商品詳細 特別保存刀剣・甲種特別貴重刀剣 (枝菊紋) 近江守源久道 1,000,000円 (税込) 送料無料 購入のお問い合わせ 登録証 北海道 昭和26年7月30日 時代 江戸時代前期 法量 刃長:76.4cm(二尺三寸二分一厘) 反り:1.545cm(五分一厘) 目釘孔:1個 元幅:33.2mm 先幅:23.6mm 元重:7.5mm 先重:5.3mm 裸身重量:805g 初代近江守久道は山城の刀工で、京五鍛冶の一つに数えられる三品派・久道家の始祖です。格付けは良業物。 寛永三年(1626年)に近江国野洲郡に生まれ、上京後、二代伊賀守金道の門に学びました。寛文元年(1661年)に近江大掾を受領し、同年、近江守に転じています。初代久道は八十五歳の長寿を全うしたため、晩年作には二代久道による代作・代銘が多いとされています。『古今鍛冶備考』によれば、二代による代作・代銘には枝菊紋が刻まれると記されています。 本作は在銘の刀で、刃文は互の目、鍛えは板目肌となります。帽子は三品派特有の、先が火焔風に尖る「三品帽子」を焼いています。互の目の間隔が離れて直刃調になったり、互の目の肩が角ばる様子は久道の典型的な作風であり、金線や地景が入り、刃・地ともに沸がよくつく様は見応え十分です。茎(なかご)に一部汚れが見受けられますが、これを除去すると鑑定書の写真や押形と相違が生じるため、あえて現状のままご案内いたします。 打刀拵が付属します。鐔と縁金具は赤銅地、三つ葉葵紋の揃い金具で、頭は角の掛巻仕様。目貫は二疋獅子、あるいは犬でしょうか。鞘は漆が透けて赤みを帯びた、何とも言えぬ佳き色合いを呈しており、鯉口の極めて薄い仕上がりなど、古の職人の仕事には感服させられます。なお、縁金具に「菊岡光行」と銘がありますが、こちらは後刻(偽銘)と思われますので、その点ご承知おきください。鎺は金着、飾り切羽が添えられています。 刀身はヒケも僅かで美品です。鞘には経年によるキズや漆の剥がれ、鐔には小キズと紋の脱落が一箇所ございます。詳細は掲載写真にてご確認いただければ幸いです。


























































































新刀 · 山城 · 1648-1652頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位31%
現在6点販売中
久道の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
新刀 · 山城
現在59点販売中
三品派は、美濃国関の兼道を源流とし、その子らが京へ上って興した新刀の一門である。説明書は、兼道の四子すなわち長兄伊賀守金道、来金道、丹波守吉道、末弟越中守正俊が父と共に美濃より上京し、西洞院夷川に住して三品派の名を大いに高めたと記す。長兄金道は京五鍛冶の頭領にして、その家は刀工の受領を朝廷に推薦する権を世襲し、銘に「日本鍛冶宗匠」と添えて幕末に及んだ。やがて一門は京にとどまらず大坂へも枝を張り、京初代丹波守吉道の子が大坂に移って大坂丹波の祖となり、その周囲に大和守吉道が連なり、丹後守兼道のごとく大坂に住して元禄頃に活躍した工も出た。末関の量産地に発しながら、堀川派と並ぶ京新刀の一大勢力に育ち、さらに大坂へと展開した点に、この一門の歩みがある。 作風を貫くのは、工と世代の差を越えて繰り返される三品の共通語法である。地鉄は板目に杢や流れ肌を交えて棟寄りに強く流れ、刃寄りで柾がかって肌立ち、地沸微塵に厚くつき地景のよく入るもので、美濃関の継承を京の作にまで伝える。京の古い手が肌立つ板目を見せるのに対し、大坂の系では小板目をよくつめ清く澄んだ地に転ずる差がある。刃文は美濃由来の互の目と尖り刃を基調に、これを京風に洗練して小のたれの大乱れに展開し、沸が強く時に荒くむら立ち、砂流しさかんに金筋長く入る。最も明快な見どころは帽子で、のたれ込みに先尖って掃きかける三品帽子は一門の標識をなし、末弟正俊にことに顕著である。いま一つの標識が丹波守吉道の創案した簾刃で、湯走り・飛焼・砂流しが幾重にも縞がかって簾の如く焼かれる。金道と正俊が志津風を共に得意として作域広く、吉道はこの簾刃の一手に己を結び、大坂の系はその簾刃を最もよく継いだ。同じ語法のうちに、各工の手が読み分けられる。 収集の観点では、三品派は新刀草創の格と明快な鑑定の勘所をあわせ持つ一門である。先尖って掃きかける三品帽子と、縞がかって平行に焼かれる簾刃の二つの見どころは、地と刃のいずれにも紛れなく現れて工と作域を定める手懸りとなり、大坂の直ぐで均一の焼出しは京の手と分かつ目印となる。主要工の格は説明書の評にそのまま現れ、初代伊賀守金道は一派中最も優れた手とされ、初代丹波守吉道は初期新刀屈指の名工に数えられ、末弟正俊は器用さ兄弟中第一と評される。一門の作はおおむね在銘で、銘そのものが時の標識となり、由緒の確かさをもって賞翫される。来歴の知られる作は谷干城の愛刀、佐竹家、織田有楽斎、北野天満宮、皇室、大坂城代青山家の蔵を経て伝わり、一口は京都国立博物館に納まる。最上手の在銘作が市に現れるのは折々のことで容易ではないが、一たび相見えれば、三品派が美濃関より京・大坂へいかに展開したかを語る確かな証となる。