正阿弥 鍔 正阿弥派は、室町時代後期から江戸時代にかけて極めて大きな影響力を持ち、隆盛を極めた金工の一派です。その作風は多岐にわたり、斬新な意匠や金銀銅による華やかな象嵌技法を特徴としています。また、秋田、会津、京正阿弥といった各地の伝系がそれぞれ独自の特色を確立しており、日本刀装具の歴史において極めて重要な地位を占めています。 【主な特徴】 独創性:大胆な透かし彫りから緻密な高彫まで、極めて幅広い意匠を展開しました。 素材:主に鉄地を用い、金・銀・銅などの象嵌を施して装飾性を高めています。 多様性:京正阿弥を筆頭に、秋田、会津、阿波など各地に広がり、地域ごとの特色を育みました。 技術:彫金や地透(じすかし)など、高度な職人技に定評があります。 【歴史】 起源:京都を本拠とし、一説には室町幕府に仕えた彫金師の流れを汲むとされています。 全盛期:江戸時代を通じて繁栄し、武士のみならず豪商などのためにも多くの装飾的な逸品を制作しました。 【主な伝系】 京正阿弥:京都を拠点とした洗練された様式。 秋田正阿弥:堅牢な鉄地に大胆な透かしを施した作風で知られる。 会津正阿弥:会津地方で独自の発展を遂げた有力な一派。 阿波正阿弥:四国阿波の地で活躍した著名な一派。 正阿弥派は、その広範な影響力、芸術的な多様性、そして時代を超えて受け継がれた伝統により、刀装具史における主要な一章を象徴する存在です。 本作は、時代を経た落ち着きのある色揚げ(地色)が非常に美しく、同派の特色がよく表れた優品です。 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)保存刀装具鑑定書(2015年)付 寸法:7.7 cm × 7.0 cm 中心穴:2.4 cm
Certificate reading — 無銘(正阿弥)




正阿弥派
late Muromachi (c. 1500)
無銘
保存 (NBTHK)
鐔工 · Kyoto
現在180点販売中
正阿弥派は室町時代中期頃に興った鐔工の一派である。室町中期から末期にかけて専門の鐔工が登場するが、京の正阿弥もその主たるものであり、この時期の作を古正阿弥の名で言いならわしている。そもそも京都には同朋衆として阿弥衆が存在し、その中に正阿弥一派があった。有名の作はないものの、刀装金具師から鐔工となったというのが今日の通説である。桃山時代には京都に栄え、慶長八年の年紀を有する彦十郎の太刀鐔・大切羽一組はその隆盛の一端を伝えている。同派は江戸期に入ると各地に移住分派し栄えた。秋田正阿弥もその一類で、伝兵衛重吉を事実上の祖としている。傳兵衛は慶安四年に出羽国庄内に生まれ、寛文八年十八歳の時に江戸へ出て正阿弥吉長の弟子となり、延宝元年に秋田へ移り、同三年に藩主佐竹義処の抱え工となり、同四年に正阿弥の流名を許された。以後嫡流は伝内重高、伝七重常、嘉吉重央と続いている。また岡山正阿弥は池田藩に仕え、幕末には藤四郎家九代を継いだ勝義が出た。 古正阿弥と呼ばれるものの作風を見ると、鉄に透彫をして、それに金・銀などの布目象嵌を施したものが通例である。鍛えの良いやや薄手の鉄磨地に左右大透など大胆な地透を切り、日足鑢に赤銅象嵌を加え、耳に縄目文の銀象嵌や雷文繫の金布目象嵌を施すなど、斬新で力強い意匠に見どころがある。一方、赤銅魚子地に高彫・金色絵で家紋を散らす糸巻太刀拵の総金具など格式の高い太刀金具も手掛けており、長右衛門の針書銘や秋田の六弥の年紀銘を有する作が知られる。秋田正阿弥随一の金工傳兵衛の作域は広く、秋田名物の蕗図や雲龍図を肉彫地透象嵌で表したものや、漆芸の堆朱のような効果を発揮したぐり彫などをはじめ多岐に亘っているが、いずれも構図が斬新であり、線象嵌や布目象嵌など高度な象嵌技術には目を見張るものがある。平地に施された金七宝象嵌は平田本家における七宝手法と全く同一のものであり、両家の交流の証として貴重である。