平田就将(なりまさ)は平田家九代目。幕府より俸禄を給され、晩年入道する。安永五年(1776)没、江戸下谷住。平田家は七宝という特殊な技術を一子相伝に継承した徳川幕府の抱工。後藤・吉岡家と並ぶ装剣金工の名家で慶長年間の初代道仁から明治の十代春行まで続いた。本作は平田就将在銘の七宝作ではない高彫据紋象嵌の木賊兎(とくさうさぎ)図小柄。2020年1月審査で特別保存刀装具合格。
Certificate reading — 銘 平田就将(花押)










就将
江戸
武蔵
在銘
特別保存 (NBTHK)
金工 · Edo
現在1点販売中
就将の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
金工 · 武蔵
現在8点販売中
江戸平田家は、桃山芸術の豪華美を七宝の技をもって刀装具にあらわした平田道仁を始祖とする金工の家系であり、肥後の平田家とは別系である。道仁は通称を彦四郎といい、京都の出身で、その技術は朝鮮より学んだと伝えられる。当時の七宝は時代の嗜好に合致して、伏見城や聚楽第の建築金具等に用いられ、新鮮な工芸美として大いに注目された。道仁は慶長の頃徳川家康に召し出されて幕府の抱え工となり、駿府から江戸に移り住み、以後代々徳川幕府の抱え工として江戸に邸宅を賜わり十人扶持を支給された。二代就一は道仁の長男で家督を相続し、正保三年に徳川家光に拝謁して幕府の腰物細工人として十人扶持を支給され、慶安元年に歿している。 家職は七宝象嵌、なかでも金線七宝象嵌と、平田家独特の七宝据文象嵌であり、赤銅磨地・石目地、鉄地、真鍮地などの地金の上に展開される。初二代が最も得意とした富嶽図は、山頂に純白の雪が美しく映え、長い裾野は水色の山肌に輝き、麓には富貴を象徴する岩などを金で象嵌する構成で知られ、ほかに蓮花図、柳樹小禽図、冠雪連山図、雨龍花文、唐花文などの意匠が見られる。彩色は道仁譲りの豊かな白濁した七宝を主とし、エメラルドのような透明な緑、朱・黄・青の瑞々しい色合いが絶妙に調和して優麗典雅な趣をなす。また七宝象嵌を用いず、同家独特の緻密な金線象嵌のみで唐花文などを表した作もあり、平田本家の技術と品格の高さを具備している。代々の嫡子は彦四郎を通称とし、初代から四代までは在銘が極めて少ない。七宝を用いない作は五代就門あたりから僅かに見られ、八代春就は家伝の七宝のみならず、同じ幕府御用達の安田家で彫金も学び、容彫の目貫や高彫色絵・金紋の小柄笄など各種の工法の作品を残しており、その彫法は九代就将にも伝承された。 七宝技術は一子相伝として明治の世に至り、以降は金鵄勲章をはじめとする日本国の勲章製作にあたった。将軍家・諸侯の需要も最後まで高く、十代春行には元治元年に発注され慶応元年に完成し大徳川家に伝来した三所物があり、八代春就在銘の二所物を用いた式制の合口短刀拵は紀州徳川家に伝来し、九代就将は長島侯の用命により封内の名産である白魚を題材とした三所物を制作している。門流としては、大聖寺前田家の抱工中村春寛が春就の門人となって平田の苗字を許された。道仁の作は古雅横溢にして後世の七宝象嵌とは一線を画し、七宝黎明期ならではの深みと落ち着きを備えて「日本における七宝美術の真髄をみるよう」[[c:1]]と評される。龍獅堂・光村利藻旧蔵の一組など愛蔵の名品も多く、江戸平田家は刀装具における七宝美術の源流として重要な位置を占めている。 詳しく見る →
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト商品到着後7日以内※①商品に手を加えた場合、②海外取引の場合は返品不可となります。
¥225,000
