二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
出ました出ました古いお家から家代々大切に伝へられた神田住包元刀匠の珍品と言うべき筆者も初めて拝見する名脇差が出ました。神田住包元刀匠は和州南都住藤原包元と銘を切る大和(奈良)の江戸時代の元禄頃(1702年)(324年前)の刀匠です。時は赤穂浪士47士が吉良上野介邸に討ち入った時。当時包元も江戸神田に移住していた時で吉良邸の有った本所松坂町(墨田区両国三丁目)から神田までは2.5辧徒歩40分と近く、神田住包元刀匠も目の前に赤穂義士の義挙の行列を手に汗を握って見守ったかも知れません、時を同じくする大変夢ある脇差です。本脇差の姿はやや鎬が高く元身幅と先身幅の差の少い切っ先のやや大きい反りの有る元禄時代の豪快な脇差姿を現し、地金は板目肌に鍛え地には経年変化の大肌や地景を現し、刃紋は匂い出来の直調の刃に刃中に小足や葉を盛んに入れ刃縁には細かな金筋が絡み良く出来ています。この度古いお家の方より代々大切にしてきた神田住包元の脇差ですが自分達も年を取りましたので大切にして頂ける方にお安くお譲り下さいとお預かりした為に特別にご厚意で珍品神田住包元の脇差を多少の錆気も有りますので超格安価格でご提供いたします。アメリカ建国250年よりも古い神田住包元の脇差を是非お楽しみ下さい。
取扱店 明倫産業
この品の現在有効な鑑定書は確認できませんでした。審査に出されたことがあるか、出せるかを刀剣商にお尋ねください。 — Hoshi
















大和 · 1661-1673頃
江戸時代
二世紀半の泰平のあいだ、刀は武器である以上に武士の身分の標章であった。江戸の実証と大坂の華やぎのように都市ごとの作風が育ち、時代の末には需要も細っていく。
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