『平田道仁』 赤銅磨地 七宝象嵌 高彫据文 桃山時代 縦幅9.45ミリ 横幅1.45ミリ 重量39グラム( 全て約です) 日本美術刀剣保存協会鑑定書付 桃山芸術の豪華美を七宝の技を持って刀装具に現わした初代平田道仁です。 当時の七宝は時代の嗜好に合致して伏見城や聚楽第の建築金具等に用いられ新鮮な工芸美として 大いに注目されました。 晩年には徳川家康に召し出されて幕府の抱え工となり七宝の技術は一子相伝の家職として継承され、代々徳川幕府に仕え、明治時代に入ってからは家伝の七宝技術を以て政府の勲章製作にあたりました。 本作は希少な図柄を金銭尾七宝象嵌で巧みに表し、夜明けの刻を告げるような華麗で見事な最高傑作です。 初代平田道仁は通称を彦四郎といい、京都の出身で平田家は家康に抱えられた道仁以来、代々徳川家の抱え工として江戸に邸宅を賜りました。七宝の技法は一子相伝の秘伝として厳重に継承されて幕末に及び、明治維新後は日本国の各勲章を制作するに至りました。 4,300,000円 (税込)









道仁
桃山
重要
金工 · 山城
現在1点販売中
平田道仁は、桃山時代に京都に住した七宝工であり、桃山芸術の豪華美を刀装具の上に表現した作者として特筆される。その技術は朝鮮より学んだと伝えられ、晩年になって徳川家康に召し出されて幕府の抱え工となった。当時の七宝は時代の嗜好に合致し、伏見城や聚楽第の建築金具等に用いられ、新鮮な工芸美として大いに注目された。平田家はその道仁に始まり、代々徳川幕府に仕え、明治時代に入ってからは家伝の七宝技術を以て政府の勲章製作にあたっている。平田家は代々の嫡子が彦四郎を通称としており、初代から四代までは在銘が極めて少ない。
道仁の作風は、赤銅磨地を基調とし、金、銀、七宝を象嵌した色絵を特徴とする。意匠としては宝尽しや花鳥文など装飾的に秀でたものが知られ、特に小柄には富士山をモチーフにしたものが多い。山嶽風景は、同工の最も好んだ題材のひとつであり、連山の奥行きを壮大なスケールで描いた作品も見られる。高低差のある絶妙な肉取りに、彩度の高い七宝が、繊細な金線と融合して大画面を創り上げている点が特徴である。七宝象嵌は、金線七宝象嵌や七宝据文象嵌など、平田家独特の技法が用いられ、蓮花図のように同作中でも珍しい意匠を表現した作品も存在する。また、七宝を用いず、金線象嵌のみで雨龍文や花文を緻密に表現した鐔も現存する。
道仁の作品は、古雅横溢とした出来栄えを示し、後世の七宝象嵌とは一線を画すものとして評価される。配色や表現方法など平田七宝作品初期における道仁の傑作と言える作品も存在する。特に富士山図の小柄は、道仁が最も得意としたものであり、山頂には純白の雪が美しく映え、長い裾野は水色の山肌に輝き、金銀で麓の岩などを据えて富貴を象徴している。その出来栄えは、日本の象徴である富士の遠景を重厚に捉えて見事な作品に仕上げている。平田道仁の作品は、桃山という芸術革新の時代を担う作品として高く評価され、その技術と品格の高さは、後代の刀装具製作に大きな影響を与えた。
道仁の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
金工 · 武蔵
現在8点販売中
江戸平田家は、桃山芸術の豪華美を七宝の技をもって刀装具にあらわした平田道仁を始祖とする金工の家系であり、肥後の平田家とは別系である。道仁は通称を彦四郎といい、京都の出身で、その技術は朝鮮より学んだと伝えられる。当時の七宝は時代の嗜好に合致して、伏見城や聚楽第の建築金具等に用いられ、新鮮な工芸美として大いに注目された。道仁は慶長の頃徳川家康に召し出されて幕府の抱え工となり、駿府から江戸に移り住み、以後代々徳川幕府の抱え工として江戸に邸宅を賜わり十人扶持を支給された。二代就一は道仁の長男で家督を相続し、正保三年に徳川家光に拝謁して幕府の腰物細工人として十人扶持を支給され、慶安元年に歿している。 家職は七宝象嵌、なかでも金線七宝象嵌と、平田家独特の七宝据文象嵌であり、赤銅磨地・石目地、鉄地、真鍮地などの地金の上に展開される。