銘:平安城住政重 紅葉図 説明 本作は、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)による鑑定を冠した鐔です。銘には「平安城住政重」とあり、安土桃山時代(1574-1596年頃)に活躍した金工師の手によるものです。「平安城」とは山城国(現在の京都)の別称であり、彼がこの地で作刀・制作に従事していたことを示しています。 政重は平安城式象嵌の巧手であり、本作は「平安城真鍮象嵌鐔」に分類されます。平安城派は山城の地で確立された流派で、一説には室町幕府六代将軍の時代に興り、将軍家の好みを反映して発展したと伝えられています。この流派の作風は、大きく二つの特徴に分けられます。 一つは「平安城透鐔(京透鐔)」です。多くは丸形を呈し、ダイナミックな透かし彫りが施されています。その洗練された構成と卓越した技術は、実用性以上に透かしの美を追求した金工師のこだわりを感じさせます。 もう一つが、本作のような「平安城象嵌鐔(平安城真鍮象嵌鐔)」です。これは応仁鐔の技法を継承したもので、鉄地丸形の鐔に、真鍮を用いて牡丹や南天、唐草文様などを象嵌します。後年には金、銀、赤銅なども用いられるようになり、より装飾豊かな意匠へと進化を遂げました。 本作の意匠について 本作には、枝に止まる鳥と紅葉が描かれています。紅葉は古来より長寿を象徴する文様の一つとされています。緑から黄、橙、そして赤へと鮮やかに色を変える様は秋の醍醐味であり、その変幻自在な美しさから「世渡りに長け、幸福を掴む」という意味も込められています。 枝に止まる鳥は「百舌鳥(モズ)」と推測されます。百舌鳥の鳴き声は古くから秋の象徴とされ、その鋭い高音は人々に季節の移ろいを感じさせてきました。獲物を狙って枝に静止し、鷹のように鋭く飛び降りるその姿は、武士にとっても馴染み深い光景であったことでしょう。 ※本品はアンティーク品(骨董)であるため、状態については写真にて詳細をご確認ください。 鐔(つば)とは 鐔は日本刀の拳を守る護具です。高位の侍は、刀本体のみならず、鐔をはじめとする美しい刀装具を設えた拵(こしらえ)を帯びていました。特に鐔の表側は、登城の際や街を歩く際に他者の目に触れる機会が多いため、より装飾的な意匠が凝らされる傾向にあります。 なぜ武士にとって刀装具は重要だったのか 日本刀には、鐔、目貫、縁頭など、多種多様な装飾(刀装具)が備わっています。日本刀は武器であると同時に、持ち主のアイデンティティや信念、個性を誇示する象徴でもありました。現代で例えるならば、スマートフォンの装飾やアクセサリーのような側面もあったと言えるでしょう。 ぜひ、写真を拡大して細部までご覧ください。鉄や銅を主体とし、金、銀、四分一などを象嵌した日本の伝統的な彫金技術の粋を感じていただけます。鐔一つをとっても、その造形や重量感は千差万別です。刀と共に時代を生き抜いてきたこれらの装飾品は、刀本体に匹敵する価値を持つ美術品です。一見控えめな部品ではありますが、こうした細部にまでこだわりを持つことこそが、真の愛刀家、ひいては侍の嗜みと言えるでしょう。 鑑定書 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)特別貴重小道具 認定書






政重
桃山
山城
在銘
特別貴重 (NBTHK)
鐔工
現在1点販売中
鐔工
現在22点販売中
平安城象嵌鐔は、山城国の都・京都を中心に展開した技法的地域伝統である。NBTHK説示において本派は一貫して「応仁鐔の流れを汲む流派」と位置付けられているが、その古いところは時代的にも応仁鐔にほぼ近く、両者はおおむね同時期に栄えたものと理解される。また鎌倉鐔などとの関連性も考えられている。本派は室町時代末期から桃山期にかけて盛行し、江戸初期に至るまで繁栄を見た。この門からは小池与四郎が出て一派をおこした。与四郎は小池氏で和泉守を受領し名を直正といい、出身は京都であるが後に加賀国に移住し、金工加賀象嵌の先駆をなしたと伝えられる。銘を記すものが多く、作者銘の前に「平安城住」「山城国住」と製作地を冠するのが通例で、政重・長吉・吉久・吉家などの銘が多く見られる。 