徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
長曽祢虎徹は元越前の甲冑師であり明暦2年頃(1656年)(369年前)50歳位の時に江戸に出て刀鍛冶になりました。本刀は江戸時代寛文4年秋頃(1664年)(361年前)から寛文5年3月(1665年)(360年前)頃の虎鉄の刀ですがあくまでもそうであれば良いなの希望銘です。本刀は身幅尋常に元先の幅差がつき反り浅めに中切っ先となり寛文新刀然とした姿を現し、地金は小板目肌が詰み彫りは棒樋を彫っています。刃紋は直ぐの短い焼き出しがありその上は互の目が連れて交じり帽子も虎徹帽子と言われる横手を互の目で焼き虎のあごに見える虎鉄帽子を写し全体に虎鉄の初期頃の刃紋を再現しています。虎鉄の本領が遺憾なく発揮された傑出した出来と言いたいところですがあくまでも本刀は希望銘です。虎鉄は最上大業物として江戸で一世を風靡した名刀です。有名な新選組隊長近藤勇の名せりふ、「今宵の虎鉄は良く斬れる」でもあまりにも有名な刀の為に、半百の銘があるが如く、50歳より作刀した為に有名でありながら刀の現存数150口もなく虎鉄は憧れの刀の第一位です。一生に一度は持ちたい虎鉄の作品の為に江戸では素晴らしく物切れする虎徹の刀が大人気で、虎鉄が存命中から本刀の様な希望銘の虎鉄の刀が作られていました。虎鉄の刀を希望銘でも良いからお持ちになりたい方にお勧めです。是非お楽しみくださいませ。
長曽祢興里入道乕徹 寛文五年三月七日貮ツ胴切落 寛文五年十一月廿三日両車切落 山野勘十郎久英花押 Nagasone Okisato Nyudo Kotetsu
取扱店 明倫産業
刀剣商はこの銘を「希望銘」(真作の保証がない銘)としています。無銘の品としてご判断ください。 — Hoshi






















江戸時代
徳川の泰平のもと、大小は法度の定める身分の制服となり、需要は城下町、とりわけ江戸に集まった。工芸は二つに分かれる。目利きのための華やかな鑑賞の作と、截断の結果を金象嵌に刻む実証の刀である。
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