第十八回特別重要刀剣の太刀は、生ぶ茎に二字銘を切り大徳川家に伝来した一口であるが、その説明書は同工を識る常の見どころを明記する。乱れが逆がかるところは「古備前の中でも行秀によく見る個性的な態」である、と。行秀は平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての古備前刀工で、友成系と伝え、古備前工としては現存作を比較的多く見る。銘鑑では古備前と一文字派の双方に同名が存在し、作風・銘振り共に相似てそれぞれに相違があるため、ほぼ全ての説明がまずその鑑別を述べ、指定を受けた十六口はいずれも古備前行秀と鑑せられている。また同銘には大振の銘や小振の銘もあり、何人かいたようであるとも記される。
見どころは二つと、説明書は半世紀にわたりほぼ同じ言葉で繰り返す。すなわち「古来刃中に逆ごころの刃が交じり、二重刃がかかる点などが見どころ」とされる。第一は逆ごころで、乱れ・足が逆がかり、中央辺の小丁子が逆がかって、小足に逆足を交える。徳川将軍家伝来の太刀の説明は、小沸出来の刃文がやや逆がかり所々に互の目を交える出来を「どこか他の古備前物と異なった作風を示している点にこの工の特色がある」と評する。第二は二重刃で、焼頭より少し離れて飛焼・湯走りが点続し、中程より物打にかけて二重刃状を呈する。この態は同じ古備前の成高・友村・助村らにも見ることがあるという。
鍛えは板目に杢を交え、地沸が厚く、優品では微塵につき、地景細かに入り、乱れ映りまたは地斑映りが立つ。最も優れた作では「鎬まで達する地斑映りが見事」と称され、第二十六回特別重要の太刀では小板目がいかにもよくつみ「一見京物にも見紛う精良な肌合」と評される。刃文は直刃調か浅いのたれを基調に小乱れ・小丁子・小互の目を交え、足・葉よく入り、小沸つき、金筋・砂流しかかる穏やかな焼刃で、帽子は直ぐに小丸、まま焼詰め風となる。華やかに乱れるものの少ない「総じて古香」な古備前の通例の中にあって、その静かな乱れの傾く方向こそが行秀の印である。
指定作十六口のうち十三口が在銘、三口が無銘である。銘は二字銘のみを佩表棟寄りに、やや太鏨、時に大振りに切り、細鏨の一例もある。昭和四十五年の重要刀剣説明は現存有銘作を十指に満たないとしたが、現在の指定記録には十三口の在銘作が含まれ、銘字の鮮明な太刀は「同工の作域や銘字を知る上で貴重な作」と称される。姿は腰反り高く踏張りのつく太刀姿で、八一・六糎の長寸作は身幅広く重ね厚い。在銘作はすべて太刀、無銘の三口は太刀・刀・脇指で、極めは同じ規準による。脇指では匂口の締まりごころに逆がかった丁子のついた刃文から「行秀の極めは最も妥当」とされ、寛文八年本阿弥光常代百五拾貫、元禄十六年光忠代金子十枚の折紙が附く。一方、逆ごころの見られない一口にはその旨が明記されるなど、鑑別は率直である。
系譜は友成系と伝えるのみで、弟子の名は伝わらない。学問上の問題はむしろ一文字派の同名との鑑別にあり、ほぼ全ての説明が冒頭にこれを置く。大徳川家伝来の太刀の力強い体配は、同作中唯一の重要文化財指定の太刀と同様とされる。戦前に重要美術品に認定された三口の在銘太刀の解説も同趣で、匂勝ち小沸出来の乱れに逆ごころの足を交えるものを典型とし、一口については「行秀の作では珍しく匂勝ちの直刃」と記す。
藤代の極めで上々作。指定品は十六口、特別重要刀剣三口・重要刀剣九口の計十二口に、戦前認定の重要美術品三口、重要文化財の太刀一口を加える。伝来は小さな作刀群に対して際立ち、大徳川家・徳川将軍家・仙台伊達家(江戸中期の紫檀木地獅子丸紋螺鈿衛府太刀拵を附帯)に伝わり、出羽荘内藩士伝来の太刀は「かすがい留め行秀」と称せられて有名である。現在所在の知られるものは佐野美術館所蔵の作例のほかは内外の個人蔵で、市場に現れることは稀である。数少ない有銘作は同工の作域と銘字を伝える第一の資料であり、逆がかる二字銘の一口は、平安・鎌倉の移行期の個銘をその銘とともに手にしうる数少ない機会となる。