Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 七福神信仰は、室町時代後期、禅宗の隆盛とともに「竹林の七賢人」に倣って成立したという。それ以前は大黒天と恵比寿の二神が福神として盛んに祀られた。装剣小道具においても古後藤の目貫や小柄、笄にこの二神が見られ、大黒天と恵比寿が相撲をとる「福神相撲図」という面白い画題もある。延命長寿、商売繁盛という現生利益を祈念する七福神信仰は、その後広く庶民に浸透していった。江戸後期には新春の散策を兼ねた七福神巡りなども盛んにおこなわれるようになる。長州鐔の美点である鍛え良く黒味の強い鉄地を浅い打ち返しの丸形に仕立て、琵琶をかき鳴らす弁財天を囲むように毘沙門天、布袋、寿老人、大黒天がいる。寿老人は楽しげに踊り、空には鶴が舞う。竹と松を背後に福禄寿が盃を持ち、恵比寿は亀を呼び寄せる。何ともおめでたい図を鋤出高彫に象嵌色絵で彫り描いた、江戸後期の長州金工友房の作である。



長州派
江戸
長門
在銘
特別保存 (NBTHK)
鐔工 · 長門
現在20点販売中
長州(長門国)における鐔工の伝統は、京都の平安城透の鐔工が周防・長門の大内家に招かれて移住したことに始まる。この移住により古萩と呼ばれる一派が成立し、室町時代末期から江戸時代初期にかけて繁栄した。その後、毛利家の庇護のもとで長州は「東の会津、西の長州」と称されるほどの鐔の一大産地へと発展し、鐔工の数と作品数において全国有数の地位を占めるに至った。河治・中原・八道・岡田・岡本・金子・中井など多くの流派が輩出し、なかでも中井派の友恒(善助)は毛利家の抱え工として宝暦八年より三人扶持四石を支給され、萩鐔隆盛の一翼を担う名工として聞こえている。 長州鐔の作風は鉄地を基調とする。古萩は、画題が殆ど枝菊の鉄鐔であり、陰陽の透しを施して陰透しの線の細いところは京透に近似する一方、陽透しの部分は薄肉風に表され、「他工には見られない独特の雅味」と「繊細さと豊艶を併せ持つ渋みと柔らかな雅趣」を生み出している。後代の中井派はこの鉄地の伝統を継承しつつ、より広範な技法を駆使した。薄手の鉄地あるいは槌目鍛の鉄鐔を用い、鋤出高彫・肉彫地透・象嵌色絵・金布目象嵌など種々の工法を展開し、手長猿の遊ぶ山間の景や式三番を演じる翁と三番叟など、動きのある構図を見事に造形している。引き締まった肉取り、効果的な色金の配置、鋭く切り立った角耳に施された金布目象嵌など、鋭敏にして華麗な仕上げに特色がある。 長州鐔の伝統は、地方の鐔工群の枠を超えた存在として刀装具史上に独自の位置を占める。中井善助友恒の傑出した作品について、審査では「いわゆる萩鐔の範疇を超越した出来栄え」であり「構図、彫技、鉄味ともに傑出している」と評している。一方、古萩の作域は京都の透鐔の系譜に根ざしながらも「他の透鐔工には見られない古萩特有のもの」へと昇華されており、長門国における金工の深い蓄積と数世紀にわたる連続性を物語っている。
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。
Ginza Choshuya 東京都中央区銀座3-10-4 月–土 9:30–17:30 七福神信仰は、室町時代後期、禅宗の隆盛とともに「竹林の七賢人」に倣って成立したという。それ以前は大黒天と恵比寿の二神が福神として盛んに祀られた。装剣小道具においても古後藤の目貫や小柄、笄にこの二神が見られ、大黒天と恵比寿が相撲をとる「福神相撲図」という面白い画題もある。延命長寿、商売繁盛という現生利益を祈念する七福神信仰は、その後広く庶民に浸透していった。江戸後期には新春の散策を兼ねた七福神巡りなども盛んにおこなわれるようになる。長州鐔の美点である鍛え良く黒味の強い鉄地を浅い打ち返しの丸形に仕立て、琵琶をかき鳴らす弁財天を囲むように毘沙門天、布袋、寿老人、大黒天がいる。寿老人は楽しげに踊り、空には鶴が舞う。竹と松を背後に福禄寿が盃を持ち、恵比寿は亀を呼び寄せる。何ともおめでたい図を鋤出高彫に象嵌色絵で彫り描いた、江戸後期の長州金工友房の作である。



長州派
江戸
長門
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鐔工 · 長門
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長州(長門国)における鐔工の伝統は、京都の平安城透の鐔工が周防・長門の大内家に招かれて移住したことに始まる。この移住により古萩と呼ばれる一派が成立し、室町時代末期から江戸時代初期にかけて繁栄した。その後、毛利家の庇護のもとで長州は「東の会津、西の長州」と称されるほどの鐔の一大産地へと発展し、鐔工の数と作品数において全国有数の地位を占めるに至った。河治・中原・八道・岡田・岡本・金子・中井など多くの流派が輩出し、なかでも中井派の友恒(善助)は毛利家の抱え工として宝暦八年より三人扶持四石を支給され、萩鐔隆盛の一翼を担う名工として聞こえている。 長州鐔の作風は鉄地を基調とする。古萩は、画題が殆ど枝菊の鉄鐔であり、陰陽の透しを施して陰透しの線の細いところは京透に近似する一方、陽透しの部分は薄肉風に表され、「他工には見られない独特の雅味」と「繊細さと豊艶を併せ持つ渋みと柔らかな雅趣」を生み出している。後代の中井派はこの鉄地の伝統を継承しつつ、より広範な技法を駆使した。薄手の鉄地あるいは槌目鍛の鉄鐔を用い、鋤出高彫・肉彫地透・象嵌色絵・金布目象嵌など種々の工法を展開し、手長猿の遊ぶ山間の景や式三番を演じる翁と三番叟など、動きのある構図を見事に造形している。引き締まった肉取り、効果的な色金の配置、鋭く切り立った角耳に施された金布目象嵌など、鋭敏にして華麗な仕上げに特色がある。 長州鐔の伝統は、地方の鐔工群の枠を超えた存在として刀装具史上に独自の位置を占める。中井善助友恒の傑出した作品について、審査では「いわゆる萩鐔の範疇を超越した出来栄え」であり「構図、彫技、鉄味ともに傑出している」と評している。一方、古萩の作域は京都の透鐔の系譜に根ざしながらも「他の透鐔工には見られない古萩特有のもの」へと昇華されており、長門国における金工の深い蓄積と数世紀にわたる連続性を物語っている。
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト弊社の過失により、本来の状態と著しく異なる場合には商品の返品が可能です。クーリングオフは商品到着後一週間以内です。