初二代が最も得意とした富嶽図は、山頂に純白の雪が美しく映え、長い裾野は水色の山肌に輝き、麓には富貴を象徴する岩などを金で象嵌する構成で知られ、ほかに蓮花図、柳樹小禽図、冠雪連山図、雨龍花文、唐花文などの意匠が見られる。彩色は道仁譲りの豊かな白濁した七宝を主とし、エメラルドのような透明な緑、朱・黄・青の瑞々しい色合いが絶妙に調和して優麗典雅な趣をなす。また七宝象嵌を用いず、同家独特の緻密な金線象嵌のみで唐花文などを表した作もあり、平田本家の技術と品格の高さを具備している。代々の嫡子は彦四郎を通称とし、初代から四代までは在銘が極めて少ない。七宝を用いない作は五代就門あたりから僅かに見られ、八代春就は家伝の七宝のみならず、同じ幕府御用達の安田家で彫金も学び、容彫の目貫や高彫色絵・金紋の小柄笄など各種の工法の作品を残しており、その彫法は九代就将にも伝承された。 七宝技術は一子相伝として明治の世に至り、以降は金鵄勲章をはじめとする日本国の勲章製作にあたった。将軍家・諸侯の需要も最後まで高く、十代春行には元治元年に発注され慶応元年に完成し大徳川家に伝来した三所物があり、八代春就在銘の二所物を用いた式制の合口短刀拵は紀州徳川家に伝来し、九代就将は長島侯の用命により封内の名産である白魚を題材とした三所物を制作している。門流としては、大聖寺前田家の抱工中村春寛が春就の門人となって平田の苗字を許された。道仁の作は古雅横溢にして後世の七宝象嵌とは一線を画し、七宝黎明期ならではの深みと落ち着きを備えて「日本における七宝美術の真髄をみるよう」[[c:1]]と評される。龍獅堂・光村利藻旧蔵の一組など愛蔵の名品も多く、江戸平田家は刀装具における七宝美術の源流として重要な位置を占めている。 詳しく見る →
特別保存刀装具の中から、特に出来が優れ、美術工芸的価値が極めて高く、国認定の重要美術品に準ずると判断されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト返品の意思を商品到着日の翌日までに必ずメールもしくはファックスでご連絡ください。返品送料及び保険金額、返金振込手数料はお客様のご負担とさせていただきます。
¥4,300,000
『平田道仁』 赤銅磨地 七宝象嵌 高彫据文 桃山時代 縦幅9.45ミリ 横幅1.45ミリ 重量39グラム( 全て約です) 日本美術刀剣保存協会鑑定書付 桃山芸術の豪華美を七宝の技を持って刀装具に現わした初代平田道仁です。 当時の七宝は時代の嗜好に合致して伏見城や聚楽第の建築金具等に用いられ新鮮な工芸美として 大いに注目されました。 晩年には徳川家康に召し出されて幕府の抱え工となり七宝の技術は一子相伝の家職として継承され、代々徳川幕府に仕え、明治時代に入ってからは家伝の七宝技術を以て政府の勲章製作にあたりました。 本作は希少な図柄を金銭尾七宝象嵌で巧みに表し、夜明けの刻を告げるような華麗で見事な最高傑作です。 初代平田道仁は通称を彦四郎といい、京都の出身で平田家は家康に抱えられた道仁以来、代々徳川家の抱え工として江戸に邸宅を賜りました。七宝の技法は一子相伝の秘伝として厳重に継承されて幕末に及び、明治維新後は日本国の各勲章を制作するに至りました。 4,300,000円 (税込)









道仁
桃山
重要
金工 · 山城
現在1点販売中
平田道仁は、桃山時代に京都に住した七宝工であり、桃山芸術の豪華美を刀装具の上に表現した作者として特筆される。その技術は朝鮮より学んだと伝えられ、晩年になって徳川家康に召し出されて幕府の抱え工となった。当時の七宝は時代の嗜好に合致し、伏見城や聚楽第の建築金具等に用いられ、新鮮な工芸美として大いに注目された。平田家はその道仁に始まり、代々徳川幕府に仕え、明治時代に入ってからは家伝の七宝技術を以て政府の勲章製作にあたっている。平田家は代々の嫡子が彦四郎を通称としており、初代から四代までは在銘が極めて少ない。
道仁の作風は、赤銅磨地を基調とし、金、銀、七宝を象嵌した色絵を特徴とする。意匠としては宝尽しや花鳥文など装飾的に秀でたものが知られ、特に小柄には富士山をモチーフにしたものが多い。山嶽風景は、同工の最も好んだ題材のひとつであり、連山の奥行きを壮大なスケールで描いた作品も見られる。高低差のある絶妙な肉取りに、彩度の高い七宝が、繊細な金線と融合して大画面を創り上げている点が特徴である。七宝象嵌は、金線七宝象嵌や七宝据文象嵌など、平田家独特の技法が用いられ、蓮花図のように同作中でも珍しい意匠を表現した作品も存在する。また、七宝を用いず、金線象嵌のみで雨龍文や花文を緻密に表現した鐔も現存する。
