説明

鑑定書内容:財)日本美術刀剣保存協会 重要刀装具[N.B.T.H.K]Juyo Tousougu No.64 江戸時代隆盛を誇った肥後国林派の初祖、林又七の重要刀装具指定作品。又七は慶長十八年(1613)に熊本に生まれ、清三郎重治と称した。先祖は尾張国の出身で元来は鉄砲鍛冶であったが、まま鐔も作っていたと伝えている。最初加藤清正に仕えて肥後熊本に移住し、加藤家が改易になってからは細川家に仕え、元禄十二年(1699)、八十九歳で亡くなっている。本作は鍛えよく艶のある清涼な地鉄にて厚手のどっしりとした造り込みを示し、左右の透かしは鏨目を残して一気呵成、見事に打ち抜かれており同作の高度な技術を体現している。又七は通常同じ構図で幾つかの鐔が存在するが、本図は他に経眼がなくまさしく珍品である。肥後金工研究の大家、肥後金工大鑑に所載で「雲形透鐔」と紹介され、長崎伊太郎氏の所蔵であった。※昭和三十九年東京国立博物館、刀剣博物館、肥後金工展出品※昭和五十三年熊本県立美術館「肥後金工展」出品

刀装具

刀装具

¥7,700,000

世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ

作者について

Hayashi Matashichi又七

2 重要文化財4 重要美術品1 特別重要刀剣44 重要刀剣

林又七は、肥後金工林派の祖であり、慶長十八年(1613年)に熊本に生まれた。清三郎重治と称し、工名は又七である。先祖は尾張国の出身で、元来は鉄砲鍛冶であったが、間々鐔も作っていたと伝えられている。父清兵衛の時、鉄砲鍛冶として加藤清正に仕え、肥後熊本に移住し、さらに加藤家が改易になってからは細川家に仕え、元禄十二年(1699年)、八十七歳で歿している。 又七の作風は、鍛えのよい鉄地が見どころであり、特に「羊羹色にたとえられる如く、鍛えのよいねっとりとした鉄地」と評される独特の地鉄に特色がある。地鉄は「ネットリと艶のある」と表現されることもあり、その精良さが強調される。作風は多岐にわたり、「いろいろな手法を駆使して作品制作にあたっている」と評されるように、透かし、象嵌など様々な技法を巧みに用いる。透かしの技法においては、「陰透」を多用し、その際には「雄渾な鏨目を残して一気呵成に影透かしを打ち抜いている」と評されるように、力強い鏨使いが特徴である。また、象嵌においては、金布目象嵌、金縄目象嵌、枯木象嵌などが見られ、その意匠も桜、九曜紋、松、蕨手など多様である。耳の形状も丸耳、角耳小肉など変化に富み、作品によって意匠を凝らしている。図取りにおいては、武鑑散、枝折竹、雲出八橋など、高尚な意匠を好み、その構成力と美的感覚の秀逸さが評価されている。 林又七の作品は、「君子の風格」と評されるように、格調高く、肥後鐔の魅力を世に知らしめた。その作風は、「端正で謹直」でありながらも、「手強い作品を手掛けているのも名工の成せる技」と評されるように、力強い表現も持ち合わせている。地鉄、透かし、象嵌といった各要素が高度に融合し、無駄のない洗練された美しさを実現しており、「鐔としての形式美が完成され、どの部分をとっても無駄の無い君子の風格を兼ね備えた鐔」と評される。また、在銘の作は貴重であり、その鏨遣いも評価の対象となっている。

刀剣商

飯田高遠堂

iidakoendo.com

¥7,700,000

飯田高遠堂で見る