長州藩は、他藩へ輸出して藩の財源とするために、積極的に鐔造りを奨励し、その結果、長州は、東の会津に対して西の長州と言われるほど、鐔工とその作品の数が多いところとなりました。 長州鐔の作風は一概に言えないほど多岐に渡っており、特徴的な作風を有する流派はあまりなく、河治・中井・岡本・岡田・金子・中原・藤井・井上・八道といった各家が比較的著名です。 また、長州鐔には山水図が多く経眼されますが、その源は室町時代の画聖雪舟にあり、周防、長門、筑前、豊前、肥前を領有した守護大名大内氏の庇護により明国で水墨画を学んだ雪舟は、帰国後は山口天花の雲谷庵に落ち着き「山水長巻」をはじめとする傑作を描きました。 その画風は、西国随一の大名毛利輝元から雪舟流の復興を命じられた原治兵衛直治(後の雲谷等顔)に継承され雲谷派として幕末まで続きました。 本大小鐔も、長州鐔が得意とした山水図を主題に据えた秀作で、遠景には丸みを帯びた山々が連なり、近景には切り立った崖と流麗な瀧、更に楼閣や水に浮かぶ舟までもが巧みな鏨使いによって表現され、一枚の鉄鐔に広大な景観を凝縮しています。 長州鐔特有の鋭くも繊細な鏨捌きにより、自然と人の営みが巧みに融合した景趣は、まるで山水画を手に取るかのような趣きを醸し出しています。大小揃いで伝来する点も貴重であり、保存状態も良好です。 静謐さと雄大さを兼ね備えた景観美を味わえる本作は、長州鐔の真価を示す逸品であり、コレクションにお迎え頂くに相応しい一組です。








長州派
江戸
長門
鐔工 · 長門
現在20点販売中
長州(長門国)における鐔工の伝統は、京都の平安城透の鐔工が周防・長門の大内家に招かれて移住したことに始まる。この移住により古萩と呼ばれる一派が成立し、室町時代末期から江戸時代初期にかけて繁栄した。その後、毛利家の庇護のもとで長州は「東の会津、西の長州」と称されるほどの鐔の一大産地へと発展し、鐔工の数と作品数において全国有数の地位を占めるに至った。河治・中原・八道・岡田・岡本・金子・中井など多くの流派が輩出し、なかでも中井派の友恒(善助)は毛利家の抱え工として宝暦八年より三人扶持四石を支給され、萩鐔隆盛の一翼を担う名工として聞こえている。 長州鐔の作風は鉄地を基調とする。古萩は、画題が殆ど枝菊の鉄鐔であり、陰陽の透しを施して陰透しの線の細いところは京透に近似する一方、陽透しの部分は薄肉風に表され、「他工には見られない独特の雅味」と「繊細さと豊艶を併せ持つ渋みと柔らかな雅趣」を生み出している。後代の中井派はこの鉄地の伝統を継承しつつ、より広範な技法を駆使した。薄手の鉄地あるいは槌目鍛の鉄鐔を用い、鋤出高彫・肉彫地透・象嵌色絵・金布目象嵌など種々の工法を展開し、手長猿の遊ぶ山間の景や式三番を演じる翁と三番叟など、動きのある構図を見事に造形している。引き締まった肉取り、効果的な色金の配置、鋭く切り立った角耳に施された金布目象嵌など、鋭敏にして華麗な仕上げに特色がある。 長州鐔の伝統は、地方の鐔工群の枠を超えた存在として刀装具史上に独自の位置を占める。中井善助友恒の傑出した作品について、審査では「いわゆる萩鐔の範疇を超越した出来栄え」であり「構図、彫技、鉄味ともに傑出している」と評している。一方、古萩の作域は京都の透鐔の系譜に根ざしながらも「他の透鐔工には見られない古萩特有のもの」へと昇華されており、長門国における金工の深い蓄積と数世紀にわたる連続性を物語っている。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
お求めになられた商品とは異なる商品をお届けしてしまった場合や、表記内容と現物とに大きな隔たりなどがあった場合を除き、基本的に返品はお受けいたしません。返品をご要望の場合は、商品到着後3日以内に御連絡の上ご返送下さい。