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト商品詳細 特別保存刀剣・甲種特別貴重刀剣 (枝菊紋) 近江守源久道 1,000,000円 (税込) 送料無料 購入のお問い合わせ 登録証 北海道 昭和26年7月30日 時代 江戸時代前期 法量 刃長:76.4cm(二尺三寸二分一厘) 反り:1.545cm(五分一厘) 目釘孔:1個 元幅:33.2mm 先幅:23.6mm 元重:7.5mm 先重:5.3mm 裸身重量:805g 初代近江守久道は山城の刀工で、京五鍛冶の一つに数えられる三品派・久道家の始祖です。格付けは良業物。 寛永三年(1626年)に近江国野洲郡に生まれ、上京後、二代伊賀守金道の門に学びました。寛文元年(1661年)に近江大掾を受領し、同年、近江守に転じています。初代久道は八十五歳の長寿を全うしたため、晩年作には二代久道による代作・代銘が多いとされています。『古今鍛冶備考』によれば、二代による代作・代銘には枝菊紋が刻まれると記されています。 本作は在銘の刀で、刃文は互の目、鍛えは板目肌となります。帽子は三品派特有の、先が火焔風に尖る「三品帽子」を焼いています。互の目の間隔が離れて直刃調になったり、互の目の肩が角ばる様子は久道の典型的な作風であり、金線や地景が入り、刃・地ともに沸がよくつく様は見応え十分です。茎(なかご)に一部汚れが見受けられますが、これを除去すると鑑定書の写真や押形と相違が生じるため、あえて現状のままご案内いたします。 打刀拵が付属します。鐔と縁金具は赤銅地、三つ葉葵紋の揃い金具で、頭は角の掛巻仕様。目貫は二疋獅子、あるいは犬でしょうか。鞘は漆が透けて赤みを帯びた、何とも言えぬ佳き色合いを呈しており、鯉口の極めて薄い仕上がりなど、古の職人の仕事には感服させられます。なお、縁金具に「菊岡光行」と銘がありますが、こちらは後刻(偽銘)と思われますので、その点ご承知おきください。鎺は金着、飾り切羽が添えられています。 刀身はヒケも僅かで美品です。鞘には経年によるキズや漆の剥がれ、鐔には小キズと紋の脱落が一箇所ございます。詳細は掲載写真にてご確認いただければ幸いです。


























































































新刀 · 山城 · 1648-1652頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位31%
現在6点販売中
久道の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
新刀 · 山城
現在59点販売中
三品派は、美濃国関の兼道を源流とし、その子らが京へ上って興した新刀の一門である。説明書は、兼道の四子すなわち長兄伊賀守金道、来金道、丹波守吉道、末弟越中守正俊が父と共に美濃より上京し、西洞院夷川に住して三品派の名を大いに高めたと記す。長兄金道は京五鍛冶の頭領にして、その家は刀工の受領を朝廷に推薦する権を世襲し、銘に「日本鍛冶宗匠」と添えて幕末に及んだ。やがて一門は京にとどまらず大坂へも枝を張り、京初代丹波守吉道の子が大坂に移って大坂丹波の祖となり、その周囲に大和守吉道が連なり、丹後守兼道のごとく大坂に住して元禄頃に活躍した工も出た。末関の量産地に発しながら、堀川派と並ぶ京新刀の一大勢力に育ち、さらに大坂へと展開した点に、この一門の歩みがある。 作風を貫くのは、工と世代の差を越えて繰り返される三品の共通語法である。地鉄は板目に杢や流れ肌を交えて棟寄りに強く流れ、刃寄りで柾がかって肌立ち、地沸微塵に厚くつき地景のよく入るもので、美濃関の継承を京の作にまで伝える。京の古い手が肌立つ板目を見せるのに対し、大坂の系では小板目をよくつめ清く澄んだ地に転ずる差がある。刃文は美濃由来の互の目と尖り刃を基調に、これを京風に洗練して小のたれの大乱れに展開し、沸が強く時に荒くむら立ち、砂流しさかんに金筋長く入る。最も明快な見どころは帽子で、のたれ込みに先尖って掃きかける三品帽子は一門の標識をなし、末弟正俊にことに顕著である。いま一つの標識が丹波守吉道の創案した簾刃で、湯走り・飛焼・砂流しが幾重にも縞がかって簾の如く焼かれる。金道と正俊が志津風を共に得意として作域広く、吉道はこの簾刃の一手に己を結び、大坂の系はその簾刃を最もよく継いだ。同じ語法のうちに、各工の手が読み分けられる。 収集の観点では、三品派は新刀草創の格と明快な鑑定の勘所をあわせ持つ一門である。先尖って掃きかける三品帽子と、縞がかって平行に焼かれる簾刃の二つの見どころは、地と刃のいずれにも紛れなく現れて工と作域を定める手懸りとなり、大坂の直ぐで均一の焼出しは京の手と分かつ目印となる。主要工の格は説明書の評にそのまま現れ、初代伊賀守金道は一派中最も優れた手とされ、初代丹波守吉道は初期新刀屈指の名工に数えられ、末弟正俊は器用さ兄弟中第一と評される。一門の作はおおむね在銘で、銘そのものが時の標識となり、由緒の確かさをもって賞翫される。来歴の知られる作は谷干城の愛刀、佐竹家、織田有楽斎、北野天満宮、皇室、大坂城代青山家の蔵を経て伝わり、一口は京都国立博物館に納まる。最上手の在銘作が市に現れるのは折々のことで容易ではないが、一たび相見えれば、三品派が美濃関より京・大坂へいかに展開したかを語る確かな証となる。
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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