助平は古来、高平・包平と並んで「備前三平」と称せられる古備前の刀工である。三者の現存は大きく異なり、説明書は「包平はまま見られるものの、助平は極く稀」とし、高平に至っては確実なものを経眼しないとする。平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての工で、本会の経眼した作はいずれも「備前国助平」と五字の長銘にきられ、「二字銘には接しない」。長銘のものが二口のみで他は全て二字銘の包平とは逆である。
現存最上の作は、第四十九回に重要刀剣、第十八回に特別重要刀剣に指定された生ぶの太刀である。細身で元先の幅差つき、踏張りがあり、腰反り高く先へ行くに従い反り浅く、小鋒となる。茎は生ぶの雉子股形で、目釘孔の下に細鏨大振りの五字銘がある。説明書はその太刀姿を「凜然として優雅であり」、同工の数少ない生ぶ在銘の太刀として「資料的にも頗る貴重であり」、加えて地刃共に健全とする。
その鍛えは板目に杢が交じり、地沸よくつき、細かな地景が頻りに入り、乱れ映り立つ。刃文は焼低く、直刃調に小乱れ・小互の目・小丁子交じり、小足・葉入る。小沸厚くつき、金筋・砂流し細かにかかる。刃に沿って断続的に湯走り・二重刃を交え、帽子は直ぐに小丸に返って二重刃かかる。説明書はこれらが「古備前物の古香で深い味わいを醸成している」とする。
他の在銘の太刀は同じ手をより静かに示し、説明書はこれを率直に評する。第三十三回の細身の太刀は指定時に米国の所蔵で、板目に小杢目交じり、細直刃調に互の目・小のたれ・小乱れ交じり、打のけ・砂流し・金筋かかり、「焼の低い直刃調小乱れの渋味のある出来で、地刃よく沸づき」とされる。第二十九回の太刀は磨上げながら腰反り深く、直刃調の小乱れに焼頭に湯走りかかり、棒樋を掻くが、銘はやや明瞭を欠く。第十三回の殆んど生ぶの太刀は「太刀姿に古香がある」が、「地刃は総体に疲れごころとなり」、小乱れの刃文もやや整わない。
第二十九回の説明書は、本工の作を他の現存在銘作と並べて見る。当時御物とされた太刀、旧御物で現東京国立博物館の太刀、日光東照宮の焼身である。その御物の太刀は踏張りあり鋒小さく、小板目肌よくつみ地沸つき、刃文は小乱れに小丁子を交じえ、足・葉しきりに入り、処々に金筋がかかり、説明書は「ともに古備前の趣を示し、またこの工の特色が窺える」とし、三口の長銘が酷似するとする。本間による御物台帳には在銘の太刀二口が所載し、一口は藤堂家から、同台帳に御物と記されるもう一口は岩崎家から、それぞれ明治天皇に献上されたものである。本間はこの二口を正真の作として「助平研究の足場とすべきであろう」とし、その出来は古備前物として首肯し得、銘も他の古備前物の銘と比較して無理がないとする。両者の「平」「国」の字のわずかな違いについては「製作年代の別によるものであろう」とする。
収集の観点からは、助平は初期備前の最も稀な名の一つである。藤代は上々作とする。特別重要刀剣一口、重要刀剣三口、両級併せて四口がすべて在銘で、ほかに本間の台帳の太刀二口がある。重要刀剣の一口は伏見宮家に伝来し、宝暦十三年の折紙と金梨子地菊花紋蒔絵糸巻太刀拵を伴う。私蔵の在銘助平は古備前を集める者にとって最も稀な出会いの一つであり、現れれば三平の一工を伝える資料として重んじられる。