長州藩は、他藩へ輸出して藩の財源とするために、積極的に鐔造りを奨励し、その結果、長州は、東の会津に対して西の長州と言われるほど、鐔工とその作品の数が多いところとなりました。 長州鐔の作風は一概に言えないほど多岐に渡っており、特徴的な作風を有する流派はあまりなく、河治・中井・岡本・岡田・金子・中原・藤井・井上・八道といった各家が比較的著名です。 また、長州鐔には山水図が多く経眼されますが、その源は室町時代の画聖雪舟にあり、周防、長門、筑前、豊前、肥前を領有した守護大名大内氏の庇護により明国で水墨画を学んだ雪舟は、帰国後は山口天花の雲谷庵に落ち着き「山水長巻」をはじめとする傑作を描きました。 その画風は、西国随一の大名毛利輝元から雪舟流の復興を命じられた原治兵衛直治(後の雲谷等顔)に継承され雲谷派として幕末まで続きました。 本大小鐔も、長州鐔が得意とした山水図を主題に据えた秀作で、遠景には丸みを帯びた山々が連なり、近景には切り立った崖と流麗な瀧、更に楼閣や水に浮かぶ舟までもが巧みな鏨使いによって表現され、一枚の鉄鐔に広大な景観を凝縮しています。 長州鐔特有の鋭くも繊細な鏨捌きにより、自然と人の営みが巧みに融合した景趣は、まるで山水画を手に取るかのような趣きを醸し出しています。大小揃いで伝来する点も貴重であり、保存状態も良好です。 静謐さと雄大さを兼ね備えた景観美を味わえる本作は、長州鐔の真価を示す逸品であり、コレクションにお迎え頂くに相応しい一組です。








長州派
江戸
長門
鐔工 · 長門
現在20点販売中
長州(長門国)における鐔工の伝統は、京都の平安城透の鐔工が周防・長門の大内家に招かれて移住したことに始まる。この移住により古萩と呼ばれる一派が成立し、室町時代末期から江戸時代初期にかけて繁栄した。その後、毛利家の庇護のもとで長州は「東の会津、西の長州」と称されるほどの鐔の一大産地へと発展し、鐔工の数と作品数において全国有数の地位を占めるに至った。河治・中原・八道・岡田・岡本・金子・中井など多くの流派が輩出し、なかでも中井派の友恒(善助)は毛利家の抱え工として宝暦八年より三人扶持四石を支給され、萩鐔隆盛の一翼を担う名工として聞こえている。 長州鐔の作風は鉄地を基調とする。古萩は、画題が殆ど枝菊の鉄鐔であり、陰陽の透しを施して陰透しの線の細いところは京透に近似する一方、陽透しの部分は薄肉風に表され、「他工には見られない独特の雅味」と「繊細さと豊艶を併せ持つ渋みと柔らかな雅趣」を生み出している。後代の中井派はこの鉄地の伝統を継承しつつ、より広範な技法を駆使した。薄手の鉄地あるいは槌目鍛の鉄鐔を用い、鋤出高彫・肉彫地透・象嵌色絵・金布目象嵌など種々の工法を展開し、手長猿の遊ぶ山間の景や式三番を演じる翁と三番叟など、動きのある構図を見事に造形している。引き締まった肉取り、効果的な色金の配置、鋭く切り立った角耳に施された金布目象嵌など、鋭敏にして華麗な仕上げに特色がある。 長州鐔の伝統は、地方の鐔工群の枠を超えた存在として刀装具史上に独自の位置を占める。中井善助友恒の傑出した作品について、審査では「いわゆる萩鐔の範疇を超越した出来栄え」であり「構図、彫技、鉄味ともに傑出している」と評している。一方、古萩の作域は京都の透鐔の系譜に根ざしながらも「他の透鐔工には見られない古萩特有のもの」へと昇華されており、長門国における金工の深い蓄積と数世紀にわたる連続性を物語っている。
販売店の出品ページで鑑定書を確認できませんでした。日本刀および刀装具は通常、NBTHK(または NTHK)の鑑定を受けます。鑑定書がない場合、極めは販売店の見解にとどまり、第三者による確認は行われていません。ご購入前に販売店へ鑑定書の有無をお問い合わせのうえ、慎重にご判断ください。
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