作風はおおむね二様に大別される。一つは据紋象嵌、他は平象嵌であり、いずれも真鍮を多用しているところに顕著な特色がある。意匠については、前者は紋唐草を施して文様風に展開させ、後者には唐草文・桔梗文のように草花をあらわしたものを多く見る。時代が下るにつれて真鍮以外の金・銀・素銅・赤銅・山金などを併用するようになり、意匠も絵風のものが加わり、据文と平象嵌を混用したり鋤出高彫を施した作例もある。小池与四郎の一派はさらに独自の造込みを示し、薄手の鉄板鐔の耳際に家紋を連ねて透し、地に唐草の平象嵌を一面に施して毛彫を加えたものをその典型とする。平象嵌がわずかに地よりも盛り上った感じとなるところ、また耳際にわずかに肉を落とした肉置の処理は与四郎鐔の造込みの特色とされる。 説示を通じて本派の作品は繰り返し京都的な美意識をもって評価されている。「意匠が雅びでいかにも京風」「構図・彫法共に洗練味があり」「画面からは京風の雅びやかさが看て取れる」「文様にも雅致があり」といった審査語が重ねられ、都の工房文化に根ざした洗練が一貫して認められる。長吉のように鋤出高彫と真鍮・赤銅象嵌を駆使して山水図のごとき絵風鐔の世界を展開し得た作者の存在は、本派が単なる象嵌装飾にとどまらず、絵画的表現にまで到達した技術的幅の広さを物語る。鉄地に真鍮象嵌という素材と技法の組み合わせを基軸としながら、独自の意匠感覚と都風の雅趣をもって鐔の一大系譜を確立した点に、平安城象嵌鐔の伝統としての意義がある。
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、信頼性に欠けるとされています。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)への再提出による現代の鑑定をご検討いただけます。
Returns/exchanges limited to defects caused by shipping (except willful misconduct or gross negligence by the company); customers must contact within 72 hours of receiving the product.
銘:平安城住政重 紅葉図 説明 本作は、日本美術刀剣保存協会(NBTHK)による鑑定を冠した鐔です。銘には「平安城住政重」とあり、安土桃山時代(1574-1596年頃)に活躍した金工師の手によるものです。「平安城」とは山城国(現在の京都)の別称であり、彼がこの地で作刀・制作に従事していたことを示しています。 政重は平安城式象嵌の巧手であり、本作は「平安城真鍮象嵌鐔」に分類されます。平安城派は山城の地で確立された流派で、一説には室町幕府六代将軍の時代に興り、将軍家の好みを反映して発展したと伝えられています。この流派の作風は、大きく二つの特徴に分けられます。 一つは「平安城透鐔(京透鐔)」です。多くは丸形を呈し、ダイナミックな透かし彫りが施されています。その洗練された構成と卓越した技術は、実用性以上に透かしの美を追求した金工師のこだわりを感じさせます。 もう一つが、本作のような「平安城象嵌鐔(平安城真鍮象嵌鐔)」です。これは応仁鐔の技法を継承したもので、鉄地丸形の鐔に、真鍮を用いて牡丹や南天、唐草文様などを象嵌します。後年には金、銀、赤銅なども用いられるようになり、より装飾豊かな意匠へと進化を遂げました。 本作の意匠について 本作には、枝に止まる鳥と紅葉が描かれています。紅葉は古来より長寿を象徴する文様の一つとされています。緑から黄、橙、そして赤へと鮮やかに色を変える様は秋の醍醐味であり、その変幻自在な美しさから「世渡りに長け、幸福を掴む」という意味も込められています。 枝に止まる鳥は「百舌鳥(モズ)」と推測されます。百舌鳥の鳴き声は古くから秋の象徴とされ、その鋭い高音は人々に季節の移ろいを感じさせてきました。獲物を狙って枝に静止し、鷹のように鋭く飛び降りるその姿は、武士にとっても馴染み深い光景であったことでしょう。 ※本品はアンティーク品(骨董)であるため、状態については写真にて詳細をご確認ください。 