石黒政明は石黒派の祖である初代石黒政常の門人で、江戸神田松下町に住し、木鳶斎と号した。説明書は文化十年(一八一三)の生まれで、嘉永から明治頃まで活躍したと記し、入門が初代政常の晩年と考えられるため、実質的な指導者は二代政常もしくは政美であったものと推測する。一門では同門の政美と並ぶ逸材で、「双璧と称される上手」である。
説明書によれば石黒派の作風は時代の好尚を端的に表わしたもので、花鳥を題材とした濃麗な絵画的世界を高彫色絵で展開する。政明はこれに忠実で、初代政常の技法をよく継承し、「写生に徹した」描写には目を見張らせるものがあるとされる。地は多く赤銅魚子地、時に朧銀石目地で、高彫に据紋を加え、金・銀・赤銅・四分一・緋色銅の色絵を施す。鏨法は細緻で色彩感覚に秀れ、鐔では余白を大きくとり、この構図は師の政常ゆずりとされ、画面には清澄な気韻が満ちる。
本工が自らのものとした画題は雉子と錦鶏鳥である。石黒派は花鳥を得意とし、政明について説明書は「特に雉子や錦鶏鳥を主としたものに傑作が多い」と記す。指定作十八点のうち九点に雉子が、それに迫る数に錦鶏鳥が現れる。しばしば雌雄の雉子と雛を配した親子雉子の図とし、写生風に謹直で格調高く表し、鐔では竹に雉子とする。ある赤銅魚子地の鐔は表に雄の雉子を彩色あざやかに大きく表し、裏は空間を大きくとって雌と雛を配し、説明書はこの構図の鐔は数点あるが保存の良さで本作が白眉とする。朧銀石目地の大小鐔は竹に親子の雉子を金・朧銀・赤銅・緋色銅の象嵌で表し、同じ画題の揃金具は同工同派の傑作とされる。
その周りに一派の他の鳥が配される。百花繚乱の中の雌雄の孔雀は二組にあり、画面いっぱいに隙間なく表すのは政明の作では珍しいとされる。凡工が手掛ければ遣り過ぎて下卑たものになるところを、政明は一分の隙もない出来で、粗野なところなく上品に仕上げる。梅に鶯の三所物は赤銅地に高彫色絵で写生風に表し、小柄・目貫の鷹に雀の二所物は躍動感に溢れ、石黒派の美点が昇華した優品とされる。鷹は説明書が政常・政美にも挙げる画題であり、同門中で政明を分かつのは雉子・錦鶏鳥の対である。
説明書は無批判ではない。梅鷹図の三所物では小柄・笄に比して目貫を「せせこましく、技術は兎も角として迫力がない」と評する。その他では評価は一貫して、丹念な高彫、多彩な色絵、それぞれの彫技の洗練味の高さを挙げる。同門の中での本工の個性は、一段と華やかな色絵の施工にあり、それが一派の花鳥写生の中に置かれる。
政明の記録は第二十二回から第六十七回にかけての重要刀装具十八点に立つ。鐔、大小鐔、三所物、二所物、揃金具である。伝来や所蔵機関の記録はなく、重要の級を超えるものもない。その作は私蔵の中で出会うものであり、保存のよい在銘の雉子図の鐔や揃金具こそ本工を最もよく表す一作である。そうした作は時折にしか現れず、江戸の花鳥金工を求める収集家は根気よくこれを待つ。