変り形 鉄地 地透毛彫 丸耳 林一派は同国飽田郡春日村に住したので春日派ともいわれ,平田,西垣,志水の3家とともに肥後金工の四大派を形成した。 林家の家系は、又七を初代にとし、二代藤平(重光)三代藤八重房 四代平蔵重次五代又平勝家(家久)六代又八 七代藤七と継承して幕末期まで繁昌した。 林家初代又七は、通称を清三郎といい、1605年(慶長10)鉄砲工・清兵衛の次男として生まれる。またの説に1613年(慶長13)生まれとするものもある。 肥後熊本藩主、細川忠利に抱えられ,鐔工に転じて肥後鐔を完成した。林家はその主流をなし,とくに又七は肥後金工の祖といわれている。又七の作風は,鉄鍔の製作を得意とし、鉄の鍛が抜群によく 鉄錆のよさに加えて金象眼の巧みさと精巧な透しに特色がある。重要文化財の「破扇(はせん)桜象眼鐔」「桜九曜文透象眼鐔」をはじめ、遠見松透、投桐(なげぎり)透、御紋透などがある。


林派
江戸
肥後
在銘
特別保存 (NBTHK)
肥後 · 肥後
現在27点販売中
林派は、肥後金工を代表する流派であり、その祖である林又七(慶長十八年~元禄十二年、一六一三~一六九九)によって確立された。又七は清三郎重治と称し、工名を又七とした。その先祖は尾張国の出身で、元来は鉄砲鍛冶を家業としていたが、間々鐔も作っていたと伝えられる。父清兵衛の時、鉄砲鍛冶として加藤清正に仕え、肥後熊本に移住した。加藤家が改易になってからは細川家に仕えることとなり、特に細川三斎の薫陶を受けて大成を遂げた。八十七歳で歿するまで、武士道精神を体現した作品を多く遺している。後世、林派の相伝は神吉家に受け継がれ、寿平忠光(正忠)が藩命により林派の作風の復活に努め、その子である寿平国平深信(天明六年~嘉永四年、一七八六~一八五一)もまた誠実で品格の優れた作風を継承し、技術において楽寿の作に比肩すべき作品を残している。 林又七の作風は、いわゆる羊羹色にたとえられる独特の鉄地が最大の特色である。よく鍛えられた精美な地鉄は、ねっとりとした艶を持ち、微妙に肌目が露出しながら深い紫錆を呈する。この卓越した鉄味を基調として、又七は多彩な技法を駆使している。地透、陰透といった透かし技法は、力強くも流麗な鏨遣いによって一気呵成に打ち抜かれ、槌目仕立ての平地との対比が絶妙な緊張感を生み出す。さらに独自の彫込み象嵌技法を用いて、枯木や桜花、九曜紋などを配し、鉄鐔でありながら雅趣を失わない格調を実現している。金縄目象嵌や真鍮象嵌も巧みに施され、単調に陥ることなく存在感に満ちた仕上がりとなる。平地には微妙に肉をつけ、彫り口に柔らかみを感じさせる技法も特徴的であり、耳際の処理や櫃孔の配置にも細心の注意が払われている。 林又七の作品は、君子の風格と評されるように、精神性の高さが際立っている。枝折竹、松樹、梅樹、揚羽鶴、雲出八橋といった高尚な画題を選び、狭い鐔の空間の中に深い遠近感と清風の趣を表現する。竹の弾力、寒梅の精神性、鶴の姿態など、単なる装飾を超えた文人的教養が随所に看取される。これらは江戸時代初期の武士道精神、特に文武両道を体現したものであり、細川三斎の指導奨励のもとで磨かれた造形感覚の賜物である。作品の多くは無銘であるが、羊羹色の鉄味、独特の透かし技法、彫込み象嵌の配置などから一見して又七と鑑せられる。在銘作は極めて少なく、金象嵌銘や鏨銘が施された作品は貴重である。林派の伝統は後世に受け継がれ、神吉深信らによって幕末期まで肥後金工の中核を成し、その格調高い作風は肥後鐔の魅力を世に知らしめることとなった。
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト商品発送後の返品・交換・キャンセルには、基本的に対応しておりません。商品に重大な瑕疵がある場合のみ、当サイトでご購入いただいた商品到着後3日以内であれば返品•交換が可能です。
