二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
大久保和平(かずひら)刀匠は、昭和十八年(1943)神奈川県藤沢市生まれ。人間国宝である宮入昭平の門人で、本名を大久保十和彫(とわづ)と言います。昭和四十二年(1967)に作刀承認を得て独立、十和彫の「和」と師である昭平の「平」を受けて、刀匠銘を「和平」と改銘します。新作名刀展に出品し、優秀賞2回、奨励賞2回、努力賞7回と連続受賞を果たし、平成三年(1991)には薫山賞を受賞。平成十二年(2000)に無鑑査保持者として認定を受けましたが、惜しくも3年後の平成十五年(2003)2月24日に没しています。作風は師伝の相州伝のほか、備前伝など他の流派にも研究の幅を広げて作刀されていました。 本作刃長は二尺六寸と長寸、身幅元先広く、腰反りが利き、猪首風の切っ先となって、鎌倉中期の太刀姿を思わせる豪壮な刀姿です。鍛は精良な小板目肌に地沸がつき、総体破綻なく潤いのある地鉄です。刃文は互の目丁子乱れ、処々矢筈風の刃や尖り刃などが交じり、刃中には足・葉などが頻りに入って盛んに働きます。また物打ちに向かって徐々に焼を高める様は、誠に迫力があります。帽子は焼刃の勢いを落とし、湾れて先やや尖り心に返ります。茎には丁寧に筋違鑢がかかり、佩表に刀工銘、裏に年紀を刻します。神奈川県出身の無鑑査刀匠 大久保和平刀匠の御刀。鎌倉期の優美な太刀姿に勢いのある焼刃と綺麗な地鉄が相まって、古作にも引けを取らない上々の出来口です。白鞘、金一重ハバキ。 【Additional Information】






販売店の記載のまま
相模 · 1926-1989頃
現在3点販売中
昭和から現代へ 断絶と再生
二十世紀は二度この工芸を殺しかけた。戦時の歪みと、占領下の禁令である。1948年の日刀保設立と1953年の作刀再開が刀を美術として再建し、人間国宝と無鑑査がその頂に立つ。
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