岡山の勝義は堂々とした造込みに堅実な鏨使いで重厚感のある高彫を施し、金・銀・赤銅・素銅・四分一の入念精緻な象嵌を存分に用いており、実兄勝実を通じて後藤一乗の作風も学んでいる。 古正阿弥の鐔は、肥後細川家や大徳川家に伝来した打刀拵、信長拵を手本に制作された肥後打刀拵、宮本武蔵の高弟寺尾信行の指料と伝える拵などに用いられており、武家の実用と雅味の双方に応えた同派への評価を物語っている。慶長八年や天明二年などの年紀作は資料性が極めて高く、正阿弥研究の進展に大きく寄与するものである。秋田では傳兵衛が秋田随一の金工として活躍し、三代傳七も初・二代同様に藩主佐竹家の藩工として腕を振るい、江戸の佐野直照に学んだ重照ら門流も確かな構図・彫技を示した。幕末明治の勝義は明治九年に廃刀令にあって刀装具の制作を断ったが、持国天図鐔や七十三翁銘の難波潟歌絵図鐔など、風流のなかにも覇気を感じさせる傑作を遺している。先祖正阿弥から受け継いだ伝統に用即美の華を添えたその系譜は、室町の京に発して諸国に広がり、近世金工の掉尾を飾るまで連綿と続いた一大流派として、刀装具史に確固たる位置を占めている。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
NBTHK公式サイト100% Satisfaction Guaranteed. If unhappy with a purchase, contact within 24 hours of receiving the item to arrange a refund of the purchase price, minus shipping and fees. Item must be returned unused and in the same condition sent.
$500
正阿弥 鍔 正阿弥派は、室町時代後期から江戸時代にかけて極めて大きな影響力を持ち、隆盛を極めた金工の一派です。その作風は多岐にわたり、斬新な意匠や金銀銅による華やかな象嵌技法を特徴としています。また、秋田、会津、京正阿弥といった各地の伝系がそれぞれ独自の特色を確立しており、日本刀装具の歴史において極めて重要な地位を占めています。 【主な特徴】 独創性:大胆な透かし彫りから緻密な高彫まで、極めて幅広い意匠を展開しました。 素材:主に鉄地を用い、金・銀・銅などの象嵌を施して装飾性を高めています。 多様性:京正阿弥を筆頭に、秋田、会津、阿波など各地に広がり、地域ごとの特色を育みました。 技術:彫金や地透(じすかし)など、高度な職人技に定評があります。 【歴史】 起源:京都を本拠とし、一説には室町幕府に仕えた彫金師の流れを汲むとされています。 全盛期:江戸時代を通じて繁栄し、武士のみならず豪商などのためにも多くの装飾的な逸品を制作しました。 【主な伝系】 京正阿弥:京都を拠点とした洗練された様式。 秋田正阿弥:堅牢な鉄地に大胆な透かしを施した作風で知られる。 会津正阿弥:会津地方で独自の発展を遂げた有力な一派。 阿波正阿弥:四国阿波の地で活躍した著名な一派。 正阿弥派は、その広範な影響力、芸術的な多様性、そして時代を超えて受け継がれた伝統により、刀装具史における主要な一章を象徴する存在です。 本作は、時代を経た落ち着きのある色揚げ(地色)が非常に美しく、同派の特色がよく表れた優品です。 日本美術刀剣保存協会(NBTHK)保存刀装具鑑定書(2015年)付 寸法:7.7 cm × 7.0 cm 中心穴:2.4 cm
Certificate reading — 無銘(正阿弥)




正阿弥派
late Muromachi (c. 1500)
無銘
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鐔工 · Kyoto
