一乗派

Kyoto伝法家彫コードNS-Ichijo
国宝
重要文化財2
重要美術品2
御物
特別重要刀剣10
重要刀剣174
188指定品総数
17名工数
99%在銘 99%
100%名工帰属 100%
32現在の出品

時期区分

流派の歴史における様式の時期区分

1573–1900

後藤宗家

10指定
Jūyō10

在銘 100%

時期未分類

178指定

時期区分に該当しない名工

概要

一乗派は、後藤家の掉尾を飾る名工後藤一乗を中心として、幕末から明治にかけて京都に展開した金工の一門である。一乗は寛政三年に後藤家の分家七郎右衛門家四代重乗の子として生まれ、九歳で謙乗の養子となり、十一歳で半左衛門亀乗について彫技を学び、十五歳で家督を相続した。はじめ光貨・光行・光代と名乗ったが、文政七年、三十四歳の時に光格天皇の御剣金具を制作した功により法橋に叙せられて一乗と号し、さらに文久二年には光明天皇の御太刀金具を手がけ、翌年法眼に進んだ。その門下には、船田一琴・今井永武・橋本一至・中川一匠・和田一真の俊英が輩出し「五虎」と称せられ、実弟の光覧や荒木東明らとともに、当代屈指の活況を呈する工房を形成した。

一門の作風は、まず緻密な赤銅魚子地を共有の基盤とする。なかでも一乗の魚子は「絹目魚子」と呼ばれる温順緻密な地がねを特色とし、一匠の「絹魚子」もこれに連なる。その地の上に高彫を主とし、金・銀・赤銅・四分一・素銅などの色金を駆使した色絵・象嵌によって絵画的な図様を構築する点が、流派一貫の標識である。一乗は家彫の掟物たる竜・獅子の伝統を踏まえつつ、これを写生に転じて草花・虫・鳥・風景を品格高く彫り出し、一門の方向を定めた。この画趣は門下に広く受け継がれ、永武は四季の草花を多彩な色金で濃密華麗に仕上げ、一至は師に最も近しい細緻な花鳥図を得意とした。一琴は深浅自在の甲鋤彫において他の追随を許さず、一乗をして「我が及ばざるところ」と嘆ぜしめ、竜の図に力感を示した。東明は京都の画家林蘭雅とともに粟穂の彫刻を考案し、立体的にこぼれんばかりの風情をあらわして独壇場をなした。一真は写実の動物表現に長じ、一匠は淡い消し象嵌や砂子象嵌に雅趣を凝らし、光覧は兄一乗に類しつつ細やかな風情で仕上げた。鐔の造込みや雲・波の表現、縁頭の鑢などにも師の特色が顕著であり、表裏に異なる地金を用いる昼夜鐔や、四季・故事・吉祥に取材した大小揃金具・総金具の大作が、この一門の高い技量を端的に示している。

一乗派の意義は、繊細緻密な彫技と高い品格とを兼備した点にある。御家彫たる後藤流の美点を近代的に昇華させたその作風は、典雅・流麗・格調高しと評され、門下に忠実に伝えられた。一琴の作は師に迫るものとされ、永武の草花図は後藤一乗の流れの特色を十全にあらわし、一至の作は「殆んど一乗とえらぶところのない優品」と称えられた。高彫・片切彫・甲鋤彫・象嵌・色絵に至る金工技法を総合的に体現するこの一門は、後藤家伝統の最後の開花を示すものであり、その作の多くは今日重要刀装具に指定され、なお高く評価されている。

指定

188 指定 · 17 名工数

指定の位置づけ

重み付け指定指数 0.32(指定 190 点)

流派中 上位28%

2026/8/2 時点

伝来

伝来記録のある作品 21 点

伝来の位置づけ

伝来指数 2.70(伝来 21 点)

流派中 上位30%

主要工

上位指定の希少度で順位付け

  1. 1.後藤一乗91
    流派内 48.4%
  2. 2.東明31
    流派内 16.5%
  3. 3.永武14
    流派内 7.5%
  4. 4.一琴11
    流派内 5.9%
  5. 5.一匠1828-187610
    流派内 5.3%
  6. 6.一真8
    流派内 4.3%
  7. 7.義照4
    流派内 2.1%
  8. 8.光覧4
    流派内 2.1%
  9. 9.一至6
    流派内 3.2%
  10. 10.一至Meiji2
    流派内 1.1%

上位流派

  1. 脇後藤
  2. 後藤

現在の出品