応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
出ました出ました古いお家代々大切に伝えられた江戸期の約200年前の当時のままの貴重な大小拵付きの作品が出ました。大小の刀を家に飾りたい方待望の作品です。大刀の作者は無銘ですが南都住金房兵衛尉政次位の刀として伝わっています。室町時代弘治頃(1555年)(471年前)上杉謙信と武田信玄が川中島で激闘した丁度その頃の作です。本刀は後世の武士が自分の差料にどうしてもしたくて自分の剣法に合わせて短くした刀で、元身幅と先身幅との差の有る反りの有る切っ先の大きい良い刀姿を現し、地金は御覧の様に良くは見えませんが板目肌に杢目肌を交え地沸が細かに付いた力強い地金を現しているのでしょうか、刃紋も良くは見えませんが匂い出来に小沸の付いた互の目乱れ刃に小足や葉がしきりに入っています。脇差の初代肥州出羽守行廣は慶長新刀の巨匠の初代肥前国忠吉の孫です。江戸時代寛文3年(1663年)(363年前)出羽守を受領します。又本行廣刀匠は向学心が素晴らしく旺盛で本脇差のように一あるいは一文字と切っているのは後に石堂派の鍛冶から備前伝の鍛法を習った為です。一を切るのは備前一文字伝を強く現したものです。佐賀武雄藩鍋島家2万1千600石のお抱え鍛冶になります。本脇差の姿は元身幅広く先身幅も広い豪快な脇差姿を現し、地金は小板目が良く詰み地には細かな地沸がつき、刃紋は匂い出来に小沸の付いた家伝の直ぐ調の刃を焼き見事です。拵えも江戸期の赤坂の鉄地大小鍔を付け、縁頭も大小赤銅地波の図、目貫も金色絵大小龍の図の付けた経年変化の痛みはありますが豪華な拵えが本大小の刀に一層華を添えています。この度古いお家代々大切にしてきた大小揃えの刀ですが、自分達も年を取りましたので、大切にして頂ける方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に大刀の刀身には大きな肌も有りますので貴重な当時のままの大小ですが特別に格安にてご提供いたします是非お楽しみ下さい。
Certificate reading — 無銘(金房)
無銘 · 室町 · 長さ 68.6cm · 反り 2.2cm


















































脇物 · 大和
現在8点販売中
金房派は、大和国奈良すなわち南都を本拠として室町末期から新刀期にかけて活動した一群である。説示によれば、金房某と銘する刀工が数多く知られて栄え、永正以降の年紀作をままみるという。同派の代表工としては政次があり、南都住金房兵衛尉政次と長銘を切る。ほかに政定が伝わり、南都住藤原朝臣金房左衛門尉政定作と銘し、永禄二年の年紀を有する作が知られる。大和の伝統的な五派との関係は明らかでないと説示は記しており、同地に拠りながらも別個の一派として隆盛をみたものと位置づけられる。同派に薙刀の遺例が比較的目立つのは、興福寺をはじめとする南都七大寺の僧兵の需要にこたえたものと説示は説く。 作風について説示が共通して挙げるのは、板目が流れて柾がかり、肌立つ鍛であり、地沸のつくもの、白気映りの立つものがみられる点である。刃文は、説示の一には直刃が最も多いとし、ほかにのたれや互の目を焼くと記すが、互の目調の大乱を主とする作も多く、腰の開いた互の目乱れに小足・葉のよく入るもの、足・葉が太く入るものが見受けられる。匂口は締まりごころとなるものを多く挙げ、一方で沈みごころとなるものにも触れる。帽子は乱れ込んで掃きかけ、先尖りごころに返るものや、やや長く焼き下げるものがある。造込みは身幅広く反り浅い大鋒の打刀姿を採り、末備前・末関などと共通する姿を示すと説示は述べ、薙刀造の作と併せて、実用に応じた一派の性格をうかがわせる。彫物には棒樋や倶利迦羅を施す例があり、茎は生ぶ、鑢目は勝手下りや筋違を交える。 鑑定にあたっては、柾がかって流れる板目鍛と、足・葉の目立つ互の目調の刃を要点とし、薙刀を含む実用本位の造込みを併せて見るべきものである。代表作としては政次の長大な薙刀があり、説示はこれを同派中の著名な一典型とする。政定の打刀には永禄の年紀と倶利迦羅の彫を備えた作が伝わる。なお薙刀には朱塗長巻拵などを附帯し、中身の製作に合わせて誂えられ、金具・塗りともそのままに保存される例もある。資料は僅少であるが、説示の記すところに従えば、金房派は大和奈良に拠りつつ伝統的な大和伝とは異なる作風を展開し、僧兵の需要を背景に薙刀と実用の刀槍を手がけた、室町末期を代表する一派として理解される。 詳しく見る →
室町時代
応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様ご都合による返品の場合はお客様ご負担となります。ご了承くださいませ。弊社の誤送、商品不良等による返品の場合は弊社にて負担いたします。
¥950,000
