横谷

Edo伝法町彫コードNS-Yokoya
国宝
重要文化財4
重要美術品16
御物
特別重要刀剣20
重要刀剣345
385指定品総数
54名工数
98%在銘 98%
98%名工帰属 98%
101現在の出品
系図を見る

支流

本流派に属する下位流派

概要

横谷派は、江戸時代中期に横谷宗珉によって創始された装剣金工の一派である。宗珉は従来の後藤家の伝統的技法に加え、片切彫という新たな彫刻技法を確立し、四分一磨地に繊細な線刻表現を施す独自の様式を生み出した。その後、養子である二代宗興が享保十八年(一七三三)、三十四歳で家督を継承し、横谷派の技術的頂点を築いた。宗興は元禄十三年(一七〇〇)江戸生まれで、師父宗珉より優れた片切彫の技術を継承しつつ、赤銅魚子地に高彫象嵌色絵を施す作風も展開した。

宗興の作域は四分一磨地に片切彫を施す作柄が多数を占めるが、赤銅魚子地に高彫象嵌色絵を用いた作品も僅少ながら現存しており、いずれも横谷宗珉の後継者としての高い力量と品格を備えた見事な出来映えを示している。片切彫の作では、師父宗珉譲りの卓抜した技術を遺憾なく発揮し、細部にまで行き届いた精緻な彫刻表現において他の追随を許さない。高彫象嵌色絵の作では、人物の表情や手の仕草、衣の襞に至るまで丁寧かつ写実的に表現され、空間を巧みに利用した構図の計算性も高く評価される。福禄寿図や大森彦七図などの作品に見られる肉感的な描写と躍動感は、宗興の卓越した写実力と彫技の冴えを示す真骨頂といえる。

横谷派の技術は、宗興の門人である三宅英光(自立軒)や桂永寿らによって継承され、江戸時代後期まで高い水準を保った。英光は肥前長崎の出身とされ、横谷四代目宗与の門人となり江戸京橋に住して、赤銅魚子地に高彫金色絵の豪華な作風を展開した。桂永寿は久留米有馬藩の抱工として、目結や家紋を配した格調高い金具を制作し、大名家の儀式用拵に用いられた。横谷派の作品は、片切彫という独自の技法と、写実的かつ精緻な表現力によって、装剣金工史において重要な位置を占めている。

指定

385 指定 · 54 名工数

指定の位置づけ

重み付け指定指数 0.41(指定 389 点)

流派中 上位21%

2026/8/2 時点

伝来

伝来記録のある作品 40 点

伝来の位置づけ

伝来指数 2.70(伝来 40 点)

流派中 上位30%

主要工

上位指定の希少度で順位付け

  1. 1.宗珉50
    流派内 13%
  2. 2.政美29
    流派内 7.5%
  3. 3.政常17
    流派内 4.4%
  4. 4.昆寛51
    流派内 13.3%
  5. 5.清寿39
    流派内 10.1%
  6. 6.政明19
    流派内 4.9%
  7. 7.春明18
    流派内 4.7%
  8. 8.英秀15
    流派内 3.9%
  9. 9.寿良14
    流派内 3.6%
  10. 10.遅塚久則1725-17959
    流派内 2.3%

現在の出品