稲穂図縁頭在銘『吉岡因幡介』保存刀装具鑑定書 鉄地 高彫 金銀象嵌 縁 縦幅38ミリ 横幅22ミリ 重ね10ミリ 重量17グラム 頭 縦幅34ミリ 横幅18ミリ 重ね8ミリ 重量10グラム ( 全て約です。 ) 吉岡因幡介は徳川幕府の抱工として著名で後に分家して江戸時代末期迄続く後藤家に続く名誉ある名工です。 本作は将軍家の御用を務めた真価を十分に発揮し丁寧に仕上げられた素晴らしい作品です。 0円 (税込)




吉岡因幡介
江戸
保存 (NBTHK)
家彫 · 1670頃
現在7点販売中
吉岡因幡介は、徳川幕府の抱え金工として知られる吉岡家の歴代当主が受領した官位名である。吉岡家は初代重次が慶長年間に徳川家康に召し出されて以来、幕末の九代重貞に至るまで繁栄を誇った。代々藤原姓を冠称し、二代以降は因幡介の官位を受領したが、上代の作は幕府への納品のため全て無銘である。「吉岡因幡介」と五字銘に切るのは五代易次あたりからと思われるが、個銘を切らぬため代別は困難である。幕府の御用を務めた権威ある家柄であり、百俵十人扶持を支給された。
作風は、赤銅魚子地に高彫金色絵を施すものが多く、堅実精巧な作風を特色とする。題材は、近江八景のような風景、流水に立沢瀉紋、竹に虎、竜虎など多様である。色絵には金、銀、四分一、素銅など多種の色金を用い、豪華さの中にも格調が感じられる。金据文、金象嵌、金覆輪などの技法も駆使し、絵筆の筆勢そのままに描かれた金の平象嵌と高肉の金据文の対照の妙が見られる。魚子地は一面に魚子をまき、上品で清麗な印象を与える。
吉岡因幡介の作品は、幕府抱え金工としての真価を存分に発揮した出来口を示しており、将軍家の御用を務めた名工として評価が高い。「吉岡流の堅実な彫口に多種の色金を用いた色絵が的確に施されるなど、豪華さの中にも格調に満ちた出来口を示しており、幕府抱え金工としての真価が存分に発揮されている」[[c:1]]と評されるように、その技術と意匠は高く評価されている。後藤家と同様に、赤銅地に高彫金色絵を施し、堅実精巧な作風を特色とした。
因幡介の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
家彫
現在15点販売中
吉岡家は徳川幕府の抱え金工として百俵十人扶持を支給された権威ある家柄である。初代重次が慶長年間に徳川家康に召し出されて以来、幕末の九代重貞に至るまで繁栄を誇った。歴代にわたって藤原姓を冠称し、二代からは因幡介の官位を受領している。しかし上代の作は幕府への納品であったため全て無銘であり、「吉岡因幡介」と五字銘に切るようになったのは五代易次あたりからと考えられる。個銘を切らぬため代別は困難であるが、宝永三年に先代重長の隠居により理左衛門を襲名し、宝永七年に因幡介に叙任された四代重廣、および個銘と行年銘を添えた作品が現存する七代照次が、指定作品群において特に重要な存在として浮かび上がる。 吉岡流の作風は、赤銅魚子地に高彫・金色絵を施す堅実精巧な彫口を最大の特色とする。後藤家と同様の素材と技法を用いながらも、将軍家御用の品格にふさわしい格調の高さを一貫して保っている。その技術の幅は広く、金据文・金平象嵌・金象嵌を巧みに使い分け、時に墨絵風の筆勢をそのまま金象嵌で表現する妙技も見せる。また金・銀・四分一・素銅など多種の色金を用いた色絵を的確に施し、豪華さの中にも格調に満ちた出来口を示す。制作の特筆すべき点は、鐔・縁頭・小柄・笄・目貫を同一の意匠と技法で統一した一作金具・総金具の制作に秀でていることである。丸に三葉葵紋散し、立沢瀉紋、稲穂文、竜虎図など、主題を全ての金具に一貫させ、赤銅魚子地に金色絵で格調高く仕上げる手法は吉岡家の真骨頂といえる。糸巻太刀拵や大小拵といった武家の儀仗に用いる拵形式において、総金具を一手に担う力量は、幕府抱え金工としての真価を遺憾なく発揮したものである。 吉岡家は装剣金工界の名門として、徳川将軍家および有力大名家の最も格式高い刀装を担った。紀州徳川家二代光貞の好みにより貞享三年に制作されたと伝える糸巻太刀拵、五代将軍綱吉の指料であった太刀の拵で後に十四代将軍家茂が所用したもの、加賀前田家伝来の糸巻太刀拵など、将軍家・御三家・有力外様大名への納品が指定品に確認される。説示において「後藤本家にも劣らぬ格調を備え持った」と評される点は、幕府お抱えの家彫として到達した芸格の高さを端的に示している。七代照次による個銘・行年銘を備えた親子鶏図三所物は、吉岡家の代別研究に不可欠な資料的価値を有し、四代重廣の在銘作もまた江戸中期の製作年代を知る上で貴重な金工資料とされる。将軍家の御用を務めた吉岡因幡介の真価を十分に発揮した作品群は、幕府抱え金工の頂点に位置する家系の力量と矜持を今日に伝えている。
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト返品の意思を商品到着日の翌日までに必ずメールもしくはファックスでご連絡ください。返品送料及び保険金額、返金振込手数料はお客様のご負担とさせていただきます。
