蕗図透鐔 長州正定 -Choshu Masasada- 縦70.6ミリ 横67.9ミリ 切羽台厚4.7ミリ 重さ81グラム 江戸後期頃 The late Edo period 附属 桐箱 正定は長州の鐔工で、鉄地を用いた透彫を主体に、草花などの身近な画題を表した作品を制作しています。長州鐔工には数多くの系統と工人が存在しますが、正定について伝わる詳しい経歴は限られており、本作も著名工による精緻な作というより、江戸後期の長州地方で制作された実用的な在銘鐔として捉えるのが適切です。 本作は鉄地丸形の画面いっぱいに蕗の葉と茎を配し、その間を大きく透かすことで、野辺に群生する蕗の姿を伸びやかに表しています。大ぶりな葉には毛彫で葉脈を刻み、曲線を描く茎や若い葉を地透によって連ね、素朴な草花の情景にささやかな生命感を加えています。葉の大小や茎の流れを左右非対称に組み合わせた構成は動きがあり、広く開けた透かしも相まって、拵に掛けた際には軽快で変化に富んだ姿を見せます。 在銘の長州鐔として時代を経た古色を楽しめるうえ、植物を画面全体へ大胆に展開した意匠にも見どころがあり、気軽に長州鐔の作風へ触れたい方や、草花を題材とした透鐔を集める方におすすめできる一品です。








鐔工 · 長門
現在24点販売中
長州(長門国)における鐔工の伝統は、京都の平安城透の鐔工が周防・長門の大内家に招かれて移住したことに始まる。この移住により古萩と呼ばれる一派が成立し、室町時代末期から江戸時代初期にかけて繁栄した。その後、毛利家の庇護のもとで長州は「東の会津、西の長州」と称されるほどの鐔の一大産地へと発展し、鐔工の数と作品数において全国有数の地位を占めるに至った。河治・中原・八道・岡田・岡本・金子・中井など多くの流派が輩出し、なかでも中井派の友恒(善助)は毛利家の抱え工として宝暦八年より三人扶持四石を支給され、萩鐔隆盛の一翼を担う名工として聞こえている。 長州鐔の作風は鉄地を基調とする。古萩は、画題が殆ど枝菊の鉄鐔であり、陰陽の透しを施して陰透しの線の細いところは京透に近似する一方、陽透しの部分は薄肉風に表され、「他工には見られない独特の雅味」と「繊細さと豊艶を併せ持つ渋みと柔らかな雅趣」を生み出している。後代の中井派はこの鉄地の伝統を継承しつつ、より広範な技法を駆使した。薄手の鉄地あるいは槌目鍛の鉄鐔を用い、鋤出高彫・肉彫地透・象嵌色絵・金布目象嵌など種々の工法を展開し、手長猿の遊ぶ山間の景や式三番を演じる翁と三番叟など、動きのある構図を見事に造形している。引き締まった肉取り、効果的な色金の配置、鋭く切り立った角耳に施された金布目象嵌など、鋭敏にして華麗な仕上げに特色がある。 長州鐔の伝統は、地方の鐔工群の枠を超えた存在として刀装具史上に独自の位置を占める。中井善助友恒の傑出した作品について、審査では「いわゆる萩鐔の範疇を超越した出来栄え」[[c:1]]であり「構図、彫技、鉄味ともに傑出している」[[c:2]]と評している。一方、古萩の作域は京都の透鐔の系譜に根ざしながらも「他の透鐔工には見られない古萩特有のもの」へと昇華されており、長門国における金工の深い蓄積と数世紀にわたる連続性を物語っている。 詳しく見る →
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
お求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。
¥33,000
蕗図透鐔 長州正定 -Choshu Masasada- 縦70.6ミリ 横67.9ミリ 切羽台厚4.7ミリ 重さ81グラム 江戸後期頃 The late Edo period 附属 桐箱 正定は長州の鐔工で、鉄地を用いた透彫を主体に、草花などの身近な画題を表した作品を制作しています。長州鐔工には数多くの系統と工人が存在しますが、正定について伝わる詳しい経歴は限られており、本作も著名工による精緻な作というより、江戸後期の長州地方で制作された実用的な在銘鐔として捉えるのが適切です。 本作は鉄地丸形の画面いっぱいに蕗の葉と茎を配し、その間を大きく透かすことで、野辺に群生する蕗の姿を伸びやかに表しています。大ぶりな葉には毛彫で葉脈を刻み、曲線を描く茎や若い葉を地透によって連ね、素朴な草花の情景にささやかな生命感を加えています。葉の大小や茎の流れを左右非対称に組み合わせた構成は動きがあり、広く開けた透かしも相まって、拵に掛けた際には軽快で変化に富んだ姿を見せます。 在銘の長州鐔として時代を経た古色を楽しめるうえ、植物を画面全体へ大胆に展開した意匠にも見どころがあり、気軽に長州鐔の作風へ触れたい方や、草花を題材とした透鐔を集める方におすすめできる一品です。








鐔工 · 長門
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長州(長門国)における鐔工の伝統は、京都の平安城透の鐔工が周防・長門の大内家に招かれて移住したことに始まる。この移住により古萩と呼ばれる一派が成立し、室町時代末期から江戸時代初期にかけて繁栄した。その後、毛利家の庇護のもとで長州は「東の会津、西の長州」と称されるほどの鐔の一大産地へと発展し、鐔工の数と作品数において全国有数の地位を占めるに至った。河治・中原・八道・岡田・岡本・金子・中井など多くの流派が輩出し、なかでも中井派の友恒(善助)は毛利家の抱え工として宝暦八年より三人扶持四石を支給され、萩鐔隆盛の一翼を担う名工として聞こえている。 長州鐔の作風は鉄地を基調とする。古萩は、画題が殆ど枝菊の鉄鐔であり、陰陽の透しを施して陰透しの線の細いところは京透に近似する一方、陽透しの部分は薄肉風に表され、「他工には見られない独特の雅味」と「繊細さと豊艶を併せ持つ渋みと柔らかな雅趣」を生み出している。後代の中井派はこの鉄地の伝統を継承しつつ、より広範な技法を駆使した。薄手の鉄地あるいは槌目鍛の鉄鐔を用い、鋤出高彫・肉彫地透・象嵌色絵・金布目象嵌など種々の工法を展開し、手長猿の遊ぶ山間の景や式三番を演じる翁と三番叟など、動きのある構図を見事に造形している。引き締まった肉取り、効果的な色金の配置、鋭く切り立った角耳に施された金布目象嵌など、鋭敏にして華麗な仕上げに特色がある。 長州鐔の伝統は、地方の鐔工群の枠を超えた存在として刀装具史上に独自の位置を占める。中井善助友恒の傑出した作品について、審査では「いわゆる萩鐔の範疇を超越した出来栄え」[[c:1]]であり「構図、彫技、鉄味ともに傑出している」[[c:2]]と評している。一方、古萩の作域は京都の透鐔の系譜に根ざしながらも「他の透鐔工には見られない古萩特有のもの」へと昇華されており、長門国における金工の深い蓄積と数世紀にわたる連続性を物語っている。 詳しく見る →
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