【概要】 本作は肥前国(現在の佐賀県)の初代行廣(ゆきひろ)によって打たれた一振りです。 行廣は肥前を代表する名工、初代河内大掾正広の実弟であり、佐賀鍋島藩の御用鍛冶として仕えました。 慶安元年(1648年)に「出羽大掾」を受領し、寛文3年(1663年)には、その優れた技量が認められ、朝廷より「出羽守」を拝命しました。また、慶安3年(1650年)には長崎へ赴き、当時交易のあったオランダから伝来した「阿蘭陀鍛(オランダきたえ)」の技法を学んだことでも知られています。 行廣は備前伝を修めたことから、自らを「肥前一文字」と称し、銘の冠に「一」を刻むこともありました。本作は肥前刀の白眉とも言える優れた出来映えを示しています。行廣の家系は六代まで続き、江戸時代初期の肥前国を代表する名門として名を馳せました。 【刀身】 長さ(Nagasa):51.2 cm 反り(Sori):1.36 cm 刃文(Hamon):大乱れに箱乱れが交じる華やかな焼刃です。 地文・地肌(Jimon & Jihada):小板目肌がよく詰んだ美しい鍛え肌です。 茎(Nakago):銘は「肥前國出羽大掾行廣」と刻まれています。目釘穴は二つあり、かつて長さを調整したことを示す歴史の跡が見て取れます。 【拵】 縁頭(Fuchi-Kashira):柄の上下を飾る金具で、本作には金象嵌が施された一対の揃い金具が添えられています。 柄・目貫(Tsuka & Menuki):柄には高級な鮫皮(エイの皮)が使用されています。 鍔・鎺(Tsuba & Habaki):鍔は刀身を保護する手守りであり、鎺は刀身を鞘の中に固定し、錆や欠けを防ぐ重要な役割を果たします。 鞘(Saya):日本刀を収めるための鞘です。 小柄(Kozuka):鞘の小柄櫃に収められる小刀です。 鑑定書:日本美術刀剣保存協会(NBTHK)による「特別貴重認定書」が付属します。 日本美術刀剣保存協会は、日本で最も権威のある刀剣鑑定機関の一つです。 —————————————————————– 【運営元について】 サムライミュージアムは東京に拠点を置き、侍の歴史に関する古美術品を展示しています。サムライミュージアムショップでは、日本の伝統文化や職人技に興味をお持ちの方へ、アンティークの日本刀や甲冑、伝統工芸品などをご紹介しております。 【日本刀の輸出手続きについて】 私共が取り扱う日本刀は、伝統的な「玉鋼」を用い、職人の手によって鍛えられた真剣です。サムライミュージアムは、真作の日本刀を海外へ輸出するための正式な法的基準を熟知しており、これまでに350振り以上の刀剣を、その歴史的価値を愛する世界中のオーナー様へお届けしてまいりました。 日本国内の刀剣はすべて文化庁および教育委員会に登録されており、一振りごとに「銃砲刀剣類登録証」が発行されています。この登録証は、その刀が日本で伝統的な手法により手作業で鍛造されたものであることを証明するものです。 海外へ輸出する際は、文化庁への輸出監査申請を行い、国内の登録証を返納する法的義務がございます。書類提出後、輸出許可が下りるまで通常2〜4週間を要します。お手元に届くまで、ご注文から約1ヶ月〜1ヶ月半ほどお時間をいただいております。詳細についてはこちらをクリックしてご確認ください。















Shinto · 肥前 · 1639-1683頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位23%
現在8点販売中
行廣の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
Shinto · 肥前
現在116点販売中
肥前忠吉派は、肥前佐賀の城下を中心に興った新刀期の一流であり、その祖は橋本新左衛門と称した初代忠吉である。資料によれば、初代は鍋島家の抱え工として、慶長元年に藩命により彫工宗長とともに上洛して京の埋忠明寿の門に入り、忠吉は鍛刀を、宗長は彫技を学んだという。同三年に帰国して佐賀城下に住し、鍋島藩の庇護のもとに一門は大いに栄えた。年紀は慶長五年に始まり、元和十年には再び上洛して武蔵大掾を受領し、名を忠吉から忠広に、氏を源から藤原に改めている。この改名は同一の手の変遷であって別人ではない。初代の嫡子たる二代近江大掾忠広は六十有余年に及ぶ作刀生活を送って肥前最多作の工となり、本家の忠吉銘は土佐守家を経て三代陸奥守忠吉へと返上襲名されて、上三代の本流を成した。これと並んで、初代の門人や身内から、播磨大掾忠国の系、河内大掾正広に発する正広の系、出羽守行広の系といった分家、すなわち傍肥前と汎称される諸工が興り、代を重ねて佐賀の工房は確立された。 一門の共通する作風は、まずその地鉄に表れる。よく約んだ小板目を緻密に鍛え、地沸が微塵に厚く均しくつき、地景が細かに頻りに入って、かね明るく冴える。資料はこれを肥前特有の米糠肌と名指し、他派の出さない細かく明るい肌であるとする。