稲穂図縁頭在銘『吉岡因幡介』保存刀装具鑑定書 鉄地 高彫 金銀象嵌 縁 縦幅38ミリ 横幅22ミリ 重ね10ミリ 重量17グラム 頭 縦幅34ミリ 横幅18ミリ 重ね8ミリ 重量10グラム ( 全て約です。 ) 吉岡因幡介は徳川幕府の抱工として著名で後に分家して江戸時代末期迄続く後藤家に続く名誉ある名工です。 本作は将軍家の御用を務めた真価を十分に発揮し丁寧に仕上げられた素晴らしい作品です。 0円 (税込)




吉岡因幡介
江戸
保存 (NBTHK)
家彫 · 1670頃
現在7点販売中
吉岡因幡介は、徳川幕府の抱え金工として知られる吉岡家の歴代当主が受領した官位名である。吉岡家は初代重次が慶長年間に徳川家康に召し出されて以来、幕末の九代重貞に至るまで繁栄を誇った。代々藤原姓を冠称し、二代以降は因幡介の官位を受領したが、上代の作は幕府への納品のため全て無銘である。「吉岡因幡介」と五字銘に切るのは五代易次あたりからと思われるが、個銘を切らぬため代別は困難である。幕府の御用を務めた権威ある家柄であり、百俵十人扶持を支給された。
作風は、赤銅魚子地に高彫金色絵を施すものが多く、堅実精巧な作風を特色とする。題材は、近江八景のような風景、流水に立沢瀉紋、竹に虎、竜虎など多様である。色絵には金、銀、四分一、素銅など多種の色金を用い、豪華さの中にも格調が感じられる。金据文、金象嵌、金覆輪などの技法も駆使し、絵筆の筆勢そのままに描かれた金の平象嵌と高肉の金据文の対照の妙が見られる。魚子地は一面に魚子をまき、上品で清麗な印象を与える。
吉岡因幡介の作品は、幕府抱え金工としての真価を存分に発揮した出来口を示しており、将軍家の御用を務めた名工として評価が高い。「吉岡流の堅実な彫口に多種の色金を用いた色絵が的確に施されるなど、豪華さの中にも格調に満ちた出来口を示しており、幕府抱え金工としての真価が存分に発揮されている」[[c:1]]と評されるように、その技術と意匠は高く評価されている。後藤家と同様に、赤銅地に高彫金色絵を施し、堅実精巧な作風を特色とした。
因幡介の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
家彫
現在15点販売中
吉岡家は徳川幕府の抱え金工として百俵十人扶持を支給された権威ある家柄である。初代重次が慶長年間に徳川家康に召し出されて以来、幕末の九代重貞に至るまで繁栄を誇った。歴代にわたって藤原姓を冠称し、二代からは因幡介の官位を受領している。しかし上代の作は幕府への納品であったため全て無銘であり、「吉岡因幡介」と五字銘に切るようになったのは五代易次あたりからと考えられる。個銘を切らぬため代別は困難であるが、宝永三年に先代重長の隠居により理左衛門を襲名し、宝永七年に因幡介に叙任された四代重廣、および個銘と行年銘を添えた作品が現存する七代照次が、指定作品群において特に重要な存在として浮かび上がる。 吉岡流の作風は、赤銅魚子地に高彫・金色絵を施す堅実精巧な彫口を最大の特色とする。後藤家と同様の素材と技法を用いながらも、将軍家御用の品格にふさわしい格調の高さを一貫して保っている。その技術の幅は広く、金据文・金平象嵌・金象嵌を巧みに使い分け、時に墨絵風の筆勢をそのまま金象嵌で表現する妙技も見せる。また金・銀・四分一・素銅など多種の色金を用いた色絵を的確に施し、豪華さの中にも格調に満ちた出来口を示す。制作の特筆すべき点は、鐔・縁頭・小柄・笄・目貫を同一の意匠と技法で統一した一作金具・総金具の制作に秀でていることである。丸に三葉葵紋散し、立沢瀉紋、稲穂文、竜虎図など、主題を全ての金具に一貫させ、赤銅魚子地に金色絵で格調高く仕上げる手法は吉岡家の真骨頂といえる。糸巻太刀拵や大小拵といった武家の儀仗に用いる拵形式において、総金具を一手に担う力量は、幕府抱え金工としての真価を遺憾なく発揮したものである。 吉岡家は装剣金工界の名門として、徳川将軍家および有力大名家の最も格式高い刀装を担った。紀州徳川家二代光貞の好みにより貞享三年に制作されたと伝える糸巻太刀拵、五代将軍綱吉の指料であった太刀の拵で後に十四代将軍家茂が所用したもの、加賀前田家伝来の糸巻太刀拵など、将軍家・御三家・有力外様大名への納品が指定品に確認される。説示において「後藤本家にも劣らぬ格調を備え持った」と評される点は、幕府お抱えの家彫として到達した芸格の高さを端的に示している。七代照次による個銘・行年銘を備えた親子鶏図三所物は、吉岡家の代別研究に不可欠な資料的価値を有し、四代重廣の在銘作もまた江戸中期の製作年代を知る上で貴重な金工資料とされる。将軍家の御用を務めた吉岡因幡介の真価を十分に発揮した作品群は、幕府抱え金工の頂点に位置する家系の力量と矜持を今日に伝えている。
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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