室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
【諸元】 銘:波平貞偶 種別:刀 時代:室町時代後期(永正頃) 樋:棒樋 長さ:63.4 cm 反り:0.9 cm 先幅:39 mm 元幅:28.5 mm 元重:7 mm 刀身全長:81.4 cm 鞘全長:89.5 cm 刀身重量:531 g 総重量(鞘含む):872 g 【解説】 本作は、室町時代後期、永正頃に活躍した薩摩波平派の刀工、貞偶の銘がある一振りです。 肌合いは、波平派の特色がよく表れた美しい柾目肌が立ち、地鉄は精良で、鍛えの良さを感じさせる潤いのある地景を呈しています。 刃文は直刃を基調に浅い湾れ(のたれ)を交え、小乱れが細やかに混じります。帽子は掃き掛け、わずかに返っています。 茎(なかご)は棟を磨き、目釘孔は三つ。筋違の切鑢が施されています。 研ぎの状態は古研ぎではありますが、鑑賞に十分堪えうるコンディションを保っています。 また、本作には白鞘が付属しており、室町後期の永正頃の作であることを示す鞘書きが記されています。 【歴史的背景】 薩摩国を拠点とする波平派は、平安時代から続く非常に長い歴史を持つ流派です。備前や相州といった主要な伝法ほど華やかではありませんが、鎌倉から室町時代にかけて、実戦に即した質の高い刀剣を数多く輩出しました。 波平貞偶は、戦乱と社会激変の渦中にあった室町時代後期に、この伝統ある流派の技を継承した職人の一人です。
































脇物 · 薩摩
現在13点販売中
波平派は、平安時代後期に正国なる刀工が大和より薩摩国谷山郡波平の地に来住して開祖となったと伝えられる。その子を行安といい、以後その門流は南北朝時代を経て幕末新々刀期にまで綿々と続いた。同派の中でも南北朝期を降らぬ刀工及びその作刀群を総称して古波平と呼び、波平安次の名跡は鎌倉中期から室町期にかけて継承されている。一説に安次は行安の門とも伝えられ、在銘作は数少なく資料的に極めて貴重である。 古波平の作風は大和気質の強く窺えるものであるが、鍛えは板目に流れ肌が目立って交じり、ねっとりとして軟らか味をおびた肌合を呈し、地沸がよくつき太い地景が随処に入る。刃文は細直刃を基調として匂口がうるみごころとなり、小沸がつき、刃縁にほつれが見られ、腰元を焼き落すなどの諸点に特色がある。帽子は直ぐに焼詰め、或いは丸く浅く返る。姿は腰反りのついた古様な太刀姿を呈し、南北朝期には身幅がやや広く元先の幅差が目立たず大鋒に結ぶなど時代色が現れる。 新刀期に入ると、延宝八年生まれの一平安代が同派の代表工となる。通称を玉置小市といい、初め父安貞について学び、のちに波平本家の大和守安国の門にも学んだ。享保六年正月、同国の正清と共に八代将軍吉宗に召されて江戸で鍛刀し、その技を認められて幕府から一葉葵紋を茎に切ることを許され、さらに帰途朝廷より主馬首に任ぜられた。安代は穏やかな直刃調浅くのたれた刃取りを得意とし、匂が深く沸が厚く強くつき、荒沸を交え、金筋・沸筋・砂流しがさかんに入るなど、働き豊富な作風を示している。 詳しく見る →
室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
30-day money-back guarantee from receipt; items must be unused, complete, in original packaging. Sale items Final Sale. Antique swords non-returnable (Japanese export law). Damage reported within 72 hours. Customer pays return shipping unless seller error/defect. Refunds within 14 days of inspection.
【諸元】 銘:波平貞偶 種別:刀 時代:室町時代後期(永正頃) 樋:棒樋 長さ:63.4 cm 反り:0.9 cm 先幅:39 mm 元幅:28.5 mm 元重:7 mm 刀身全長:81.4 cm 鞘全長:89.5 cm 刀身重量:531 g 総重量(鞘含む):872 g 【解説】 本作は、室町時代後期、永正頃に活躍した薩摩波平派の刀工、貞偶の銘がある一振りです。 肌合いは、波平派の特色がよく表れた美しい柾目肌が立ち、地鉄は精良で、鍛えの良さを感じさせる潤いのある地景を呈しています。 刃文は直刃を基調に浅い湾れ(のたれ)を交え、小乱れが細やかに混じります。帽子は掃き掛け、わずかに返っています。 茎(なかご)は棟を磨き、目釘孔は三つ。筋違の切鑢が施されています。 研ぎの状態は古研ぎではありますが、鑑賞に十分堪えうるコンディションを保っています。 また、本作には白鞘が付属しており、室町後期の永正頃の作であることを示す鞘書きが記されています。 【歴史的背景】 薩摩国を拠点とする波平派は、平安時代から続く非常に長い歴史を持つ流派です。備前や相州といった主要な伝法ほど華やかではありませんが、鎌倉から室町時代にかけて、実戦に即した質の高い刀剣を数多く輩出しました。 波平貞偶は、戦乱と社会激変の渦中にあった室町時代後期に、この伝統ある流派の技を継承した職人の一人です。
































脇物 · 薩摩
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波平派は、平安時代後期に正国なる刀工が大和より薩摩国谷山郡波平の地に来住して開祖となったと伝えられる。その子を行安といい、以後その門流は南北朝時代を経て幕末新々刀期にまで綿々と続いた。同派の中でも南北朝期を降らぬ刀工及びその作刀群を総称して古波平と呼び、波平安次の名跡は鎌倉中期から室町期にかけて継承されている。一説に安次は行安の門とも伝えられ、在銘作は数少なく資料的に極めて貴重である。 古波平の作風は大和気質の強く窺えるものであるが、鍛えは板目に流れ肌が目立って交じり、ねっとりとして軟らか味をおびた肌合を呈し、地沸がよくつき太い地景が随処に入る。刃文は細直刃を基調として匂口がうるみごころとなり、小沸がつき、刃縁にほつれが見られ、腰元を焼き落すなどの諸点に特色がある。帽子は直ぐに焼詰め、或いは丸く浅く返る。姿は腰反りのついた古様な太刀姿を呈し、南北朝期には身幅がやや広く元先の幅差が目立たず大鋒に結ぶなど時代色が現れる。 新刀期に入ると、延宝八年生まれの一平安代が同派の代表工となる。通称を玉置小市といい、初め父安貞について学び、のちに波平本家の大和守安国の門にも学んだ。享保六年正月、同国の正清と共に八代将軍吉宗に召されて江戸で鍛刀し、その技を認められて幕府から一葉葵紋を茎に切ることを許され、さらに帰途朝廷より主馬首に任ぜられた。安代は穏やかな直刃調浅くのたれた刃取りを得意とし、匂が深く沸が厚く強くつき、荒沸を交え、金筋・沸筋・砂流しがさかんに入るなど、働き豊富な作風を示している。 詳しく見る →
室町は刀剣業を産業に変えた。徒歩の集団戦とともに打刀が興り、長船と関は数打ち物と注文打ちを並行して産し、勘合貿易は日本刀を数万振の単位で海外へ運んだ。
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