鐔(つば)とは 鐔は日本刀の拳を守る護具です。高位の侍は、刀本体のみならず、鐔をはじめとする美しい刀装具を設えた拵(こしらえ)を帯びていました。特に鐔の表側は、登城の際や街を歩く際に他者の目に触れる機会が多いため、より装飾的な意匠が凝らされる傾向にあります。 なぜ武士にとって刀装具は重要だったのか 日本刀には、鐔、目貫、縁頭など、多種多様な装飾(刀装具)が備わっています。日本刀は武器であると同時に、持ち主のアイデンティティや信念、個性を誇示する象徴でもありました。現代で例えるならば、スマートフォンの装飾やアクセサリーのような側面もあったと言えるでしょう。 ぜひ、写真を拡大して細部までご覧ください。鉄や銅を主体とし、金、銀、四分一などを象嵌した日本の伝統的な彫金技術の粋を感じていただけます。鐔一つをとっても、その造形や重量感は千差万別です。刀と共に時代を生き抜いてきたこれらの装飾品は、刀本体に匹敵する価値を持つ美術品です。一見控えめな部品ではありますが、こうした細部にまでこだわりを持つことこそが、真の愛刀家、ひいては侍の嗜みと言えるでしょう。 鑑定書 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)特別貴重小道具 認定書






政重
桃山
山城
在銘
特別貴重 (NBTHK)
鐔工
現在1点販売中
鐔工
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平安城象嵌鐔は、山城国の都・京都を中心に展開した技法的地域伝統である。NBTHK説示において本派は一貫して「応仁鐔の流れを汲む流派」と位置付けられているが、その古いところは時代的にも応仁鐔にほぼ近く、両者はおおむね同時期に栄えたものと理解される。また鎌倉鐔などとの関連性も考えられている。本派は室町時代末期から桃山期にかけて盛行し、江戸初期に至るまで繁栄を見た。この門からは小池与四郎が出て一派をおこした。与四郎は小池氏で和泉守を受領し名を直正といい、出身は京都であるが後に加賀国に移住し、金工加賀象嵌の先駆をなしたと伝えられる。銘を記すものが多く、作者銘の前に「平安城住」「山城国住」と製作地を冠するのが通例で、政重・長吉・吉久・吉家などの銘が多く見られる。 作風はおおむね二様に大別される。一つは据紋象嵌、他は平象嵌であり、いずれも真鍮を多用しているところに顕著な特色がある。意匠については、前者は紋唐草を施して文様風に展開させ、後者には唐草文・桔梗文のように草花をあらわしたものを多く見る。時代が下るにつれて真鍮以外の金・銀・素銅・赤銅・山金などを併用するようになり、意匠も絵風のものが加わり、据文と平象嵌を混用したり鋤出高彫を施した作例もある。小池与四郎の一派はさらに独自の造込みを示し、薄手の鉄板鐔の耳際に家紋を連ねて透し、地に唐草の平象嵌を一面に施して毛彫を加えたものをその典型とする。平象嵌がわずかに地よりも盛り上った感じとなるところ、また耳際にわずかに肉を落とした肉置の処理は与四郎鐔の造込みの特色とされる。 説示を通じて本派の作品は繰り返し京都的な美意識をもって評価されている。「意匠が雅びでいかにも京風」「構図・彫法共に洗練味があり」「画面からは京風の雅びやかさが看て取れる」「文様にも雅致があり」といった審査語が重ねられ、都の工房文化に根ざした洗練が一貫して認められる。長吉のように鋤出高彫と真鍮・赤銅象嵌を駆使して山水図のごとき絵風鐔の世界を展開し得た作者の存在は、本派が単なる象嵌装飾にとどまらず、絵画的表現にまで到達した技術的幅の広さを物語る。鉄地に真鍮象嵌という素材と技法の組み合わせを基軸としながら、独自の意匠感覚と都風の雅趣をもって鐔の一大系譜を確立した点に、平安城象嵌鐔の伝統としての意義がある。
本作はNBTHKの旧鑑定書(貴重・特別貴重)を有しますが、これらは現在発行されておらず、信頼性に欠けるとされています。極めを確認するには、公的な鑑定機関(NBTHK・NTHKなど)への再提出による現代の鑑定をご検討いただけます。
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