出ました出ました古いお家代々大切に伝えられた江戸期の約200年前の当時のままの貴重な大小拵付きの作品が出ました。大小の刀を家に飾りたい方待望の作品です。大刀の作者は無銘ですが南都住金房兵衛尉政次位の刀として伝わっています。室町時代弘治頃(1555年)(471年前)上杉謙信と武田信玄が川中島で激闘した丁度その頃の作です。本刀は後世の武士が自分の差料にどうしてもしたくて自分の剣法に合わせて短くした刀で、元身幅と先身幅との差の有る反りの有る切っ先の大きい良い刀姿を現し、地金は御覧の様に良くは見えませんが板目肌に杢目肌を交え地沸が細かに付いた力強い地金を現しているのでしょうか、刃紋も良くは見えませんが匂い出来に小沸の付いた互の目乱れ刃に小足や葉がしきりに入っています。脇差の初代肥州出羽守行廣は慶長新刀の巨匠の初代肥前国忠吉の孫です。江戸時代寛文3年(1663年)(363年前)出羽守を受領します。又本行廣刀匠は向学心が素晴らしく旺盛で本脇差のように一あるいは一文字と切っているのは後に石堂派の鍛冶から備前伝の鍛法を習った為です。一を切るのは備前一文字伝を強く現したものです。佐賀武雄藩鍋島家2万1千600石のお抱え鍛冶になります。本脇差の姿は元身幅広く先身幅も広い豪快な脇差姿を現し、地金は小板目が良く詰み地には細かな地沸がつき、刃紋は匂い出来に小沸の付いた家伝の直ぐ調の刃を焼き見事です。拵えも江戸期の赤坂の鉄地大小鍔を付け、縁頭も大小赤銅地波の図、目貫も金色絵大小龍の図の付けた経年変化の痛みはありますが豪華な拵えが本大小の刀に一層華を添えています。この度古いお家代々大切にしてきた大小揃えの刀ですが、自分達も年を取りましたので、大切にして頂ける方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に大刀の刀身には大きな肌も有りますので貴重な当時のままの大小ですが特別に格安にてご提供いたします是非お楽しみ下さい。
Certificate reading — 無銘(金房)
無銘 · 室町 · 長さ 68.6cm · 反り 2.2cm


















































脇物 · 大和
現在8点販売中
金房派は、大和国奈良すなわち南都を本拠として室町末期から新刀期にかけて活動した一群である。説示によれば、金房某と銘する刀工が数多く知られて栄え、永正以降の年紀作をままみるという。同派の代表工としては政次があり、南都住金房兵衛尉政次と長銘を切る。ほかに政定が伝わり、南都住藤原朝臣金房左衛門尉政定作と銘し、永禄二年の年紀を有する作が知られる。大和の伝統的な五派との関係は明らかでないと説示は記しており、同地に拠りながらも別個の一派として隆盛をみたものと位置づけられる。同派に薙刀の遺例が比較的目立つのは、興福寺をはじめとする南都七大寺の僧兵の需要にこたえたものと説示は説く。 作風について説示が共通して挙げるのは、板目が流れて柾がかり、肌立つ鍛であり、地沸のつくもの、白気映りの立つものがみられる点である。刃文は、説示の一には直刃が最も多いとし、ほかにのたれや互の目を焼くと記すが、互の目調の大乱を主とする作も多く、腰の開いた互の目乱れに小足・葉のよく入るもの、足・葉が太く入るものが見受けられる。匂口は締まりごころとなるものを多く挙げ、一方で沈みごころとなるものにも触れる。帽子は乱れ込んで掃きかけ、先尖りごころに返るものや、やや長く焼き下げるものがある。造込みは身幅広く反り浅い大鋒の打刀姿を採り、末備前・末関などと共通する姿を示すと説示は述べ、薙刀造の作と併せて、実用に応じた一派の性格をうかがわせる。彫物には棒樋や倶利迦羅を施す例があり、茎は生ぶ、鑢目は勝手下りや筋違を交える。 鑑定にあたっては、柾がかって流れる板目鍛と、足・葉の目立つ互の目調の刃を要点とし、薙刀を含む実用本位の造込みを併せて見るべきものである。代表作としては政次の長大な薙刀があり、説示はこれを同派中の著名な一典型とする。政定の打刀には永禄の年紀と倶利迦羅の彫を備えた作が伝わる。なお薙刀には朱塗長巻拵などを附帯し、中身の製作に合わせて誂えられ、金具・塗りともそのままに保存される例もある。資料は僅少であるが、説示の記すところに従えば、金房派は大和奈良に拠りつつ伝統的な大和伝とは異なる作風を展開し、僧兵の需要を背景に薙刀と実用の刀槍を手がけた、室町末期を代表する一派として理解される。 詳しく見る →
室町時代
応仁の乱が足利の体制を砕いた後、戦国の一世紀はほとんどすべての国を武装させた。この時代は選ぶ目に報いる。並の作は多いが、その傍らには第一級の注文打ちが立っている。
銘が正しい、または無銘でも年代・国・系統を確実に指摘できる、保存に値する真正の作と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイトお客様ご都合による返品の場合はお客様ご負担となります。ご了承くださいませ。弊社の誤送、商品不良等による返品の場合は弊社にて負担いたします。
¥950,000