平田就将(なりまさ)は平田家九代目。幕府より俸禄を給され、晩年入道する。安永五年(1776)没、江戸下谷住。平田家は七宝という特殊な技術を一子相伝に継承した徳川幕府の抱工。後藤・吉岡家と並ぶ装剣金工の名家で慶長年間の初代道仁から明治の十代春行まで続いた。本作は平田就将在銘の七宝作ではない高彫据紋象嵌の木賊兎(とくさうさぎ)図小柄。2020年1月審査で特別保存刀装具合格。
Certificate reading — 銘 平田就将(花押)










就将
江戸
武蔵
在銘
特別保存 (NBTHK)
金工 · Edo
現在1点販売中
就将の位置づけを、日本刀全体および伝統・時代・時期ごとに示します。各位(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
金工 · 武蔵
現在8点販売中
江戸平田家は、桃山芸術の豪華美を七宝の技をもって刀装具にあらわした平田道仁を始祖とする金工の家系であり、肥後の平田家とは別系である。道仁は通称を彦四郎といい、京都の出身で、その技術は朝鮮より学んだと伝えられる。当時の七宝は時代の嗜好に合致して、伏見城や聚楽第の建築金具等に用いられ、新鮮な工芸美として大いに注目された。道仁は慶長の頃徳川家康に召し出されて幕府の抱え工となり、駿府から江戸に移り住み、以後代々徳川幕府の抱え工として江戸に邸宅を賜わり十人扶持を支給された。二代就一は道仁の長男で家督を相続し、正保三年に徳川家光に拝謁して幕府の腰物細工人として十人扶持を支給され、慶安元年に歿している。 家職は七宝象嵌、なかでも金線七宝象嵌と、平田家独特の七宝据文象嵌であり、赤銅磨地・石目地、鉄地、真鍮地などの地金の上に展開される。初二代が最も得意とした富嶽図は、山頂に純白の雪が美しく映え、長い裾野は水色の山肌に輝き、麓には富貴を象徴する岩などを金で象嵌する構成で知られ、ほかに蓮花図、柳樹小禽図、冠雪連山図、雨龍花文、唐花文などの意匠が見られる。彩色は道仁譲りの豊かな白濁した七宝を主とし、エメラルドのような透明な緑、朱・黄・青の瑞々しい色合いが絶妙に調和して優麗典雅な趣をなす。また七宝象嵌を用いず、同家独特の緻密な金線象嵌のみで唐花文などを表した作もあり、平田本家の技術と品格の高さを具備している。代々の嫡子は彦四郎を通称とし、初代から四代までは在銘が極めて少ない。七宝を用いない作は五代就門あたりから僅かに見られ、八代春就は家伝の七宝のみならず、同じ幕府御用達の安田家で彫金も学び、容彫の目貫や高彫色絵・金紋の小柄笄など各種の工法の作品を残しており、その彫法は九代就将にも伝承された。 七宝技術は一子相伝として明治の世に至り、以降は金鵄勲章をはじめとする日本国の勲章製作にあたった。将軍家・諸侯の需要も最後まで高く、十代春行には元治元年に発注され慶応元年に完成し大徳川家に伝来した三所物があり、八代春就在銘の二所物を用いた式制の合口短刀拵は紀州徳川家に伝来し、九代就将は長島侯の用命により封内の名産である白魚を題材とした三所物を制作している。門流としては、大聖寺前田家の抱工中村春寛が春就の門人となって平田の苗字を許された。道仁の作は古雅横溢にして後世の七宝象嵌とは一線を画し、七宝黎明期ならではの深みと落ち着きを備えて「日本における七宝美術の真髄をみるよう」[[c:1]]と評される。龍獅堂・光村利藻旧蔵の一組など愛蔵の名品も多く、江戸平田家は刀装具における七宝美術の源流として重要な位置を占めている。 詳しく見る →
保存刀装具のうち、出来・保存状態が一層優れ、銘文や作風に資料的価値の高いものと認められたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト商品到着後7日以内※①商品に手を加えた場合、②海外取引の場合は返品不可となります。
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