商品詳細 特別保存刀装具 団栗図三所物 無銘(野村) ¥460,000 (税込)送料無料 購入のお問い合わせ 無銘 野村 小柄・笄:赤銅魚子地 高彫 金色絵 裏哺金 目貫:赤銅地 容彫 金色絵 根(素銅) 時代:江戸中後期 小柄:長さ 96.6mm 幅 14.6~14.9mm 高さ 4.5mm(紋部高さ 6.6mm) 重量 32.9g 笄:長さ 213mm 幅 12.4mm 高さ 4mm(紋部高さ 4.8mm) 重量 38.3g 目貫:長さ 34.6mm 幅 12.8mm 高さ(根含む) 9.4mm 長さ 33.8mm 幅 12.7mm 高さ(根含む) 9.7mm ※ノギスによる計測のため、多少の誤差はご容赦ください。 野村家は阿波藩主・蜂須賀家のお抱え工であり、「阿波後藤」とも称されます。 初代・野村正時は元和三年(1617)に生まれ、後藤宗家七代・顕乗、あるいは五代・徳乗の門より出て一家を成しました。延宝七年(1679)に没した後も、野村家は阿波徳島と江戸において幕末まで繁栄を極めました。 野村家は精巧な技法を駆使する名手を多く輩出しており、二代・正則は「上手なり。甚だ巧みにしてそまつならず。手強し」と評されるほどの良工として知られています。本作もまた、その技量の高さを物語る逸品であることは言うまでもありません。後藤極めではなく「野村」と極められたその細部には、一派特有の見どころが凝縮されています。 魚子地の擦れもほとんど見られず、非常に状態の良い美品です。詳細はぜひ写真にてご確認ください。





















野村派
江戸
阿波
無銘
特別保存 (NBTHK)
金工
現在6点販売中
野村派は江戸に拠点を置いた金工の一流であり、江戸時代中期を中心に活動した。説示において「江戸野村派の上手」[[c:3]]と称される野村正秀をはじめ、同派の中核をなす師弟の系譜として野村正道(正道、別称・正道)の名が繰り返し記される。正道の門人として最も多くの指定作を残す津尋甫(大津八左衛門)は、江戸銀座四丁目辺に住し、享保七年(一七二二)頃より宝暦十二年(一七六二)の歿年まで活動したことが説示に明記されている。正道から尋甫へと連なる師承の軸が、同派の中心的な伝系を構成する。 野村派の共通した作風は、赤銅魚子地を基調とし、高彫を主技法とする力強い写実表現に集約される。説示には「写実に徹した作が多く」[[c:4]]「作風は力強く且つ写生的」[[c:5]]との評が繰り返し見られ、海老・猛禽・百合・小禽といった動植物の題材が一貫して取り上げられている。柏樹に猛禽を配した縁頭の図柄は「極めて迫力があり、傑作がある」[[c:6]]と評され、海老の描写については「人の目を驚かすものがあり、すべて生物の作に秀れている」[[c:7]]と記されるなど、自然の生態を直截に捉える観察眼が同派の最大の特質として位置づけられる。技法面では、赤銅高彫のほか、金色絵・据文・色絵による多彩な金属表現が施され、素銅や金を用いた立体的な意匠が構成に奥行きを与えている。一部の作品には後藤家の作風との関連が指摘され、「後藤風の格調高さに加えて、彫口に尋甫ならではの力強さ、斬新さが看取される」[[c:8]]と説示に記される。また『加納夏雄彫金談』の「紋模様際立って鮮麗なり」[[c:9]]との引用が、同派の精緻にして鮮明な彫技を裏づけている。作品形態は縁頭が最も多く、鐔・小柄・三所物がこれに次ぐ。 野村派の意義は、後藤家に範を仰ぎつつも、写実に徹した独自の表現領域を確立した点にある。十二支図三所物のように「後藤上代の作に範をとった」[[c:10]]構成においても、説示は「尋甫ならではの力強さ、斬新さ」[[c:11]]を看取しており、伝統的な格式と独創的な写生精神との融合が同派の本領として評価されている。縁頭の作に「特に傑出したものが多い」[[c:12]]とされ、柏樹猛禽図や百合花図の諸作が繰り返し傑作と称されるように、野村派は赤銅魚子地高彫という技法的基盤のうえに、力強い造形と鋭い彫法をもって江戸金工の一角に確固たる地位を占めている。 詳しく見る →
