重量鞘を払い1047gr 出ました出ました豊後の藤原国行の貴重な業物の刀が出ました。昔から本国行の刀が余りにも上手で肥前刀の名工の刀に並ぶ作品を作っていた為に、後世に肥前国近江大掾忠廣や肥前国陸奥守忠吉の名刀に直されていると言われる位上手な藤原国行の貴重な名刀です。藤原国行刀匠は大和大掾を受領して豊後府内住大和大掾藤原国行と銘を切る作品も有ります。江戸時代寛文頃(1661年)(365年前)の豊後(大分県)の府内住、(大分市街の中心地)豊後府内は当初12万石の府内城(大分城)(海城)が作られその後当時は譜代大名の松平氏の陣屋となり刀工達も城下で刀の製作に腕を振るっていました。本刀は抜き打ちに適した特別注文品の刀で姿は元身幅広く先身幅との差の有る反りの少ない江戸の虎徹と同じ当時の寛文新刀の刀姿を現し。地金は小板目肌良く詰み地沸が絡み小糠肌となり地景が現れ力強い地金を鍛え、刃紋は覇気有る匂い出来に小沸の付いた肥前国近江大掾忠廣と同調の直調の刃を元から先までむらなく焼き良く出来ています。江戸期の拵えも本藤原国行の刀に一層華を添えています。この度地元の大分県の古いお家より代々大切にしてきた国行の刀ですが自分達も年を取りましたので360年以上前の古い刀を大切にして頂ける方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に、特別に格安にてご提供いたします。貴重な名工豊後住大和大掾藤原国行刀匠の貴重な名刀を是非お楽しみ下さいませ。






























備前伝 · 豊後 · 1661-1673頃
藤代 Chu-jo saku · 刀剣大鑑 上位87%
現在3点販売中
備前伝 · 豊後
現在40点販売中
豊後国の高田派は、同国高田荘の地名を負う一門で、鎌倉初期に定秀・行平らの名工を出した九州刀の伝統が一時跡絶えた後、南北朝時代に友行が同地に現れて再興した鍛冶集団である。説示は友行をもって高田鍛冶の祖とし、現存する年紀作に貞治・正平の年号を伝える点を挙げる。友行のほか、その子あるいは門人と伝える時行が著名で、別系と思われる行政には建徳二年紀の短刀がある。南北朝期の作には「藤原」を冠し、室町期以降は「平」を銘じて「盛」「守」「鎮」「統」などを通字とし、これらを総じて平高田と汎称する。さらに末期に至って再び「藤原」を冠するようになり、江戸期以降もこれを踏襲して藤原高田と呼び習わされ区分される。この間に長盛・竪守・鎮教・鎮清・鎮正らを輩出し、鎮正の門からは伊予宇和島に移った国房が出て新刀期へと繋がるなど、室町後期から江戸期に及ぶ長い系譜を形づくった。 作風は説示の記すところ多彩で、一様には括れない。鍛えは板目に杢を交え、総じて肌立ちごころとなり、柾に流れる態を見せて、地沸つき地景入り、白気映りや乱れ映りが立つものが多い。刃文は直刃を基調とするものから、小互の目や角ばる互の目を交えて乱れるもの、腰の開いた複式風で末備前を彷彿とさせるもの、さらに皆焼に及ぶものまで幅がある。祖の友行は同時代の左文字一類に近似するが、刃中に角ばる互の目が間遠に連れ、地に白けが強く地斑を交える点が見どころとされる。室町期の作の多くに共通する要所として、刃中に針の先で突いたような固い葉が入ることが従来指摘されており、系統と時代の判別に資する。姿形は室町中期頃までは反りが深くついて反らせたものが多く、末期は身幅広めで反りが幾分浅く、中鋒が延びて時代を映した頑健な造込みとなる。行政の作のように、鍛えが大きく流れて古典色が濃く、櫃中に行平を踏襲した倶利迦羅の浮彫を施す例もみられる。 伝承の上では、高田物は実用刀として広く行き渡った一方、斯界の評価は決して高くないとされてきた。説示はその傾向を踏まえつつ、地刃に破綻なく締まりごころとなり、来国行を参考にしたとも言えるほどの出来を示す鎮教や、地鉄精良で匂口冴える鎮清の作をもって面目を挽回する出色の一口と評し、平高田中で最も技倆に優れ直刃を得意とした長盛を一派の代表として挙げる。伝来を備える品も少なくなく、行政の短刀は庄内酒井家に伝わって本阿弥光忠の折紙を添え、鎮教には黒田家の重宝となり享保名物追記に載る権藤鎮教の長刀があり、長盛の脇指には島津継豊から本田親章へ拝領された切付銘を持つものがある。中世豊後刀工の作域を今に伝える資料として、また実用に堪える堅牢さと九州古典派の余韻を併せ持つ一門として位置づけられる。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様ご都合による返品の場合はお客様ご負担となります。ご了承くださいませ。弊社の誤送、商品不良等による返品の場合は弊社にて負担いたします。