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正阿弥派は室町時代中期頃に興った鐔工の一派である。室町中期から末期にかけて専門の鐔工が登場するが、京の正阿弥もその主たるものであり、この時期の作を古正阿弥の名で言いならわしている。そもそも京都には同朋衆として阿弥衆が存在し、その中に正阿弥一派があった。有名の作はないものの、刀装金具師から鐔工となったというのが今日の通説である。桃山時代には京都に栄え、慶長八年の年紀を有する彦十郎の太刀鐔・大切羽一組はその隆盛の一端を伝えている。同派は江戸期に入ると各地に移住分派し栄えた。秋田正阿弥もその一類で、伝兵衛重吉を事実上の祖としている。傳兵衛は慶安四年に出羽国庄内に生まれ、寛文八年十八歳の時に江戸へ出て正阿弥吉長の弟子となり、延宝元年に秋田へ移り、同三年に藩主佐竹義処の抱え工となり、同四年に正阿弥の流名を許された。以後嫡流は伝内重高、伝七重常、嘉吉重央と続いている。また岡山正阿弥は池田藩に仕え、幕末には藤四郎家九代を継いだ勝義が出た。 古正阿弥と呼ばれるものの作風を見ると、鉄に透彫をして、それに金・銀などの布目象嵌を施したものが通例である。鍛えの良いやや薄手の鉄磨地に左右大透など大胆な地透を切り、日足鑢に赤銅象嵌を加え、耳に縄目文の銀象嵌や雷文繫の金布目象嵌を施すなど、斬新で力強い意匠に見どころがある。一方、赤銅魚子地に高彫・金色絵で家紋を散らす糸巻太刀拵の総金具など格式の高い太刀金具も手掛けており、長右衛門の針書銘や秋田の六弥の年紀銘を有する作が知られる。秋田正阿弥随一の金工傳兵衛の作域は広く、秋田名物の蕗図や雲龍図を肉彫地透象嵌で表したものや、漆芸の堆朱のような効果を発揮したぐり彫などをはじめ多岐に亘っているが、いずれも構図が斬新であり、線象嵌や布目象嵌など高度な象嵌技術には目を見張るものがある。平地に施された金七宝象嵌は平田本家における七宝手法と全く同一のものであり、両家の交流の証として貴重である。岡山の勝義は堂々とした造込みに堅実な鏨使いで重厚感のある高彫を施し、金・銀・赤銅・素銅・四分一の入念精緻な象嵌を存分に用いており、実兄勝実を通じて後藤一乗の作風も学んでいる。 古正阿弥の鐔は、肥後細川家や大徳川家に伝来した打刀拵、信長拵を手本に制作された肥後打刀拵、宮本武蔵の高弟寺尾信行の指料と伝える拵などに用いられており、武家の実用と雅味の双方に応えた同派への評価を物語っている。慶長八年や天明二年などの年紀作は資料性が極めて高く、正阿弥研究の進展に大きく寄与するものである。秋田では傳兵衛が秋田随一の金工として活躍し、三代傳七も初・二代同様に藩主佐竹家の藩工として腕を振るい、江戸の佐野直照に学んだ重照ら門流も確かな構図・彫技を示した。幕末明治の勝義は明治九年に廃刀令にあって刀装具の制作を断ったが、持国天図鐔や七十三翁銘の難波潟歌絵図鐔など、風流のなかにも覇気を感じさせる傑作を遺している。先祖正阿弥から受け継いだ伝統に用即美の華を添えたその系譜は、室町の京に発して諸国に広がり、近世金工の掉尾を飾るまで連綿と続いた一大流派として、刀装具史に確固たる位置を占めている。 詳しく見る →
銘が正しい、または無銘でも年代・流派を指摘でき、美術工芸的価値が認められる、保存に値する真正の刀装具と鑑定されたものです。
日本美術刀剣保存協会(NBTHK)は、1948年に設立され、文化庁の監督を受ける公益財団法人で、東京・刀剣博物館に本部を置きます。専門の審査員が出品作を直接審査し、美術的・歴史的価値に応じた鑑定書を発行します。NBTHKの鑑定書は、日本刀および刀装具の真正性を示す最も広く認知された基準です。
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