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト商品詳細 特別保存刀装具 団栗図三所物 無銘(野村) ¥460,000 (税込)送料無料 購入のお問い合わせ 無銘 野村 小柄・笄:赤銅魚子地 高彫 金色絵 裏哺金 目貫:赤銅地 容彫 金色絵 根(素銅) 時代:江戸中後期 小柄:長さ 96.6mm 幅 14.6~14.9mm 高さ 4.5mm(紋部高さ 6.6mm) 重量 32.9g 笄:長さ 213mm 幅 12.4mm 高さ 4mm(紋部高さ 4.8mm) 重量 38.3g 目貫:長さ 34.6mm 幅 12.8mm 高さ(根含む) 9.4mm 長さ 33.8mm 幅 12.7mm 高さ(根含む) 9.7mm ※ノギスによる計測のため、多少の誤差はご容赦ください。 野村家は阿波藩主・蜂須賀家のお抱え工であり、「阿波後藤」とも称されます。 初代・野村正時は元和三年(1617)に生まれ、後藤宗家七代・顕乗、あるいは五代・徳乗の門より出て一家を成しました。延宝七年(1679)に没した後も、野村家は阿波徳島と江戸において幕末まで繁栄を極めました。 野村家は精巧な技法を駆使する名手を多く輩出しており、二代・正則は「上手なり。甚だ巧みにしてそまつならず。手強し」と評されるほどの良工として知られています。本作もまた、その技量の高さを物語る逸品であることは言うまでもありません。後藤極めではなく「野村」と極められたその細部には、一派特有の見どころが凝縮されています。 魚子地の擦れもほとんど見られず、非常に状態の良い美品です。詳細はぜひ写真にてご確認ください。





















野村派
江戸
阿波
無銘
特別保存 (NBTHK)
金工
現在6点販売中
野村派は江戸に拠点を置いた金工の一流であり、江戸時代中期を中心に活動した。説示において「江戸野村派の上手」[[c:3]]と称される野村正秀をはじめ、同派の中核をなす師弟の系譜として野村正道(正道、別称・正道)の名が繰り返し記される。正道の門人として最も多くの指定作を残す津尋甫(大津八左衛門)は、江戸銀座四丁目辺に住し、享保七年(一七二二)頃より宝暦十二年(一七六二)の歿年まで活動したことが説示に明記されている。正道から尋甫へと連なる師承の軸が、同派の中心的な伝系を構成する。 野村派の共通した作風は、赤銅魚子地を基調とし、高彫を主技法とする力強い写実表現に集約される。説示には「写実に徹した作が多く」[[c:4]]「作風は力強く且つ写生的」[[c:5]]との評が繰り返し見られ、海老・猛禽・百合・小禽といった動植物の題材が一貫して取り上げられている。柏樹に猛禽を配した縁頭の図柄は「極めて迫力があり、傑作がある」[[c:6]]と評され、海老の描写については「人の目を驚かすものがあり、すべて生物の作に秀れている」[[c:7]]と記されるなど、自然の生態を直截に捉える観察眼が同派の最大の特質として位置づけられる。技法面では、赤銅高彫のほか、金色絵・据文・色絵による多彩な金属表現が施され、素銅や金を用いた立体的な意匠が構成に奥行きを与えている。一部の作品には後藤家の作風との関連が指摘され、「後藤風の格調高さに加えて、彫口に尋甫ならではの力強さ、斬新さが看取される」[[c:8]]と説示に記される。また『加納夏雄彫金談』の「紋模様際立って鮮麗なり」[[c:9]]との引用が、同派の精緻にして鮮明な彫技を裏づけている。作品形態は縁頭が最も多く、鐔・小柄・三所物がこれに次ぐ。 野村派の意義は、後藤家に範を仰ぎつつも、写実に徹した独自の表現領域を確立した点にある。十二支図三所物のように「後藤上代の作に範をとった」[[c:10]]構成においても、説示は「尋甫ならではの力強さ、斬新さ」[[c:11]]を看取しており、伝統的な格式と独創的な写生精神との融合が同派の本領として評価されている。縁頭の作に「特に傑出したものが多い」[[c:12]]とされ、柏樹猛禽図や百合花図の諸作が繰り返し傑作と称されるように、野村派は赤銅魚子地高彫という技法的基盤のうえに、力強い造形と鋭い彫法をもって江戸金工の一角に確固たる地位を占めている。 詳しく見る →
保存刀剣のうち、出来が一層優れ、保存状態も良好と認められたものです。再刃や、室町・江戸期の多くの無銘作は対象外となり、保存刀剣より高い基準が課されます。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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