説明

出羽大掾藤原国路 白鞘平脇指でございます。特別保存刀剣の鑑定書が付いております。 出羽大掾国路は天正四年に生まれ、堀川国広門下、伝承によると豊臣秀吉にも仕えたという。初め国道と銘を切っていたが、国路と改名、師国広が没すると出羽大掾を受領。銘を見るに慶安そして明暦三年に及ぶことから80歳を過ぎても作刀をされていた。作風は華やかな作が多く三品一派による作品に近いとされるものも多く、三品一派の頭領、伊賀守金道の門下ともされる。 (長さ)一尺三寸五分半(反り)0.8cm(元幅)3.2cm平造り 庵棟 作品は平脇指で長さは一尺三寸五分半でございます。姿は慶長新刀らしく浅く反りが入り、幅は広いものとなります。地鉄は板目肌肌立ち、流れごこちとなって、地沸よく入っています。厚い沸出来の互の目調の刃を焼き足良く入り、また刃文には砂流し、金線が交わり匂い口も深く迫力がございます。帽子は掃きかけて尖って返り、深くなっております。 地:板目肌肌立ち、流れごこちとなる。刃:沸出来の互の目調の刃を焼き足良く入る。匂口は深く、砂流し、金線入る。帽子:掃きかけて尖って返る。返しは深い。 Swordsmith: Kunimichi (Dewa -Daijou)Period: Early period in Edo EraLength:41cmPapers: Tokubetsu Hozon (Issued by NBTHK) Grain of Ji: Mixture of plain wood pattern and parallel straight patternHamon: Thick irregular lines with AshiFeatures of Boshi: Swept and brush stroke patterns of Nie

(銘)出羽大掾藤原国路 白鞘平脇指
Tokuho

(銘)出羽大掾藤原国路 白鞘平脇指

脇差

¥2,000,000

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仕様

長さ

41 cm

作者について

Horikawa Kunimichi國路

2 重要文化財4 重要美術品1 御物2 特別重要刀剣65 重要刀剣

出羽大掾藤原国路は慶長新刀期の京に活躍した堀川国広門下随一の高足で、説明書は彼を一門中最も器用な手とし、「国広門下中随一の器用人」と称える。その作刀年数は頗る長い。年紀作は慶長十三年(一六〇八)より寛文二年(一六六二)に及び、慶安五年に七十七歳と行年を添えた作があるため、承応以降のものを二代とする説さえ存する。堀川辺の夷川に住したと伝え、剣書には初め三品家の伊賀守金道に学び、後に国広門に入ったと記す。師の没後、慶長十九年乃至元和元年頃、金道の世話で出羽大掾を受領した。 本工の典型は相州伝を写したもので、就中、直江志津の風を第一とする。説明書はその得意とするところに一貫している。備前伝以外は各伝を上手にこなし、「就中相州伝が最も得意で志津や左文字に私淑している」とする。肌立った板目の地に、のたれ・小のたれを基調として互の目・大互の目を交え、賑やかな大乱れとなり飛焼を交え、匂深く沸厚く時に荒め、砂流し総体にかかり金筋長く入る。説明書はまさにこれらを国路の見どころとし、沸の強く激しくつくこと、華やかに大きく乱れること、砂流し・金筋の働きの豊富なることを挙げる。最も個性的な見どころは帽子にあり、浅くのたれ込んで突き上げ、先尖って掃きかける、「のたれ込んで先の尖った、いわゆる三品帽子」である。 地鉄こそ本工の本領である。板目は肌立ち、しばしばザングリと枯れ、杢・流れ肌を交え、刃寄りは柾がかり、地沸つき地景入る、独特の肌合である。これは師国広の悠揚たる地鉄ではなく、より締まって鍛えの利いた地で、説明書は作域の広さでは国広に優るものがあるとしつつ、悠揚たる大きさは流石に師に及ばないと明記する。刃中には見どころとする働きが走り、足よく入り、匂口深く時に明るく冴え、棟焼を交える作もあり、賑やかな作には荒沸やバサケごころを帯びる。 作には二つの相がある。第一にして最も多いのは華やかな志津写しで、大乱れを存分に焼き、帽子は三品風に尖り、表裏に素剣・梵字・護摩箸を彫り、身幅広い平造の脇指には不動や倶利迦羅を彫る。第二はまま見られる焼の低い穏やかな相で、刃文静かに、匂口締りぎみで、刃取り格調高く、時に古作の志津のごとき古色を帯びる。この手のある特別重要刀剣は華やかさが全くなく、地刃ともによく沸えて「あたかも師国広の作に見紛うほどの出来」と説明書が評するほどで、堀川物の作風を十分に体得していたことを示す。銘は両相を通じて生涯を追い、初期は道の字を用いた「国道」、受領後の典型は「出羽大掾藤原国路」、晩年は「来」を冠する。この銘の推移は尖った帽子とともに三品家との縁の徴と読まれる。 堀川一門の中で国路を分かつのは一つの特徴ではなく釣合である。国広門下では和泉守国貞とともに一、二を争う多作家とされ、子とも弟子とも伝える国次はよき代作者として受領前に合作の刀に銘を切った。一門の他の名手に対し、彼自身の地刃が彼を際立たせる。肌立ちザングリと枯れた地鉄、堀川の常には見られぬ尖った三品帽子、徹底した志津写しの厚く荒い沸と長い金筋である。説明書はこの作風の最上手を「志津写しの白眉」と称し、最も力強い作を迫力溢れ最右翼に近い一刀と評する。その左文字写しもまた、師国広のそれに比して全くひけを取らぬとされる。 収集の観点では、国路は慶長新刀の名工の中で求めうる主要な名である。一門の優品の多くが伝来して市場に出ぬ中で、なお手の届く存在といえる。藤代の極めは上々作。国宝はなく、その記録は重要文化財二口、特別重要刀剣二口と多数の重要刀剣を通じ、特別重要刀剣・重要刀剣の級は併せて六十七口、指定を受けた作は七十四口を数え、京・御霊神社に奉納された長寸の太刀を含む戦前の重要美術品もある。伝来は皇室や旧家に及び、現在は京の御霊神社・八坂神社に蔵されるものや、長く私蔵されてきたものがある。これら上位の級のうち市場に出うるものはごく僅かで、私蔵の指定刀の多くも売られず保たれるが、流通する級の在銘の出羽大掾国路は、辛抱する収集家のもとへ折に触れて訪れる。国広門下随一の器用人による、第一級の京の志津写しである。

刀剣商

杉江美術店

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