石橋山図鐔 【解説】 本作は、公益財団法人日本美術刀剣保存協会(日刀保)により「特別貴重小道具」に認定された鐔です。銘にある浜野直髄(なおゆき/ちょくずい)は、江戸時代中期から後期(1745-1819年)にかけて活躍した名工です。彼は江戸浜野派の門下であり、師は江戸中期を代表する彫金師、浜野矩髄(のりゆき)です。矩髄の名は三代にわたり受け継がれましたが、初代は浜野派の祖である浜野政随の門人として知られています。 意匠の題材は、現在の神奈川県箱根山中に位置する「石橋山」です。ここは治承4年(1180年)、源氏と平氏が激突した「石橋山の戦い」の舞台として名高く、浮世絵の画題としても非常に人気がありました。 表側には、大樹の洞に身を潜める二人の武者の姿が彫り描かれています。これは敵方の動静を伺っているのか、あるいは合戦当夜の激しい雨を凌いでいる場面でしょう。武者のほか、樹木や草花、その間を流れる川、そして空を舞う二羽の鳥が、緻密な色絵象嵌によって美しく表現されています。 裏側には、松の図が配されています。合戦の地が海岸に近かったことから、潮風に強い松が群生していた情景を彷彿とさせます。松は厳しい寒暑に耐え、一年中その緑を失わないことから「不老長寿」の象徴とされてきました。その色は「常盤色」と呼ばれ、松そのものも「常盤木」の名を持ちます。不変を意味する「常盤」の名を冠したこの色は、長寿と繁栄への願いが込められた吉祥の色として、特に江戸時代に好まれました。松の意匠が醸し出す気品と格調の高さも、古来より愛されてきた理由の一つと言えるでしょう。 ※本品はアンティーク品のため、状態については写真にて詳細をご確認ください。 【鐔(つば)とは】 鐔は日本刀の拳を守る護具(ハンドガード)です。上層の武士は、刀身のみならず鐔をはじめとする美しい刀装具で刀を飾り立てました。特に鐔の表側は、登城の際などに他者の目に触れる機会が多いため、より装飾性の高い意匠が施される傾向にあります。 【武士にとっての刀装具】 日本刀には、鐔、目貫、縁頭など、多種多様な装飾具が備わっています。これらは武器としての機能だけでなく、持ち主の個性や信条、格式を示す象徴でもありました。現代で例えるならば、スマートフォンの装飾に近い感覚かもしれません。 ぜひ細部を拡大してご覧ください。鉄や銅(赤銅・四分一など)の地金に、金・銀・色金を用いた象嵌や彫金技術の粋が凝縮されています。一点ごとに異なる造形や重厚感を持つこれらの意匠は、刀身と共に時代を歩んできた美術品として、刀剣本体に劣らぬ価値を有しています。一見控えめな部品ではありますが、こうした細部にまで拘りを持つことこそが、真の「侍」の嗜みであったと言えるでしょう。 【鑑定書】 日本美術刀剣保存協会(NBTHK) 特別貴重小道具鑑定書 (昭和53年6月3日交付)







直随
江戸
在銘
特別貴重 (NBTHK)
町彫 · 武蔵
現在2点販売中
直随の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫 · Edo
現在30点販売中
浜野派は江戸時代中期に奈良利寿の門人であった浜野政隨を祖とする装剣金工の一派である。政隨は通称を太郎兵衛といい、奈良四天王の一人として高名を馳せ、江戸金工名譜に「世に雷鳴す」と評される逸材であった。乙柳軒・味墨・閑径・驪風堂・遊壺亭・穐峰斎・半圭子・一瞬庵など多くの別号を有し、多数の門人を育成して町彫の主要な門流を形成し一家をなした。四代正信は乙柳軒味墨の号を継承し、政隨の伝統を継承している。また越後村上出身の桂野赤文は、青年時代に出府して浜野家に学び、のちに遊洛斎の号を用いたことから京都での修業も推測され、庄内藩酒井家の抱え工として活躍した。 浜野派の技術は大胆な高肉彫・鋤出彫・肉合彫・片切彫等あらゆる技法に長じており、その技量は極めて高く評価される。政隨の作には金銀の芋継地に容彫で韋駄天疾駆鬼を表したものや、金無垢地に銀と赤銅の置金を施した容彫で仁王像を表したものがあり、肉取りが巧みで量感に富み、題材の力強さを見事に表現している。その彫口には後藤上代の作を範としたとみられる落ち着きある品格が備わっている。四代正信の作には虫尽総金具の大小拵があり、銀四分一の石目地に高彫と据文色絵を施した各種の虫の図が揃っており、華麗かつ入念な仕上がりを示している。 桂野赤文の作風は土屋安親を手本として研鑽を積んだことが知られ、鐔を多く制作し、鉄と赤銅の地金に高肉彫形式で色絵を施すことを得意とした。片切彫・肉合彫・象嵌等の技法も用い、銘文には郷里越後の書家亀田鵬斎流の草書体を用いている。波千鳥図鐔では安親を手本とした題材を鉄地に鋤出による高肉彫で堂々と表し、千鳥の眼と足にのみ金銀の象嵌を施して画面全体に締まりと動きを与えている。柔軟な鏨使いながらも力強さを感じさせるその彫口は赤文独特のものであり、桂野家史に「生気躍動」「巧緻」と評されるその作風を顕示している。 詳しく見る →
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、信頼性に欠けるとされています。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)への再提出による現代の鑑定をご検討いただけます。
Returns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
