微塵について躍動感に溢れます。刃文は小沸出来に沸が叢付いて刃縁は明るく輝き非常に冴えた刃です。湾れで焼きだし、次第に焼き幅が広く大きく乱れる、大互の目乱れで、足入り、砂流しかかり、刃縁には金筋も働いて覇気があります。帽子は直ぐ調子となって、よく沸ずいて小丸へ深く返ります。このように伯耆守藤原信高三代の特徴と円熟した技量が顕現に示された、生ぶ茎で地刃共に健全な、時代の意気な脇差拵が附いた脇差です。附 黒石目地塗鞘脇差拵、白鞘、赤銅着二重はばき、保存刀剣鑑定書。







美濃伝 · 尾張 · 1673-1681頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位49%
現在3点販売中
信高の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
美濃伝 · 美濃
現在9点販売中
三阿弥は美濃国に興った刀工の一派で、説示に拠れば関七流の一つに数えられ、その頭領が兼則であったと伝える。兼則は古伝書や銘鑑に南北朝末期から室町初期の応永にかけて存在したことが記され、現存する作例の最古とみられる太刀は作風と銘字の書風から応永を降らぬものと鑑せられている。同派の兼国は、その遠祖を南北朝時代の直江兼友門とも、大和兼国あるいは兼則の子ともいうが、そこまで時代の溯る作は未だ見られず、室町期に入って同銘数工におよび、末関に至るまで栄えた。兼則は兼元・兼定らと共に末関を代表する刀工に位置づけられる。下って桃山から江戸初期には、三阿弥兼国の子孫と伝える伯耆守藤原信高が出る。初代信高は永禄六年に美濃国上有知(現美濃町)に生まれ、河村左衛門と称し、天正九年十九歳で伯耆守を受領し、のち尾州清洲を経て徳川義直に従い慶長十五・六年頃に名古屋へ移った。寛永十年に隠居して入道銘を慶遊といい、同十三年に七十六歳で歿している。鍛えや帽子に美濃伝の見どころを残しつつ、活動の地は美濃から尾張へと移っている。 作風は時代と工により振幅が大きい。兼則・兼国ら室町期の作は、小板目あるいは板目がよくつみ、処々流れごころとなって地沸が細かにつき、白けごころをまじえる鍛えに、匂口の締まった直刃を基調とし、小互の目や角ばる刃、尖り刃を交え、足が入り、処々ほつれて飛焼がかかり、帽子は直ぐに小丸、あるいは尖りごころに返って掃きかけるものがある。兼国の優作は地鉄ともども冴えて明るく、一見善定兼吉の出来を思わせると評される。信高に至ると姿は一変し、室町最末期から桃山期にかけての幅広・大鋒の堂々たる豪壮な体配を示し、広直刃を基調に浅くのたれ、裏は小のたれに互の目ごころの刃を交え、匂深く沸がよくつき、部分的に荒めの沸をまじえて焼頭が沸崩れ、処々ほつれて喰違刃風となり、砂流し・金筋・湯走り・飛焼が鎬地にまたがって頻りにかかり、上半は皆焼風となる。帽子を焼き深く大胆に一枚風として長く返らせ、板目に流れ肌をまじえる鍛えや帽子の地蔵風に出身たる美濃伝の名残を窺わせる。見分けには、室町期の締まった直刃と冴えた地鉄、信高の沸づき変化に富む放胆な刃取りと豪壮な姿という時代差が手がかりとなる。 鑑定の要点は、兼則の「兼」の字の第四画目の鏨がしゃくれるところで、これは康応や応永年紀の兼吉にも見られ、南北朝末から応永にかけての銘の特徴とされる。信高には初代と二代があり、二代は初代の子で寛永十年に伯耆守を受領、寛文二年六十歳で入道し、元禄二年八十七歳で歿した。その技倆は父に劣らず、現存作中の優秀作は多くがこの二代の手になるという。伝来の明らかな作も多く、兼則には山之内家伝来の太刀、兼国には相模国小田原藩主大久保家の旧蔵で大久保忠成が九十三歳で指料とした旨を金象嵌に刻む一口があり、いずれも資料性が高い。信高には天正九年伯耆守受領直後の作で稲葉江写しとして名高い一口や、尾張刀工に多い槍のうちでも稀な長大作があって、その技を伝える。美濃に発し関七流の一角を占めた一派が、末関を経て尾張へ伝統を運んだ流れを、これらの作は示している。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトNo cooling-off period or returns; refund only if the purchased sword is proven fake, capped at purchase price (excludes commission sales, accessories, auction items).