M257. Kotsuka signed Nomura Masahide. 9.7 x 1.3 cm. Copper nanako plate (front and sides) with a shakudo back. Grain stalks and seeds (rice?) are worked in shakudo with gold. Condition is excellent. Masahide was adopted into the Nomura family and became the 5th master. He lived in Edo, mid to late Edo period. This kotsuka comes in a box with pillow and with a Tokubetsu Kicho paper from the NBTHK, dated 1971. The paper was given to R.B. Caldwell, a fittings collector about whose collection books have been written.










正秀
江戸
在銘
特別貴重 (NBTHK)
金工 · 1670頃
正秀の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
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金工
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野村派は江戸に拠点を置いた金工の一流であり、江戸時代中期を中心に活動した。説示において「江戸野村派の上手」[[c:3]]と称される野村正秀をはじめ、同派の中核をなす師弟の系譜として野村正道(正道、別称・正道)の名が繰り返し記される。正道の門人として最も多くの指定作を残す津尋甫(大津八左衛門)は、江戸銀座四丁目辺に住し、享保七年(一七二二)頃より宝暦十二年(一七六二)の歿年まで活動したことが説示に明記されている。正道から尋甫へと連なる師承の軸が、同派の中心的な伝系を構成する。 野村派の共通した作風は、赤銅魚子地を基調とし、高彫を主技法とする力強い写実表現に集約される。説示には「写実に徹した作が多く」[[c:4]]「作風は力強く且つ写生的」[[c:5]]との評が繰り返し見られ、海老・猛禽・百合・小禽といった動植物の題材が一貫して取り上げられている。柏樹に猛禽を配した縁頭の図柄は「極めて迫力があり、傑作がある」[[c:6]]と評され、海老の描写については「人の目を驚かすものがあり、すべて生物の作に秀れている」[[c:7]]と記されるなど、自然の生態を直截に捉える観察眼が同派の最大の特質として位置づけられる。技法面では、赤銅高彫のほか、金色絵・据文・色絵による多彩な金属表現が施され、素銅や金を用いた立体的な意匠が構成に奥行きを与えている。一部の作品には後藤家の作風との関連が指摘され、「後藤風の格調高さに加えて、彫口に尋甫ならではの力強さ、斬新さが看取される」[[c:8]]と説示に記される。また『加納夏雄彫金談』の「紋模様際立って鮮麗なり」[[c:9]]との引用が、同派の精緻にして鮮明な彫技を裏づけている。作品形態は縁頭が最も多く、鐔・小柄・三所物がこれに次ぐ。 野村派の意義は、後藤家に範を仰ぎつつも、写実に徹した独自の表現領域を確立した点にある。十二支図三所物のように「後藤上代の作に範をとった」[[c:10]]構成においても、説示は「尋甫ならではの力強さ、斬新さ」[[c:11]]を看取しており、伝統的な格式と独創的な写生精神との融合が同派の本領として評価されている。縁頭の作に「特に傑出したものが多い」[[c:12]]とされ、柏樹猛禽図や百合花図の諸作が繰り返し傑作と称されるように、野村派は赤銅魚子地高彫という技法的基盤のうえに、力強い造形と鋭い彫法をもって江戸金工の一角に確固たる地位を占めている。 詳しく見る →
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、現在の日刀保ではほとんど認められていません。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)に再提出し、現行の鑑定を受けることもご検討ください。
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