石黒政美は、江戸時代後期に活躍した刀装具師である。その現存する年紀作から安永三年(1774年)に生まれ、通称を庄蔵といい、寿岳斎・寿霍斎また寿翁斎・寿翁などと号した。はじめ柳川派の佐野直好(初銘直美)に学び、のち石黒家の初代政常に師事したところから、両師の名を一字ずつ貰って政美と名乗った。石黒派は、石黒政常を長とする横谷・柳川系列の中の有力な一派であり、政美は石黒政常の門人で、名工の誉れが高く、同門の政明とは双璧と称される上手である。政美には「三代目石黒・政美」と銘した作が遺存することから、恐らく政美は二代政常歿後、同家の三代目を継承したものと推せられる。また、島津家の抱工となって活躍した。
石黒派の作風は時代の好尚を端的にあらわして成功しており、花鳥を主題とした濃艶な絵画的世界を高彫色絵で展開している。その作風は同派の嗜好に即し、花鳥を主題とした華麗な絵画的世界を高彫色絵で展開している。多くは赤銅魚子地に高彫据文、色絵の彫法で華麗に展開しており、鳥の中でも鷹は初代政常をはじめ一門のお家芸であり、孔雀は政美、錦鶏鳥は政明が得意としている。色金は金を主に、銀、朧銀、赤銅と多彩であるが、緋色銅を効果的に用いているところが政美はじめ一門の上手達の見どころである。ただし、常に華美な作ばかりでなく、四分一磨地に高彫色絵の技法をもって晩秋の風景を絵画的に描いたものや、比較的少ない色金で龍虎を仕上げた作品も遺されており、その表現の幅広さを示している。
石黒政美の作品は、その緻密な彫技と豪華な彩色において高く評価されている。「まさに政美の本領が発揮された逸品である」と評されるように、石黒派の特色をよく顕示したものであり、政美快心作の一つである。総じて濃麗な構図と彫技を展開させているが、色絵は金一色のみとして画品を高めている作や、画品を高めるため裏面は空間を大きくとって流水を配し、画面に奥行と横への広がりを計るなど、構図にも細心の注意をはらっている作も見られる。また、「三代目」と切った銘文や「七子 松本正脩(花押)」の添銘は、同工同派の研究上貴重な資料となる。政美の作品は、石黒派の伝統を受け継ぎつつ、独自の表現を追求したものであり、江戸金工史上における重要な位置を占めている。