佐藤義照(さとう よしてる)は、江戸時代末期から明治時代初期にかけて京都で活躍した金工家である。旧姓は能勢氏、文化十一年に京都で生まれた。後藤一乗門下の荒木東明に学び、さらに後藤光文に入門したとされる。その後、佐藤東峰の女婿となり、佐藤家の名跡を継いだ。佐藤家は伏見宮家に出入りを許され帯刀を許された家柄であり、その出自が作風にも影響を与えている。東吟亭と号し、自ら謡曲を好んだ。
義照の作風は、花鳥、水竜、三番叟、節分、春宮人物など、意匠に高い品格が感じられる点が特徴である。赤銅魚子地を高彫色絵で飾る作が多く、象嵌も用いる。写生風の構図を取り、きめ細かな魚子地に端正な高彫色絵を随所に駆使するなど、技術の高さが窺える。大小鐔を多く手掛け、隅入木瓜形や丸形など、形状も多様である。作銘には「東吟亭義照」と銘を切るほか、「惶福亭義照」と銘したものも現存する。また、「洛鴨水東岸居」と居所を冠した銘も見られる。
義照の作品は、その意匠、彫技ともに高い品格を備えていると評価されている。京風の洗練された雅趣が特徴であり、総体に清雅な趣に包まれた上品な作が多い。重要刀装の指定を受けている作品には、秋草落雁図、四季花鳥図、式三番能道具図などが見られ、いずれも義照の持味を十分に示している。構図、彫技ともに京風で洗練味が高く、同作中屈指の出来映えを示すものも存在する。