石橋山図鐔 【解説】 本作は、公益財団法人日本美術刀剣保存協会(日刀保)により「特別貴重小道具」に認定された鐔です。銘にある浜野直髄(なおゆき/ちょくずい)は、江戸時代中期から後期(1745-1819年)にかけて活躍した名工です。彼は江戸浜野派の門下であり、師は江戸中期を代表する彫金師、浜野矩髄(のりゆき)です。矩髄の名は三代にわたり受け継がれましたが、初代は浜野派の祖である浜野政随の門人として知られています。 意匠の題材は、現在の神奈川県箱根山中に位置する「石橋山」です。ここは治承4年(1180年)、源氏と平氏が激突した「石橋山の戦い」の舞台として名高く、浮世絵の画題としても非常に人気がありました。 表側には、大樹の洞に身を潜める二人の武者の姿が彫り描かれています。これは敵方の動静を伺っているのか、あるいは合戦当夜の激しい雨を凌いでいる場面でしょう。武者のほか、樹木や草花、その間を流れる川、そして空を舞う二羽の鳥が、緻密な色絵象嵌によって美しく表現されています。 裏側には、松の図が配されています。合戦の地が海岸に近かったことから、潮風に強い松が群生していた情景を彷彿とさせます。松は厳しい寒暑に耐え、一年中その緑を失わないことから「不老長寿」の象徴とされてきました。その色は「常盤色」と呼ばれ、松そのものも「常盤木」の名を持ちます。不変を意味する「常盤」の名を冠したこの色は、長寿と繁栄への願いが込められた吉祥の色として、特に江戸時代に好まれました。松の意匠が醸し出す気品と格調の高さも、古来より愛されてきた理由の一つと言えるでしょう。 ※本品はアンティーク品のため、状態については写真にて詳細をご確認ください。 【鐔(つば)とは】 鐔は日本刀の拳を守る護具(ハンドガード)です。上層の武士は、刀身のみならず鐔をはじめとする美しい刀装具で刀を飾り立てました。特に鐔の表側は、登城の際などに他者の目に触れる機会が多いため、より装飾性の高い意匠が施される傾向にあります。 【武士にとっての刀装具】 日本刀には、鐔、目貫、縁頭など、多種多様な装飾具が備わっています。これらは武器としての機能だけでなく、持ち主の個性や信条、格式を示す象徴でもありました。現代で例えるならば、スマートフォンの装飾に近い感覚かもしれません。 ぜひ細部を拡大してご覧ください。鉄や銅(赤銅・四分一など)の地金に、金・銀・色金を用いた象嵌や彫金技術の粋が凝縮されています。一点ごとに異なる造形や重厚感を持つこれらの意匠は、刀身と共に時代を歩んできた美術品として、刀剣本体に劣らぬ価値を有しています。一見控えめな部品ではありますが、こうした細部にまで拘りを持つことこそが、真の「侍」の嗜みであったと言えるでしょう。 【鑑定書】 日本美術刀剣保存協会(NBTHK) 特別貴重小道具鑑定書 (昭和53年6月3日交付)







直随
江戸
在銘
特別貴重 (NBTHK)
町彫 · 武蔵
現在2点販売中
直随の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
町彫 · Edo
現在30点販売中
浜野派は江戸時代中期に奈良利寿の門人であった浜野政隨を祖とする装剣金工の一派である。政隨は通称を太郎兵衛といい、奈良四天王の一人として高名を馳せ、江戸金工名譜に「世に雷鳴す」と評される逸材であった。乙柳軒・味墨・閑径・驪風堂・遊壺亭・穐峰斎・半圭子・一瞬庵など多くの別号を有し、多数の門人を育成して町彫の主要な門流を形成し一家をなした。四代正信は乙柳軒味墨の号を継承し、政隨の伝統を継承している。また越後村上出身の桂野赤文は、青年時代に出府して浜野家に学び、のちに遊洛斎の号を用いたことから京都での修業も推測され、庄内藩酒井家の抱え工として活躍した。 浜野派の技術は大胆な高肉彫・鋤出彫・肉合彫・片切彫等あらゆる技法に長じており、その技量は極めて高く評価される。政隨の作には金銀の芋継地に容彫で韋駄天疾駆鬼を表したものや、金無垢地に銀と赤銅の置金を施した容彫で仁王像を表したものがあり、肉取りが巧みで量感に富み、題材の力強さを見事に表現している。その彫口には後藤上代の作を範としたとみられる落ち着きある品格が備わっている。四代正信の作には虫尽総金具の大小拵があり、銀四分一の石目地に高彫と据文色絵を施した各種の虫の図が揃っており、華麗かつ入念な仕上がりを示している。 桂野赤文の作風は土屋安親を手本として研鑽を積んだことが知られ、鐔を多く制作し、鉄と赤銅の地金に高肉彫形式で色絵を施すことを得意とした。片切彫・肉合彫・象嵌等の技法も用い、銘文には郷里越後の書家亀田鵬斎流の草書体を用いている。波千鳥図鐔では安親を手本とした題材を鉄地に鋤出による高肉彫で堂々と表し、千鳥の眼と足にのみ金銀の象嵌を施して画面全体に締まりと動きを与えている。柔軟な鏨使いながらも力強さを感じさせるその彫口は赤文独特のものであり、桂野家史に「生気躍動」「巧緻」と評されるその作風を顕示している。 詳しく見る →
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、信頼性に欠けるとされています。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)への再提出による現代の鑑定をご検討いただけます。
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