この精良な地の上に、本家の本領たる中直刃を焼く。浅くのたれごころを帯び、処々に小互の目を交え、小足・葉が入り、匂深く小沸が細かについて締まり明るく、帽子は直ぐに小丸へ静かに返る。本来狙った来一門の直刃に対しては、匂口がより締まって明るく、鍛えに覇気がある点で分かれると説く。一方、初代の初期作には直江志津・古作大和物・来一門・鎌倉名工を狙った多様な写し物があり、掃きかけの帽子など本家の通則の例外も見える。代や系統による差異も資料の支持する範囲で明らかである。二代忠広と三代忠吉は本家本領の静かな直刃を継ぎ、なかでも三代は祖父初代を想わせる強く精美な鍛えを身上とする。これに対し傍肥前の諸工は華やかな乱れ刃を好み、正広は丁子を主調とした乱れに互の目を交え、行広は竪長の足長丁子乱れを焼き、忠国は一門の中で最も砂流しが目立つ足長丁子をあらわした。本家が直刃で読まれるのに対し、傍系はその精良な地を覇気ある乱刃へ運んだのである。 肥前刀の鑑定の勘所は、何よりこの米糠肌にある。明るく冴えた小糠肌の上に締まった直刃を焼くという組合せこそ、収集家が肥前刀を求める核心であり、地鉄と刃文が相俟って同派同定の眼目を成す。さらに銘振りもまた鑑定の一部をなし、本家は刀に指裏すなわち太刀銘に切るのを常とし、五字銘・住人銘・受領銘の別が時期を語る。主要刀工の格は資料の伝える通りで、初代忠吉は藤代の極めで最上作、二代忠広・三代忠吉や正広・行広は上々作ないし上作に位置づけられる。代表作には鍋島家伝来の作が多く、来歴には尾張徳川家・佐竹家・皇室などの名が録され、初代の一口には師明寿の添銘が遺り、忠国・正広の作には山野加右衛門ら截断銘を金象嵌に帯びるものがあって、手のみならず刃味の証となる。指定を受けた作の多くは旧蔵家や公の収蔵に永く蔵されて市に現れることは少なく、傍系の作も折にふれて世に出るにとどまる。されば在銘の肥前忠吉は手の届かぬものではないが、祖その人の作や、最も精美な米糠肌に直刃を焼いた一口が現れることは時折のことであり、現れれば肥前刀の一里塚というべきものである。
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、信頼性に欠けるとされています。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)への再提出による現代の鑑定をご検討いただけます。
Returns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
【概要】 本作は肥前国(現在の佐賀県)の初代行廣(ゆきひろ)によって打たれた一振りです。 行廣は肥前を代表する名工、初代河内大掾正広の実弟であり、佐賀鍋島藩の御用鍛冶として仕えました。 慶安元年(1648年)に「出羽大掾」を受領し、寛文3年(1663年)には、その優れた技量が認められ、朝廷より「出羽守」を拝命しました。また、慶安3年(1650年)には長崎へ赴き、当時交易のあったオランダから伝来した「阿蘭陀鍛(オランダきたえ)」の技法を学んだことでも知られています。 行廣は備前伝を修めたことから、自らを「肥前一文字」と称し、銘の冠に「一」を刻むこともありました。本作は肥前刀の白眉とも言える優れた出来映えを示しています。行廣の家系は六代まで続き、江戸時代初期の肥前国を代表する名門として名を馳せました。 【刀身】 長さ(Nagasa):51.2 cm 反り(Sori):1.36 cm 刃文(Hamon):大乱れに箱乱れが交じる華やかな焼刃です。 地文・地肌(Jimon & Jihada):小板目肌がよく詰んだ美しい鍛え肌です。 茎(Nakago):銘は「肥前國出羽大掾行廣」と刻まれています。目釘穴は二つあり、かつて長さを調整したことを示す歴史の跡が見て取れます。 【拵】 縁頭(Fuchi-Kashira):柄の上下を飾る金具で、本作には金象嵌が施された一対の揃い金具が添えられています。 柄・目貫(Tsuka & Menuki):柄には高級な鮫皮(エイの皮)が使用されています。 鍔・鎺(Tsuba & Habaki):鍔は刀身を保護する手守りであり、鎺は刀身を鞘の中に固定し、錆や欠けを防ぐ重要な役割を果たします。 鞘(Saya):日本刀を収めるための鞘です。 小柄(Kozuka):鞘の小柄櫃に収められる小刀です。 鑑定書:日本美術刀剣保存協会(NBTHK)による「特別貴重認定書」が付属します。 日本美術刀剣保存協会は、日本で最も権威のある刀剣鑑定機関の一つです。 —————————————————————– 【運営元について】 サムライミュージアムは東京に拠点を置き、侍の歴史に関する古美術品を展示しています。サムライミュージアムショップでは、日本の伝統文化や職人技に興味をお持ちの方へ、アンティークの日本刀や甲冑、伝統工芸品などをご紹介しております。 【日本刀の輸出手続きについて】 私共が取り扱う日本刀は、伝統的な「玉鋼」を用い、職人の手によって鍛えられた真剣です。