応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
骨董日本刀 脇差 無銘 金房(日本美術刀剣保存協会 鑑定書付) 【解説】 本作は、日本美術刀剣保存協会(日刀保)の鑑定により、大和伝の流れを汲む「金房(かなぼう)」派の作と極められた一振りです。 金房派は大永年間(1520年代)に興り、室町時代末期(1570年代)にかけて隆盛を極めました。本作もその時代、約450年前の室町末期に制作されたものと推測されます。 日本刀にはその土地の特色を表す五つの伝法「五箇伝(大和・備前・相州・美濃・山城)」がありますが、金房派は大和伝に属し、現在の大和国(奈良県)を拠点に活動しました。戦国時代には、この地の僧兵たちの需要に応え、実戦的な刀剣を数多く打ったことで知られています。 ※刀身の状態について: 切先付近を中心に、経年による若干の黒錆が見受けられます。また、鍛錬の過程で生じる鍛え傷(肌立ち)がございます。詳細な写真をご希望の場合は、お気軽にお問い合わせください。 【刀身】 長さ(Nagasa):38.6 cm 反り(Sori):1.1 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地紋(Jihada):折り返し鍛錬によって現れる鍛え肌 【詳細】 茎(Nakago):刀身の柄に収まる部分 鎺(Habaki):刀身が鞘の中で触れないように固定し、錆や毀れを防ぐ金具 鑑定書:日本美術刀剣保存協会「貴重刀剣」鑑定書 日本美術刀剣保存協会(日刀保)は、国内で最も権威のある刀剣鑑定機関の一つです。本作は昭和48年(1973年)2月17日に鑑定を受けました。ご購入者様にはこの原本をお付けいたします。ご希望があれば、鑑定書内容の英訳PDFも作成可能です。 登録証番号:山梨 第13509号 山梨県教育委員会発行の銃砲刀剣類登録証が付随しています。この登録証は、その刀剣が伝統的な手造りの日本刀であることを証明するものであり、日本国内で合法的に所有するために必要な書類です。 —————————————————————– 【運営元について】 侍ミュージアム(Samurai Museum)は、東京に拠点を置き、侍の歴史に関する古美術品を展示しております。オンラインショップでは、日本刀や甲冑、伝統工芸品など、日本の文化と職人技に魅了された方々のために厳選した品々を取り扱っております。 【日本刀の輸出手続きについて】 私共が取り扱う日本刀は、伝統的な炭素鋼「玉鋼(たまはがね)」を用い、国内で手造りされた真剣です。侍ミュージアムは、骨董品としての日本刀を海外へ輸出するための正式な法的基準を熟知しており、これまで300振り以上の刀剣を世界中の愛好家様へお届けしてまいりました。 日本国内の刀剣はすべて文化庁および各都道府県の教育委員会に登録されており、一振りごとに登録証が発行されています。輸出に際しては、文化庁への「古美術品輸出監査証明」の申請と、教育委員会への登録証の返納手続きが必要となります。 書類提出後、輸出許可が下りるまで通常2〜4週間を要します。お手元に届くまでには、ご注文から約1ヶ月〜1ヶ月半ほどお時間をいただく形となりますので、予めご了承ください。詳細については、こちらをクリックしてご確認ください。












脇物 · 大和
現在7点販売中
金房派は、大和国奈良すなわち南都を本拠として室町末期から新刀期にかけて活動した一群である。説示によれば、金房某と銘する刀工が数多く知られて栄え、永正以降の年紀作をままみるという。同派の代表工としては政次があり、南都住金房兵衛尉政次と長銘を切る。ほかに政定が伝わり、南都住藤原朝臣金房左衛門尉政定作と銘し、永禄二年の年紀を有する作が知られる。大和の伝統的な五派との関係は明らかでないと説示は記しており、同地に拠りながらも別個の一派として隆盛をみたものと位置づけられる。同派に薙刀の遺例が比較的目立つのは、興福寺をはじめとする南都七大寺の僧兵の需要にこたえたものと説示は説く。 