美濃伝は、伝えによれば移住者が開いた。大和手掻系の出と伝えられる兼氏が志津に住し、新しい相州風で鍛えて、後世の鑑定家にその最上作は誰よりも正宗に近いと言わしめている。
出ました出ました古いお家代々大切に伝わった有名な美濃関の善定派の兼吉の寸延び短刀が出ました。兼吉の作品は全部が全部と言っても良いほどに家伝の直刃の焼刃の作品で有名です。初代兼吉は南北朝時代康応頃(1389年)(637年前)大和手掻包吉の子が大和志津包氏と共に関に移住し、大和志津は兼氏と名乗り、包吉は兼吉と名乗るようになり善定派の祖となる古い名門刀匠です。兼吉の名は有名ですが戦国時代に多くは消耗されたため現存作大変少なく本兼吉の寸延び短刀は素晴らしく貴重です。本短刀は室町時代大永頃(1521年)(505年前)丁度孫六兼元や和泉守藤原兼定(之定)が活躍した同じ頃の兼吉の短刀です。時は10代将軍足利義植が細川家に追われて足利幕府が衰退する時、朝廷では後柏原天皇の即位礼が財政難で遅れ、守護大名に代わり戦国大名が勃興する時で刀、脇差、短刀の需要が旺盛になる時です。本短刀の姿は元身幅広く先身幅も広い豪壮な健全な短刀姿を現し。地金は小板目肌が詰み地には地沸がついた地金を現し、刃紋は兼吉の独特の匂本位の直刃をきりりと見事に焼き中心のやすりは桧垣やすりとなった魅力的な寸延び短刀です。この度古いお家の方から自分達も年を取りましたので善定派の頭領鍛冶の兼吉の短刀を大切にして頂ける方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に特別にご厚意で500年も前の兼吉の短刀を超格安にてご提供いたします。是非お楽しみ下さいませ。













美濃伝 · 美濃 · 1390-1394頃
刀剣大鑑 上位37%
兼吉の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
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美濃伝 · 美濃
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南北朝時代の美濃
美濃伝は、伝えによれば移住者が開いた。大和手掻系の出と伝えられる兼氏が志津に住し、新しい相州風で鍛えて、後世の鑑定家にその最上作は誰よりも正宗に近いと言わしめている。
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