サムライミュージアムは、真作の日本刀を海外へ輸出するための正式な法的基準を熟知しており、これまでに350振り以上の刀剣を、その歴史的価値を愛する世界中のオーナー様へお届けしてまいりました。 日本国内の刀剣はすべて文化庁および教育委員会に登録されており、一振りごとに「銃砲刀剣類登録証」が発行されています。この登録証は、その刀が日本で伝統的な手法により手作業で鍛造されたものであることを証明するものです。 海外へ輸出する際は、文化庁への輸出監査申請を行い、国内の登録証を返納する法的義務がございます。書類提出後、輸出許可が下りるまで通常2〜4週間を要します。お手元に届くまで、ご注文から約1ヶ月〜1ヶ月半ほどお時間をいただいております。詳細についてはこちらをクリックしてご確認ください。















Shinto · 肥前 · 1639-1683頃
藤代 Jo saku · 刀剣大鑑 上位23%
現在8点販売中
行廣の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
Shinto · 肥前
現在116点販売中
肥前忠吉派は、肥前佐賀の城下を中心に興った新刀期の一流であり、その祖は橋本新左衛門と称した初代忠吉である。資料によれば、初代は鍋島家の抱え工として、慶長元年に藩命により彫工宗長とともに上洛して京の埋忠明寿の門に入り、忠吉は鍛刀を、宗長は彫技を学んだという。同三年に帰国して佐賀城下に住し、鍋島藩の庇護のもとに一門は大いに栄えた。年紀は慶長五年に始まり、元和十年には再び上洛して武蔵大掾を受領し、名を忠吉から忠広に、氏を源から藤原に改めている。この改名は同一の手の変遷であって別人ではない。初代の嫡子たる二代近江大掾忠広は六十有余年に及ぶ作刀生活を送って肥前最多作の工となり、本家の忠吉銘は土佐守家を経て三代陸奥守忠吉へと返上襲名されて、上三代の本流を成した。これと並んで、初代の門人や身内から、播磨大掾忠国の系、河内大掾正広に発する正広の系、出羽守行広の系といった分家、すなわち傍肥前と汎称される諸工が興り、代を重ねて佐賀の工房は確立された。 一門の共通する作風は、まずその地鉄に表れる。よく約んだ小板目を緻密に鍛え、地沸が微塵に厚く均しくつき、地景が細かに頻りに入って、かね明るく冴える。資料はこれを肥前特有の米糠肌と名指し、他派の出さない細かく明るい肌であるとする。この精良な地の上に、本家の本領たる中直刃を焼く。浅くのたれごころを帯び、処々に小互の目を交え、小足・葉が入り、匂深く小沸が細かについて締まり明るく、帽子は直ぐに小丸へ静かに返る。本来狙った来一門の直刃に対しては、匂口がより締まって明るく、鍛えに覇気がある点で分かれると説く。一方、初代の初期作には直江志津・古作大和物・来一門・鎌倉名工を狙った多様な写し物があり、掃きかけの帽子など本家の通則の例外も見える。代や系統による差異も資料の支持する範囲で明らかである。二代忠広と三代忠吉は本家本領の静かな直刃を継ぎ、なかでも三代は祖父初代を想わせる強く精美な鍛えを身上とする。これに対し傍肥前の諸工は華やかな乱れ刃を好み、正広は丁子を主調とした乱れに互の目を交え、行広は竪長の足長丁子乱れを焼き、忠国は一門の中で最も砂流しが目立つ足長丁子をあらわした。本家が直刃で読まれるのに対し、傍系はその精良な地を覇気ある乱刃へ運んだのである。 肥前刀の鑑定の勘所は、何よりこの米糠肌にある。明るく冴えた小糠肌の上に締まった直刃を焼くという組合せこそ、収集家が肥前刀を求める核心であり、地鉄と刃文が相俟って同派同定の眼目を成す。さらに銘振りもまた鑑定の一部をなし、本家は刀に指裏すなわち太刀銘に切るのを常とし、五字銘・住人銘・受領銘の別が時期を語る。主要刀工の格は資料の伝える通りで、初代忠吉は藤代の極めで最上作、二代忠広・三代忠吉や正広・行広は上々作ないし上作に位置づけられる。代表作には鍋島家伝来の作が多く、来歴には尾張徳川家・佐竹家・皇室などの名が録され、初代の一口には師明寿の添銘が遺り、忠国・正広の作には山野加右衛門ら截断銘を金象嵌に帯びるものがあって、手のみならず刃味の証となる。指定を受けた作の多くは旧蔵家や公の収蔵に永く蔵されて市に現れることは少なく、傍系の作も折にふれて世に出るにとどまる。されば在銘の肥前忠吉は手の届かぬものではないが、祖その人の作や、最も精美な米糠肌に直刃を焼いた一口が現れることは時折のことであり、現れれば肥前刀の一里塚というべきものである。
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、信頼性に欠けるとされています。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)への再提出による現代の鑑定をご検討いただけます。
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