赤銅磨地 鋤出高彫 金色絵 皆山応起(みなやままさおき)大月光興の門人。竜、虎、人物、鳥獣図を高彫に彫る。優工。 図柄の柱潜りは、縦長の小柄本体を柱に見立てて設けられた潜り穴に入らんと格闘している旅人の後ろ姿を描いている。大仏様が災いする邪気を祓わんとした古代の人の意識が参詣者の無病息災にも通じると伝承したもの。 裏には、蜀山人(しょくさんじん)の句きり「婦かく 阿ミだが峯の影深し」 が片切彫されている。 大田南畝(おおたなんぽ)(1749〜1823)は、蜀山人(しょくさんじん)、四方赤良(よものあから)などの号を使い、狂歌、戯作、随筆などで活躍した。平賀源内や山東京伝、版元の蔦屋重三郎や浮世絵師の喜多川歌麿などとも交流のある、華やかな江戸の出版界の中心人物であった。 幕臣としても有能で、御家人という低い身分ながら、重要な任務をこなしました。
赤銅磨地 鋤出高彫 金色絵 皆山応起(みなやままさおき)大月光興の門人。竜、虎、人物、鳥獣図を高彫に彫る。優工。 図柄の柱潜りは、縦長の小柄本体を柱に見立てて設けられた潜り穴に入らんと格闘している旅人の後ろ姿を描いている。大仏様が災いする邪気を祓わんとした古代の人の意識が参詣者の無病息災にも通じると伝承したもの。 裏には、蜀山人(しょくさんじん)の句きり「婦かく 阿ミだが峯の影深し」 が片切彫されている。 大田南畝(おおたなんぽ)(1749〜1823)は、蜀山人(しょくさんじん)、四方赤良(よものあから)などの号を使い、狂歌、戯作、随筆などで活躍した。平賀源内や山東京伝、版元の蔦屋重三郎や浮世絵師の喜多川歌麿などとも交流のある、華やかな江戸の出版界の中心人物であった。 幕臣としても有能で、御家人という低い身分ながら、重要な任務をこなしました。