道仁の作品は、古雅横溢とした出来栄えを示し、後世の七宝象嵌とは一線を画すものとして評価される。配色や表現方法など平田七宝作品初期における道仁の傑作と言える作品も存在する。特に富士山図の小柄は、道仁が最も得意としたものであり、山頂には純白の雪が美しく映え、長い裾野は水色の山肌に輝き、金銀で麓の岩などを据えて富貴を象徴している。その出来栄えは、日本の象徴である富士の遠景を重厚に捉えて見事な作品に仕上げている。平田道仁の作品は、桃山という芸術革新の時代を担う作品として高く評価され、その技術と品格の高さは、後代の刀装具製作に大きな影響を与えた。
道仁の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
金工 · 武蔵
現在8点販売中
江戸平田家は、桃山芸術の豪華美を七宝の技をもって刀装具にあらわした平田道仁を始祖とする金工の家系であり、肥後の平田家とは別系である。道仁は通称を彦四郎といい、京都の出身で、その技術は朝鮮より学んだと伝えられる。当時の七宝は時代の嗜好に合致して、伏見城や聚楽第の建築金具等に用いられ、新鮮な工芸美として大いに注目された。道仁は慶長の頃徳川家康に召し出されて幕府の抱え工となり、駿府から江戸に移り住み、以後代々徳川幕府の抱え工として江戸に邸宅を賜わり十人扶持を支給された。二代就一は道仁の長男で家督を相続し、正保三年に徳川家光に拝謁して幕府の腰物細工人として十人扶持を支給され、慶安元年に歿している。 家職は七宝象嵌、なかでも金線七宝象嵌と、平田家独特の七宝据文象嵌であり、赤銅磨地・石目地、鉄地、真鍮地などの地金の上に展開される。初二代が最も得意とした富嶽図は、山頂に純白の雪が美しく映え、長い裾野は水色の山肌に輝き、麓には富貴を象徴する岩などを金で象嵌する構成で知られ、ほかに蓮花図、柳樹小禽図、冠雪連山図、雨龍花文、唐花文などの意匠が見られる。彩色は道仁譲りの豊かな白濁した七宝を主とし、エメラルドのような透明な緑、朱・黄・青の瑞々しい色合いが絶妙に調和して優麗典雅な趣をなす。また七宝象嵌を用いず、同家独特の緻密な金線象嵌のみで唐花文などを表した作もあり、平田本家の技術と品格の高さを具備している。代々の嫡子は彦四郎を通称とし、初代から四代までは在銘が極めて少ない。七宝を用いない作は五代就門あたりから僅かに見られ、八代春就は家伝の七宝のみならず、同じ幕府御用達の安田家で彫金も学び、容彫の目貫や高彫色絵・金紋の小柄笄など各種の工法の作品を残しており、その彫法は九代就将にも伝承された。 七宝技術は一子相伝として明治の世に至り、以降は金鵄勲章をはじめとする日本国の勲章製作にあたった。将軍家・諸侯の需要も最後まで高く、十代春行には元治元年に発注され慶応元年に完成し大徳川家に伝来した三所物があり、八代春就在銘の二所物を用いた式制の合口短刀拵は紀州徳川家に伝来し、九代就将は長島侯の用命により封内の名産である白魚を題材とした三所物を制作している。門流としては、大聖寺前田家の抱工中村春寛が春就の門人となって平田の苗字を許された。道仁の作は古雅横溢にして後世の七宝象嵌とは一線を画し、七宝黎明期ならではの深みと落ち着きを備えて「日本における七宝美術の真髄をみるよう」[[c:1]]と評される。龍獅堂・光村利藻旧蔵の一組など愛蔵の名品も多く、江戸平田家は刀装具における七宝美術の源流として重要な位置を占めている。 詳しく見る →
特別保存刀装具の中から、特に出来が優れ、美術工芸的価値が極めて高く、国認定の重要美術品に準ずると判断されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト返品の意思を商品到着日の翌日までに必ずメールもしくはファックスでご連絡ください。返品送料及び保険金額、返金振込手数料はお客様のご負担とさせていただきます。
¥4,300,000