説明

丸形 素銅翁鑢黒漆地 四方千鳥影透 両櫃孔 山銅小田原覆輪 重要図譜 「肥後金工の主流をなすものは林、平田、西垣、志水の四派であり、また、細川三斎自らの作や武蔵などの武人の余技的なものも含まれる。特に名将の誉れ高く茶人の達人であった細川三斎秀興の指導により、この派はすべて武人好みの秀れた実用面と高い美術性とを兼備しているところに特色がある。 平田派の祖である彦三は京都で三斎に仕え、後に丹後、小倉と三斎に従って移り住んだ。平田派の特色は正阿弥の伝統を多く受け、素材は山銅、素銅、赤銅などの色金を用い、象嵌の技術はもとより、日足鑢や翁鑢を施して装飾性を加え、稀には七宝象嵌を施している。また小田原覆輪とよばれる覆輪を創始した事も彦三の見どころである。 この鍔は赤味のある素銅の色がよく吟味されており、翁鑢と黒漆の馴染みにも雅味がある。四方に飛ぶ千鳥の姿は軽やかでくったくがなく、小田原覆輪は本格的で掟通りである。細川流茶道の美をあらわした彦三の本領が発揮されている。 落とし桐箱入り こちらの商品の価格はお電話またはメールにてお問い合わせ下さい 商品番号:VT-030 鐔:翁鑢四方千鳥透図 無銘彦三 第三十九回重要刀装具指定 『平田・志水』伊藤満著 及び『刀剣美術』所載品

鐔:翁鑢四方千鳥透図 Tsuba:Okinayasuri Shiho Chidori Zu

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作者について

Hirata Hikozo彦三

1 重要美術品2 特別重要刀剣47 重要刀剣

平田彦三は、肥後金工の祖として知られる刀装具師である。正阿弥系の出自で、初代彦三は京において細川三斎(忠興)に仕え、後に細川家の移封に伴い丹後、小倉を経て熊本へと下向し、寛永十二年(1635年)に同地で没した。彦三の門下からは、志水甚五(甥)、西垣勘四郎といった名工が輩出し、尾張系の林又七と共に肥後金工の四大流派を形成するに至った。細川三斎の指導を受け、武人好みの実用性と格調高い美術性を兼ね備えた作風を確立した。 彦三の作風は、正阿弥の伝統を多く継承している点が特徴である。素材には鉄地もみられるが、山銅、真鍮、赤銅などの色金を多用し、象嵌の技術に加え、阿弥陀鑢や翁鑢を施すことで雅趣溢れる装飾性を加えている。地鉄は「彦三がね」と呼称される独特の深みのある色合いを呈し、味わい深い変化を見せる。鑢目は翁鑢が多用され、その出来栄えは評価が高い。作風としては、左右対称の意匠や、洲浜、笠、蕨手、枡といったモチーフを透かし彫りで表現することが多く、中には唐人笠の透かしなど南蛮文化の影響を感じさせるものもある。また、七宝象嵌を施した作も稀にみられ、その技術の高さが窺える。覆輪にも特色があり、小田原覆輪と呼ばれる特殊な覆輪を創始したことで知られる。小田原覆輪は、山銅、真鍮、赤銅など様々な素材が用いられ、中には黒四分一を用いたものもみられる。また、縄目覆輪を施した作例も存在する。漆を効果的に使用し、長い年月を経ることで鐔と馴染み、深い味わいを醸し出す点も彦三作品の魅力の一つである。 彦三の刀装具は、その格調高い美意識と洗練された技術により高く評価されている。「雅趣溢れる装飾性」「閑寂にして荘厳な世界」「古雅さと優美さ、そして華麗さが同居」「時代性と野趣の中にも優雅さが同居」「寂の風雅」といった言葉が、その作風を特徴づけるものとして説示に繰り返し見られる。彦三の作品は、単なる刀装具としてだけでなく、茶道の精神にも通じる侘び寂びの世界観を表現したものとして、高く評価されている。肥後金工の祖として、後世に多大な影響を与えたことは疑いなく、その作品は現在もなお多くの人々を魅了し続けている。

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