江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
The Kanewaka name from Kaga province commands the highest respect in the world of Japanese swords. This school produced top-quality blades for notable daimyo (great families), and the reputation of their craft was such that – as the saying went – even a poor samurai who carried a Kanewaka sword would be considered a worthy partner. The 2nd generation Kanewaka, known as Matasuke, worked during the Meireki era and this wakizashi is a fine example of his art at its fullest. Recently polished and now showing all of its qualities, the blade displays the hallmarks of a genuine Kanewaka School work. Most striking are the beautiful tobiyaki – floating temper spots that leap vividly off the blade and are a signature characteristic of this school. The steel has tremendous presence, well worth the time and care that a fresh polish demands. The full koshirae is an added pleasure. The tsuba carries gold accents emblematic of the Kaga region’s celebrated decorative tradition, and the fuchi-kashira features the much-loved ume (plum blossom) – the flower of peace and good fortune. Kaga school fittings of this quality are rarely found matched to a sword with two certificates. Of additional note: the katana made by the son of this smith (Shirouemon) is Item# UJKA130 – making this a potential father-and-son daisho.

販売店の記載のまま
新刀 · 加賀 · 1624-1644頃
藤代 上作 · 刀剣大鑑 上位37%
現在2点販売中
兼若の位置づけを、日本刀全体および伝法・時代・時期ごとに示します。各区分(随一・屈指・有数・著名)は、NBTHK および文化庁による指定に加え、三作や名物帳などの歴史的栄誉を加味したものです。
各項目を選ぶと評価方法が表示されます。
在銘年紀作が示す、確実に活動していた年代
新刀 · 加賀
現在4点販売中
加州兼若は、加賀国金沢に興った新刀の一門である。その祖は美濃国関の四方助兼若の子と伝え、後に加賀へ移住して鍛刀した工に始まる。初代は辻村甚六と称し、のちに四郎右衛門尉を名乗り、現存する加州打の作刀は慶長十二年ないし十四年紀に始まる。元和五年頃に越中守を受領し、名を高平と改めたとされ、銘も「賀州住兼若造」の六字銘から、受領後は「越中守藤原高平」と切るものが多くなる。二代は又助といい、初代の三男にあたり、「越中守高平三男兼若」[[c:1]]と銘したものや、「加州住兼若 辻村又助年五十三歳造之」[[c:2]]と俗名を入れた作からその出自と年齢が知られる。これに徴すれば慶長十七年の生まれで、寛永から延宝にかけて活躍し、延宝五年に六十六歳で歿している。三代は初代同様に四郎右衛門を名乗り、二代又助の嫡子であって、その刀歴は寛文から正徳に及び、初期には父又助の代作・代銘の仕事も多かったと伝える。 作風は、出身地である美濃の色の濃いものが多い。鍛えは板目に処々柾がかって流れ、肌立ちごころに地沸つき、地景の入るものが見られ、かねが少しく黒みをおびて冴える点に北国物の態がうかがわれる。刃文は湾れ調に互の目、尖り刃、箱がかった刃を交え、足が入り、沸がよくつき、砂流し、金筋がかかり、帽子は乱れ込んで先掃きかけるものが多い。直江志津、美濃志津の風を示す作はことに上手とされる。代の判別には箱刃の現れ方が一つの目安となり、初代の箱がかった刃は沸崩れごころとなって味があるのに対し、二代、三代になるとはっきりとした箱刃を焼く傾向が強まる。地鉄に純然たる柾目を見せる作は三代にまま現れ、刃縁がほつれて砂流し頻りに、帽子も掃きかけて焼詰めごころとなるなど、大和伝に徹したものもある。短刀や剣の作は遺存が少なく、いずれも出来がよい。 鑑定にあたっては、まず美濃色の濃い乱刃と箱がかった刃の質を見、銘振りと俗名・受領銘の有無から代を見分けるのが要点となる。初代の二字銘の作には古調で直江志津ごころを示すものがあり、典型作の一として伝えられる。越中守高平と改名した後の作には、辻村越中守藤原高平と二行に切り、試切の截断銘を金象嵌したものもあり、五度の試し切りを記して切味を示した一口が知られる。三代の柾目鍛えの太刀には葦手絵蒔絵毛抜形太刀が附帯する例もある。加州兼若は前田藩の地に根を張った美濃系の新刀工として数代に及び、その作は加州物の特色をよく示すとともに、銘文に俗名を加えた資料性の高い作も伝わって、新刀加賀鍛冶を考える上で重んじられている。 詳しく見る →
江戸時代
江戸は刀の目利きの時代である。本阿弥の鑑定、1719年の享保名物帳、盛んな刀剣書が、戦で抜かれることのなくなった刀を学問の対象へと変えていった。
NTHKの中心的な鑑定書で、相応の出来を備えた作に発行されます。在銘作は銘の正真を、無銘作は審査員による刀工・流派の極めを示します。点数を記す詳細な審査表が付されます。
NTHK(日本刀剣保存会)は、NBTHK(1948年設立)に先立つ1910年に創立された、日本で最も古い刀剣鑑定団体です。長く会を率いた会長の没後、NTHKとNTHK-NPOの二つに分かれ、いずれも審査を続けています。NTHKの鑑定書は、点数と審査員の所見を併記する詳細な審査表が特徴で、特に無銘作の極めに定評があります。
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