説明

刀剣小町 脇差 銘文 表 : 金房隼人丞正真作 白鞘入 拵付き (Wakizashi, Kanabo Hayato Jyo Masazane) 菊唐草揃金具合口拵 : 枝菊図小柄(赤銅魚々子地金色絵)、樋定規菊花文図目貫(赤銅地金色絵)、菊唐草図頭・縁・鞘口・鐺(赤銅魚々子地金色絵)、黒石目塗鞘 大和金房派の代表工・正真初代は、室町時代後期天文頃、現在の奈良市西三条町金房辻あたりで作刀しました。「南都住藤原正真」「南都住藤原朝臣金房隼人尉正真」「南都金房隼人丞正真作」「金房隼人佐正真」「正真」などと銘をきります。本作は、先反りつく平造脇差で、鍛え肌よく見て取れ白気がかる地鉄に、沸づく湾れ乱れ刃文を焼いた一口です。黒に金のコントラストが映える菊の図柄の金具を用いた拵が付いています。 素銅地金着二重ハバキ、白鞘、白鞘袋、拵、拵袋、登録証(鳥取県20133号 昭和五参年六月壹五日交付)、 TEL : (03)5284-9014 / FAX : (03)5284-9043

脇差 白鞘入り 拵付き
売切れ
Hozon売切れ

脇差 白鞘入り 拵付き

脇差

売却済

世界81社の刀剣商を横断追跡 · 価格履歴 · 売却アーカイブ

仕様

長さ

36 cm

反り

0.7 cm

元幅

2.93 cm

流派について

Kanabo School金房派

金房派は、大和国奈良すなわち南都を本拠として室町末期から新刀期にかけて活動した一群である。説示によれば、金房某と銘する刀工が数多く知られて栄え、永正以降の年紀作をままみるという。同派の代表工としては政次があり、南都住金房兵衛尉政次と長銘を切る。ほかに政定が伝わり、南都住藤原朝臣金房左衛門尉政定作と銘し、永禄二年の年紀を有する作が知られる。大和の伝統的な五派との関係は明らかでないと説示は記しており、同地に拠りながらも別個の一派として隆盛をみたものと位置づけられる。同派に薙刀の遺例が比較的目立つのは、興福寺をはじめとする南都七大寺の僧兵の需要にこたえたものと説示は説く。 作風について説示が共通して挙げるのは、板目が流れて柾がかり、肌立つ鍛であり、地沸のつくもの、白気映りの立つものがみられる点である。刃文は、説示の一には直刃が最も多いとし、ほかにのたれや互の目を焼くと記すが、互の目調の大乱を主とする作も多く、腰の開いた互の目乱れに小足・葉のよく入るもの、足・葉が太く入るものが見受けられる。匂口は締まりごころとなるものを多く挙げ、一方で沈みごころとなるものにも触れる。帽子は乱れ込んで掃きかけ、先尖りごころに返るものや、やや長く焼き下げるものがある。造込みは身幅広く反り浅い大鋒の打刀姿を採り、末備前・末関などと共通する姿を示すと説示は述べ、薙刀造の作と併せて、実用に応じた一派の性格をうかがわせる。彫物には棒樋や倶利迦羅を施す例があり、茎は生ぶ、鑢目は勝手下りや筋違を交える。 鑑定にあたっては、柾がかって流れる板目鍛と、足・葉の目立つ互の目調の刃を要点とし、薙刀を含む実用本位の造込みを併せて見るべきものである。代表作としては政次の長大な薙刀があり、説示はこれを同派中の著名な一典型とする。政定の打刀には永禄の年紀と倶利迦羅の彫を備えた作が伝わる。なお薙刀には朱塗長巻拵などを附帯し、中身の製作に合わせて誂えられ、金具・塗りともそのままに保存される例もある。資料は僅少であるが、説示の記すところに従えば、金房派は大和奈良に拠りつつ伝統的な大和伝とは異なる作風を展開し、僧兵の需要を背景に薙刀と実用の刀槍を手がけた、室町末期を代表する一派として理解される。

刀剣商

刀剣小町

toukenkomachi.com

売切れ