変り形 鉄地 地透毛彫 丸耳 林一派は同国飽田郡春日村に住したので春日派ともいわれ,平田,西垣,志水の3家とともに肥後金工の四大派を形成した。 林家の家系は、又七を初代にとし、二代藤平(重光)三代藤八重房 四代平蔵重次五代又平勝家(家久)六代又八 七代藤七と継承して幕末期まで繁昌した。 林家初代又七は、通称を清三郎といい、1605年(慶長10)鉄砲工・清兵衛の次男として生まれる。またの説に1613年(慶長13)生まれとするものもある。 肥後熊本藩主、細川忠利に抱えられ,鐔工に転じて肥後鐔を完成した。林家はその主流をなし,とくに又七は肥後金工の祖といわれている。又七の作風は,鉄鍔の製作を得意とし、鉄の鍛が抜群によく 鉄錆のよさに加えて金象眼の巧みさと精巧な透しに特色がある。重要文化財の「破扇(はせん)桜象眼鐔」「桜九曜文透象眼鐔」をはじめ、遠見松透、投桐(なげぎり)透、御紋透などがある。


林派
江戸
肥後
在銘
特別保存 (NBTHK)
肥後 · 肥後
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林派は、肥後金工を代表する流派であり、その祖である林又七(慶長十八年~元禄十二年、一六一三~一六九九)によって確立された。又七は清三郎重治と称し、工名を又七とした。その先祖は尾張国の出身で、元来は鉄砲鍛冶を家業としていたが、間々鐔も作っていたと伝えられる。父清兵衛の時、鉄砲鍛冶として加藤清正に仕え、肥後熊本に移住した。加藤家が改易になってからは細川家に仕えることとなり、特に細川三斎の薫陶を受けて大成を遂げた。八十七歳で歿するまで、武士道精神を体現した作品を多く遺している。後世、林派の相伝は神吉家に受け継がれ、寿平忠光(正忠)が藩命により林派の作風の復活に努め、その子である寿平国平深信(天明六年~嘉永四年、一七八六~一八五一)もまた誠実で品格の優れた作風を継承し、技術において楽寿の作に比肩すべき作品を残している。 林又七の作風は、いわゆる羊羹色にたとえられる独特の鉄地が最大の特色である。よく鍛えられた精美な地鉄は、ねっとりとした艶を持ち、微妙に肌目が露出しながら深い紫錆を呈する。この卓越した鉄味を基調として、又七は多彩な技法を駆使している。地透、陰透といった透かし技法は、力強くも流麗な鏨遣いによって一気呵成に打ち抜かれ、槌目仕立ての平地との対比が絶妙な緊張感を生み出す。さらに独自の彫込み象嵌技法を用いて、枯木や桜花、九曜紋などを配し、鉄鐔でありながら雅趣を失わない格調を実現している。金縄目象嵌や真鍮象嵌も巧みに施され、単調に陥ることなく存在感に満ちた仕上がりとなる。平地には微妙に肉をつけ、彫り口に柔らかみを感じさせる技法も特徴的であり、耳際の処理や櫃孔の配置にも細心の注意が払われている。 林又七の作品は、君子の風格と評されるように、精神性の高さが際立っている。枝折竹、松樹、梅樹、揚羽鶴、雲出八橋といった高尚な画題を選び、狭い鐔の空間の中に深い遠近感と清風の趣を表現する。竹の弾力、寒梅の精神性、鶴の姿態など、単なる装飾を超えた文人的教養が随所に看取される。これらは江戸時代初期の武士道精神、特に文武両道を体現したものであり、細川三斎の指導奨励のもとで磨かれた造形感覚の賜物である。作品の多くは無銘であるが、羊羹色の鉄味、独特の透かし技法、彫込み象嵌の配置などから一見して又七と鑑せられる。在銘作は極めて少なく、金象嵌銘や鏨銘が施された作品は貴重である。林派の伝統は後世に受け継がれ、神吉深信らによって幕末期まで肥後金工の中核を成し、その格調高い作風は肥後鐔の魅力を世に知らしめることとなった。
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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