重量鞘を払い1047gr 出ました出ました豊後の藤原国行の貴重な業物の刀が出ました。昔から本国行の刀が余りにも上手で肥前刀の名工の刀に並ぶ作品を作っていた為に、後世に肥前国近江大掾忠廣や肥前国陸奥守忠吉の名刀に直されていると言われる位上手な藤原国行の貴重な名刀です。藤原国行刀匠は大和大掾を受領して豊後府内住大和大掾藤原国行と銘を切る作品も有ります。江戸時代寛文頃(1661年)(365年前)の豊後(大分県)の府内住、(大分市街の中心地)豊後府内は当初12万石の府内城(大分城)(海城)が作られその後当時は譜代大名の松平氏の陣屋となり刀工達も城下で刀の製作に腕を振るっていました。本刀は抜き打ちに適した特別注文品の刀で姿は元身幅広く先身幅との差の有る反りの少ない江戸の虎徹と同じ当時の寛文新刀の刀姿を現し。地金は小板目肌良く詰み地沸が絡み小糠肌となり地景が現れ力強い地金を鍛え、刃紋は覇気有る匂い出来に小沸の付いた肥前国近江大掾忠廣と同調の直調の刃を元から先までむらなく焼き良く出来ています。江戸期の拵えも本藤原国行の刀に一層華を添えています。この度地元の大分県の古いお家より代々大切にしてきた国行の刀ですが自分達も年を取りましたので360年以上前の古い刀を大切にして頂ける方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に、特別に格安にてご提供いたします。貴重な名工豊後住大和大掾藤原国行刀匠の貴重な名刀を是非お楽しみ下さいませ。






























備前伝 · 豊後 · 1661-1673頃
藤代 Chu-jo saku · 刀剣大鑑 上位87%
現在3点販売中
備前伝 · 豊後
現在40点販売中
豊後国の高田派は、同国高田荘の地名を負う一門で、鎌倉初期に定秀・行平らの名工を出した九州刀の伝統が一時跡絶えた後、南北朝時代に友行が同地に現れて再興した鍛冶集団である。説示は友行をもって高田鍛冶の祖とし、現存する年紀作に貞治・正平の年号を伝える点を挙げる。友行のほか、その子あるいは門人と伝える時行が著名で、別系と思われる行政には建徳二年紀の短刀がある。南北朝期の作には「藤原」を冠し、室町期以降は「平」を銘じて「盛」「守」「鎮」「統」などを通字とし、これらを総じて平高田と汎称する。さらに末期に至って再び「藤原」を冠するようになり、江戸期以降もこれを踏襲して藤原高田と呼び習わされ区分される。この間に長盛・竪守・鎮教・鎮清・鎮正らを輩出し、鎮正の門からは伊予宇和島に移った国房が出て新刀期へと繋がるなど、室町後期から江戸期に及ぶ長い系譜を形づくった。 作風は説示の記すところ多彩で、一様には括れない。鍛えは板目に杢を交え、総じて肌立ちごころとなり、柾に流れる態を見せて、地沸つき地景入り、白気映りや乱れ映りが立つものが多い。刃文は直刃を基調とするものから、小互の目や角ばる互の目を交えて乱れるもの、腰の開いた複式風で末備前を彷彿とさせるもの、さらに皆焼に及ぶものまで幅がある。祖の友行は同時代の左文字一類に近似するが、刃中に角ばる互の目が間遠に連れ、地に白けが強く地斑を交える点が見どころとされる。室町期の作の多くに共通する要所として、刃中に針の先で突いたような固い葉が入ることが従来指摘されており、系統と時代の判別に資する。姿形は室町中期頃までは反りが深くついて反らせたものが多く、末期は身幅広めで反りが幾分浅く、中鋒が延びて時代を映した頑健な造込みとなる。行政の作のように、鍛えが大きく流れて古典色が濃く、櫃中に行平を踏襲した倶利迦羅の浮彫を施す例もみられる。 伝承の上では、高田物は実用刀として広く行き渡った一方、斯界の評価は決して高くないとされてきた。説示はその傾向を踏まえつつ、地刃に破綻なく締まりごころとなり、来国行を参考にしたとも言えるほどの出来を示す鎮教や、地鉄精良で匂口冴える鎮清の作をもって面目を挽回する出色の一口と評し、平高田中で最も技倆に優れ直刃を得意とした長盛を一派の代表として挙げる。伝来を備える品も少なくなく、行政の短刀は庄内酒井家に伝わって本阿弥光忠の折紙を添え、鎮教には黒田家の重宝となり享保名物追記に載る権藤鎮教の長刀があり、長盛の脇指には島津継豊から本田親章へ拝領された切付銘を持つものがある。中世豊後刀工の作域を今に伝える資料として、また実用に堪える堅牢さと九州古典派の余韻を併せ持つ一門として位置づけられる。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様ご都合による返品の場合はお客様ご負担となります。ご了承くださいませ。弊社の誤送、商品不良等による返品の場合は弊社にて負担いたします。