作風について説示が共通して挙げるのは、板目が流れて柾がかり、肌立つ鍛であり、地沸のつくもの、白気映りの立つものがみられる点である。刃文は、説示の一には直刃が最も多いとし、ほかにのたれや互の目を焼くと記すが、互の目調の大乱を主とする作も多く、腰の開いた互の目乱れに小足・葉のよく入るもの、足・葉が太く入るものが見受けられる。匂口は締まりごころとなるものを多く挙げ、一方で沈みごころとなるものにも触れる。帽子は乱れ込んで掃きかけ、先尖りごころに返るものや、やや長く焼き下げるものがある。造込みは身幅広く反り浅い大鋒の打刀姿を採り、末備前・末関などと共通する姿を示すと説示は述べ、薙刀造の作と併せて、実用に応じた一派の性格をうかがわせる。彫物には棒樋や倶利迦羅を施す例があり、茎は生ぶ、鑢目は勝手下りや筋違を交える。 鑑定にあたっては、柾がかって流れる板目鍛と、足・葉の目立つ互の目調の刃を要点とし、薙刀を含む実用本位の造込みを併せて見るべきものである。代表作としては政次の長大な薙刀があり、説示はこれを同派中の著名な一典型とする。政定の打刀には永禄の年紀と倶利迦羅の彫を備えた作が伝わる。なお薙刀には朱塗長巻拵などを附帯し、中身の製作に合わせて誂えられ、金具・塗りともそのままに保存される例もある。資料は僅少であるが、説示の記すところに従えば、金房派は大和奈良に拠りつつ伝統的な大和伝とは異なる作風を展開し、僧兵の需要を背景に薙刀と実用の刀槍を手がけた、室町末期を代表する一派として理解される。 詳しく見る →
室町時代
応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、信頼性に欠けるとされています。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)への再提出による現代の鑑定をご検討いただけます。
Returns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
骨董日本刀 脇差 無銘 金房(日本美術刀剣保存協会 鑑定書付) 【解説】 本作は、日本美術刀剣保存協会(日刀保)の鑑定により、大和伝の流れを汲む「金房(かなぼう)」派の作と極められた一振りです。 金房派は大永年間(1520年代)に興り、室町時代末期(1570年代)にかけて隆盛を極めました。本作もその時代、約450年前の室町末期に制作されたものと推測されます。 日本刀にはその土地の特色を表す五つの伝法「五箇伝(大和・備前・相州・美濃・山城)」がありますが、金房派は大和伝に属し、現在の大和国(奈良県)を拠点に活動しました。戦国時代には、この地の僧兵たちの需要に応え、実戦的な刀剣を数多く打ったことで知られています。 ※刀身の状態について: 切先付近を中心に、経年による若干の黒錆が見受けられます。また、鍛錬の過程で生じる鍛え傷(肌立ち)がございます。詳細な写真をご希望の場合は、お気軽にお問い合わせください。 【刀身】 長さ(Nagasa):38.6 cm 反り(Sori):1.1 cm 刃文(Hamon):焼入れによって刃先に現れる結晶構造 地紋(Jihada):折り返し鍛錬によって現れる鍛え肌 【詳細】 茎(Nakago):刀身の柄に収まる部分 鎺(Habaki):刀身が鞘の中で触れないように固定し、錆や毀れを防ぐ金具 鑑定書:日本美術刀剣保存協会「貴重刀剣」鑑定書 日本美術刀剣保存協会(日刀保)は、国内で最も権威のある刀剣鑑定機関の一つです。本作は昭和48年(1973年)2月17日に鑑定を受けました。ご購入者様にはこの原本をお付けいたします。ご希望があれば、鑑定書内容の英訳PDFも作成可能です。 登録証番号:山梨 第13509号 山梨県教育委員会発行の銃砲刀剣類登録証が付随しています。この登録証は、その刀剣が伝統的な手造りの日本刀であることを証明するものであり、日本国内で合法的に所有するために必要な書類です。 —————————————————————– 【運営元について】 侍ミュージアム(Samurai Museum)は、東京に拠点を置き、侍の歴史に関する古美術品を展示しております。オンラインショップでは、日本刀や甲冑、伝統工芸品など、日本の文化と職人技に魅了された方々のために厳選した品々を取り扱っております。 【日本刀の輸出手続きについて】 私共が取り扱う日本刀は、伝統的な炭素鋼「玉鋼(たまはがね)」を用い、国内で手造りされた真剣です。侍ミュージアムは、骨董品としての日本刀を海外へ輸出するための正式な法的基準を熟知しており、これまで300振り以上の刀剣を世界中の愛好家様へお届けしてまいりました。 日本国内の刀剣はすべて文化庁および各都道府県の教育委員会に登録されており、一振りごとに登録証が発行されています。輸出に際しては、文化庁への「古美術品輸出監査証明」の申請と、教育委員会への登録証の返納手続きが必要となります。 書類提出後、輸出許可が下りるまで通常2〜4週間を要します。お手元に届くまでには、ご注文から約1ヶ月〜1ヶ月半ほどお時間をいただく形となりますので、予めご了承ください。詳細については、こちらをクリックしてご確認ください。












脇物 · 大和
現在7点販売中
金房派は、大和国奈良すなわち南都を本拠として室町末期から新刀期にかけて活動した一群である。説示によれば、金房某と銘する刀工が数多く知られて栄え、永正以降の年紀作をままみるという。同派の代表工としては政次があり、南都住金房兵衛尉政次と長銘を切る。ほかに政定が伝わり、南都住藤原朝臣金房左衛門尉政定作と銘し、永禄二年の年紀を有する作が知られる。大和の伝統的な五派との関係は明らかでないと説示は記しており、同地に拠りながらも別個の一派として隆盛をみたものと位置づけられる。同派に薙刀の遺例が比較的目立つのは、興福寺をはじめとする南都七大寺の僧兵の需要にこたえたものと説示は説く。 作風について説示が共通して挙げるのは、板目が流れて柾がかり、肌立つ鍛であり、地沸のつくもの、白気映りの立つものがみられる点である。刃文は、説示の一には直刃が最も多いとし、ほかにのたれや互の目を焼くと記すが、互の目調の大乱を主とする作も多く、腰の開いた互の目乱れに小足・葉のよく入るもの、足・葉が太く入るものが見受けられる。匂口は締まりごころとなるものを多く挙げ、一方で沈みごころとなるものにも触れる。帽子は乱れ込んで掃きかけ、先尖りごころに返るものや、やや長く焼き下げるものがある。造込みは身幅広く反り浅い大鋒の打刀姿を採り、末備前・末関などと共通する姿を示すと説示は述べ、薙刀造の作と併せて、実用に応じた一派の性格をうかがわせる。彫物には棒樋や倶利迦羅を施す例があり、茎は生ぶ、鑢目は勝手下りや筋違を交える。 鑑定にあたっては、柾がかって流れる板目鍛と、足・葉の目立つ互の目調の刃を要点とし、薙刀を含む実用本位の造込みを併せて見るべきものである。代表作としては政次の長大な薙刀があり、説示はこれを同派中の著名な一典型とする。政定の打刀には永禄の年紀と倶利迦羅の彫を備えた作が伝わる。なお薙刀には朱塗長巻拵などを附帯し、中身の製作に合わせて誂えられ、金具・塗りともそのままに保存される例もある。資料は僅少であるが、説示の記すところに従えば、金房派は大和奈良に拠りつつ伝統的な大和伝とは異なる作風を展開し、僧兵の需要を背景に薙刀と実用の刀槍を手がけた、室町末期を代表する一派として理解される。 詳しく見る →
室町時代
応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、信頼性に欠けるとされています。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)への再提出による現代の鑑定をご検討いただけます。
Returns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.